半世紀ぶりのモナコGP──ランボルギーニ マルツァル

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2018/10/11 11:58

ガンディーニが開発を担当した未来感溢れるコンセプトモデル『マルツァル』


『マルツァル』は、当時のランボルギーニのラインナップになかった4シーターのグランツーリスモとして製作されたコンセプトカーだ。開発を担当したのは、マルチェロ・ガンディーニがチーフデザイナーをつとめていた時代のカロッツェリア・ベルトーネである。

デビューは1967年のジュネーブモーターショー。『ミウラ』の登場から2年後、『カウンタック』がデビューする7年前のことだ。この翌年に『エスパーダ』が発表された。

そのスタイリングはまさに“未来のクルマ”といった趣。キャビンは全面ガラス張りで、サイドウインドウはガラスが上下二分割されている。そして、前後席一体型の巨大なガルウィングを開けば、メタリックシルバーのレザーシートが乗員を迎え入れてくれるのだ。

ランボルギーニ『マルツァル』の名を世界中に知らしめた1967年のモナコGP


モナコ公国のレーニエ3世といえば、グレース・ケリーとの世紀のロマンスで有名だが、じつは自動車コレクターとしても知られ、モナコのフォンヴィエイユにある博物館にはレーニエ3世が30年の歳月をかけて収集したヴィンテージカー・コレクションが展示されている。

そのレーニエ3世がジュネーブモーターショーで『マルツァル』を見てひと目で気に入り、この年のモナコGPで開催を祝うデモランに使用したのである。グレース妃を助手席に乗せてモナコ市街地コースを走る『マルツァル』の写真を見たことのある人も多いだろう。

それからちょうど50年。『マルツァル』は今年5月、自身をモチーフとする『エスパーダ』とともに、じつに半世紀ぶりにモナコGPのコースを走った。これはモナコ王立自動車クラブが主催するモナコ・ヒストリックGPのイベントのひとつとして企画されたものだ。

ドライバーはモナコ大公のアルベール2世で、グレース妃が座った助手席には甥のアンドレア・カシラギ。この感慨深いシーンには、現地のカーマニアも大盛り上がりだったという。

『マルツァル』をより現実的なモデルにしたのがヒット作の『エスパーダ』


『マルツァル』はなぜ一台限りのコンセプトカーとして終わってしまったのだろう。それには諸説あるが、もっとも大きな理由はエンジンレイアウトにあったといわれている。

ベースは『ミウラ』で、シャーシもエンジンも『ミウラ』を流用。ただし、4シーター化するために、リアに置かれたエンジンはV12の片バンクをカットしたV6へとダウンサイジングされた。この点が経営陣にスーパーGTとしてはパワー不足と判断されたようだ。

そのため翌年に発表された市販モデルの『エスパーダ』は、V12エンジンをリアではなくフロントに搭載し、スタイリングもより現実的なデザインへとあらためられた。結果的には、それが10年間にわたって1200台以上を販売するヒットの要因となったわけだ。

とはいえ、いくらお金を積んでも『マルツァル』に乗りたいという人は多いに違いない。

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