『子どものための建築と空間展』が開催 近現代日本の建築・デザイン史から、先駆的かつ独創的な作品を紹介

SPICE

2018/10/9 14:01


『子どものための建築と空間展』が、2019年1月12日(土)~3月24日(日)まで、パナソニック 汐留ミュージアム(東京都港区)で開催される。

私たちが子どものときに過ごした空間は、原風景として長く記憶に留まり、その後の私たちの生き方や考え方の形成に与える影響は少なくない。本展は、子どもたちの生活の中心となる学びの場と遊びの場としてつくられた建築と空間のなかから、日本の近現代の建築・デザイン史において、ひときわ先駆的かつ独創的なものを紹介する展覧会だ。
黒石ほるぷ子ども館 室内詳細図1:20(部分) 1977年 菊竹清訓 株式会社情報建築蔵
黒石ほるぷ子ども館 室内詳細図1:20(部分) 1977年 菊竹清訓 株式会社情報建築蔵

日本の近代教育は明治時代に始動し、校舎の建設もそこから始まった。民衆に愛された明治の擬洋風建築の校舎、大正自由教育の時代の造形豊かな小学校、戦後の復興の時代の鉄筋コンクリート造による標準設計校舎、1970年代の先駆的なオープンスクール、さらにコミュニティーに開かれた現代の学校など、時代の流れのなかでさまざまに変遷し、子どもたちの活動を受け止めてきた。それぞれの建築で、子ども達が親しみを持てるシンボリックな外観が考案され、心安らぐインテリアの充実が図られるなどの工夫も重ねられてきた。

一方、幼稚園・保育園や、学校以外の遊び場や児童館、図書館といった子ども達の居場所にもユニークな取り組みがある。限られた会場のなかで歴史的に重要な作品すべてを網羅することはできないが、幼児教育および初等教育の場となる建築42作品、そして児童遊園、図書館などの児童施設26作品を中心にとりあげる。

会場ではそれらを、作り手と使い手の両方に着目しながら選ばれた写真、図面、模型といった作品資料の展示を通して紹介。また、教育玩具や絵本の原画なども選りすぐって紹介する。

第1章 子どもの場の夜明け 明治時代

旧開智学校(重要文化財) 1876年	立石清重 写真提供:旧開智学校
旧開智学校(重要文化財) 1876年 立石清重 写真提供:旧開智学校

1872年に発布された学制(日本初の体系的な教育法制)と、7年後の改正教育令によって、すべての子どもが小学校に通うことが定められた。ここでは、文明開化を象徴する擬洋風建築の旧開智学校(1876年 立石清重)を紹介する。近代的な一斉授業で用いられた新しい教材・教具も展示。小学校の開設は幼児教育が始まる契機ともなった。博覧会には遊戯機械が新しい娯楽として登場した。

第2章 子どもの世界の発見 大正時代

自由学園明日館食堂 1921年 フランク・ロイド・ライト+遠藤新 写真提供:自由学園明日館
自由学園明日館食堂 1921年 フランク・ロイド・ライト+遠藤新 写真提供:自由学園明日館

大正デモクラシーを背景に大衆が文化を牽引した時代、より自由で生き生きとした教育体験を目指して設立された「自由学園」(1921年 フランク・ロイド・ライト+遠藤新)などの大正自由教育運動の学校を紹介。また、耐震性と不燃化を追求した鉄筋コンクリート造の校舎もとりあげる。また、商業・消費が発達したことにより商品、住まいやライフスタイルに子ども用の生活デザインが広まった。『赤い鳥』に代表される児童文学の原画も展示する。
慶應義塾幼稚舎理科室内観 1937年 谷口吉郎 写真提供:慶應義塾福澤研究センター 撮影:渡辺義雄  
慶應義塾幼稚舎理科室内観 1937年 谷口吉郎 写真提供:慶應義塾福澤研究センター 撮影:渡辺義雄  

第3章 新しい時代の到来、子どもたちの夢の世界を築く 1950-1970

ゆかり文化幼稚園 1967年 丹下健三 写真提供:ゆかり文化幼稚園
ゆかり文化幼稚園 1967年 丹下健三 写真提供:ゆかり文化幼稚園

戦後から復興、高度成長と劇的に変化していく時代、子どもたちをとりまく環境はどのように変わっていったのだろうか。科学的な視点に基づく建築計画学の成果として実現された、「旧目黒区立八雲小学校分校(目黒区立宮前小学校旧校舎)」(1955)他を紹介する。また、1950年代後半からはレジャーが流行し、遊園地の整備も行われた。メタボリズムの建築家大谷幸夫と彫刻家のイサム・ノグチが「こどもの国」(1965)に実現した児童遊園も紹介する。

第4章 おしゃべり、いたずら、探検-多様化と個性化の時代 1971-1985

宮代町立笠原小学校 1982年 象設計集団 撮影:北田英治
宮代町立笠原小学校 1982年 象設計集団 撮影:北田英治

子どもの個性を伸ばす教育を目指す「オープンスクール」の教育メソッドがアメリカから導入され、校舎にも学級や学年の枠をとりはらった自由な活動のためのオープンスペースをとり入れた新しい試みが注目された。「加藤学園暁秀初等学校」(1972年、槇総合計画事務所)や「宮代町立笠原小学校」(1982年、象設計集団)他を紹介する。一方、幼児が本来持っている力に注目して、生活に基づいて幼稚園・保育園の空間を合理的につくっていった小川信子の活躍も紹介する。

第5章 今、そしてこれからの子どもたちへ 1987-

ふじようちえん 2007年 建築家:手塚貴晴+手塚由比(手塚建築研究所) ディレクション:佐藤可士和 Photo(C)Katsuhisa Kida / FOTOTECA
ふじようちえん 2007年 建築家:手塚貴晴+手塚由比(手塚建築研究所) ディレクション:佐藤可士和 Photo(C)Katsuhisa Kida / FOTOTECA

子どもが輝ける場所とはどんな場所なのだろうか。建築家の参画が求められるケースが増え始め、新しい学習に対応した空間や、生活の場としての空間の豊かさをめざす学校が増え始めた1985年以降から現代(昭和60年代から平成)までをここでは紹介する。「サレジオ小学校」(1993年、藤木隆男建築研究所)ほかをとりあげる。

「東松島市宮野森小学校」(2016年、盛総合設計+シーラカンスK&H)は学校を復興の地に開くことで、子どもたちと地域の希望の拠点となることを目ざしている。社会や都市のありかたが大きく変化する現状、子どもの遊び場と遊びの機会を取り戻そうとする試みも紹介する。
東松島市立宮野森小学校 2017年 盛総合設計+シーラカンスK&H 撮影:浅川敏
東松島市立宮野森小学校 2017年 盛総合設計+シーラカンスK&H 撮影:浅川敏

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