Physical Issue : Interview with Miyuki Kawabe(commune)

NeoL

2018/9/30 12:00



デジタル全盛期にもかかわらず、ここ数年かつてないほどの注目を集めているアートブックフェア。多くのパブリッシャーの中でも東海岸から西海岸、アジアに至るまでのフェアに参加し、幅広いネットワークで海外と日本のカルチャーを繋ぐ存在として知られるのがcommuneだ。出版とセレクトショップとしての機能から、2018年に再びギャラリーを併設する形で動き出したcommuneのMiyuki Kawabeに、その歴史とアンテナを磨く術を聞いた。

-- communeを語る上で、Miyukiさんの個人史は非常に重要だと思うので、そこから聞かせてください。そもそもどういう経緯でアートに携わるようになったんですか?

Miyuki「アートに触れたのは遅いのですが、小学生の頃から海外へ行きたいという気持ちはありました。両親が外国映画を観ているのを私もなんとなく眺めて育ったので、漠然とハリウッドの世界に憧れを抱いていて。あと、千葉の田舎で育ったのですがその環境をとても窮屈に感じていて、『とにかくここを出たい』という思いも強かったです。それで高校時代に、交換留学で1年間アメリカのジョージアに行ったんです。ホームステイをして現地の学校に通ったんですが、私が思い描いていたハリウッドの世界とは全く違っていて、むしろ地元と変わらない場所でした。なんとか英語を話せるようになって帰って来たけれど、『違った……』という思いが強くて(笑)。そのあと日本の大学に進んで、卒業する時期が就職氷河期で、文学部で手に職もない私を雇ってくれるところもなかったし、アメリカに語学留学に行って夜はグラフィックデザインのスクールに通おうと決めたんです。アートを気にしたり美術館へ足を運ぶようになったのはそこからですね。NYを選んで、現地についてからはFIT(Fashion Institute of Technology)やSVA(School of Visual Arts)の夜間コースの中から自分の好きなものをピックアップして1年間通いました」

--なぜグラフィックデザインを学ぼうと?

Miyuki「絵を描くことが好きだったし、CDのジャケットを見ることも好きだったので『こういうものが作れたらいいな』というところからですかね。友人の影響で洋楽も好きになって、大学4年の後半にインディペンデントのレコードレーベルでバイトしていたんです。最初は在庫整理の仕事だったけど、途中からIllustratorやPhotoshopの使い方を教わって手伝ったりしていて、それが面白かったというのもあります」

--NYでの授業はどんな内容でしたか?

Miyuki「グラフィックデザインはもちろんですが、写真や映像の編集も本当に色々学びました。でも当時は学費も全て自分で払っていて、本当にお金がなかった。日本レストランを経営している人にメニューのデザインを発注されて、ようやくなんとか生活できるようになって。でも相変わらず貧乏でしんどいし、冬も寒すぎて気も病んで『日本で普通にOLをやりたい』と思って、帰国して派遣で働いていたんです。そしたら音楽活動を始めた友人から『曽我部(恵一)さんのレーベルからデビューが決まったからバンドメンバーになってくれ』と言われて。”The Suzan”というバンドのキーボードとタンバリン担当になり、初めてライヴをしたのがQUATTROでした(笑)」

NeoL_commune_2|Photography : Sachiko Saito

NeoL_commune3|Photography : Sachiko Saito

--The Suzanだったんですか! 伝説的バンドです、すごい。

Miyuki「それで派遣で働きながらバンドをやっていたら、人気が出てしまって。イギリスでライヴもやって、その時に仲良くなったThe WhipがPeter Bjorn and JohnにThe Suzanをオススメしてくれて、プロデューサーのBjornが曲を聴いて気に入ってくれたみたいで、バンドのMy spaceに『一緒にレコードを作りたい』とメッセージがきたんです。それでストックホルムに行ってレコーディングして。Bjorn は当時Kanye Westと仲が良く、その流れからKanyeのお抱えDJのA-Trakのレーベルからレコードを出そうということになって、アメリカデビューも決まりまして……とにかく色々なことが起こった1、2年でした(笑)。でも、その辺りで自分も結婚したことだし、メンバーは辞めてマネジメントに移行しようと決めて、2009~2011年くらいまでバンドのマネジメントをやっていました。そこからはアメリカのマネージャーに託して『暇になるな』と思っていた矢先にcommuneの話がきたんです。友達がギャラリーとしてcommuneを運営してたけど写真家としての創作に専念したいけど、建物の契約が半年残っているからその間やってくれないか、ということで。経験はないけれどやってみようかなと思って引き受けました。最初はギャラリーに人を呼ぶということが難しかったので、週に1度ほど知人のミュージシャンにライヴをやってもらったりして。そしたら人も来るようになったし、自分自身も楽しくなってきたので『半年でやめるのはもったいないな』と思い始め、新代田に新しく場所を見つけて再スタートしたという感じです」

--受け継いだ時にはもともとあったcommuneが基盤になっていたと思うのですが、具体的にはどのように変えていったんですか?

Miyuki「友人から引き継いだ時はギャラリーとはいっても、自らの企画も無く、いわゆる貸しスペースだったんです。新代田に移ってからも数年はその形態だったのですが、だんだんと『自分の好きなアーティストの展示をやりたい、海外の作家も呼びたい』という欲が出てきまして。アーティストを日本に呼ぶのに渡航費などがかかるので長く続けるのは難しいけど、半年くらいの期間限定でなら好きにやってもいいだろうと思い切って展示をやったりしていました。その展示期間は貸しスペースとしての収入は無いから不安も大きかったです」

--その当時関わったアーティストはどのようにピックアップしていたんですか?

Miyuki「前々から購入した本などを見て気になっていた人たちです。SSE Projectという韓国の出版レーベルが出しているアーティストたちがすごく良くて、そのレーベルからの影響は大きかったかな。zineや作品集を見て良いなと思ったので展示会を見るためにソウルまで行きました。その後メールで依頼して快諾してくれて、という流れで」

NeoL_commune4|Photography : Sachiko Saito

NeoL_commune5|Photography : Sachiko Saito

--うまくいっていた新代田のギャラリーを閉じたのは思い切った判断ですよね。

Miyuki「自分たちがやりたいアーティストをやり尽くした感があったし、繰り返すのも良くないと思ったんです。アーティストにとっても制作期間や旅行したりして吸収する時間があったほうが良いし、出版の方にも力を入れたいという思いもありました。それでオンラインだけという形態を6か月やって、お店があるとなかなか行けなかったNYとLAのアートブックフェアにも参加して。その時に自分が気になるものをいっぱい買ってきたのですが『これを自分たちだけが楽しむのはもったいない』という気持ちになってきたので、羽根木の小さいお店を週末だけという形でまた始めたんです」

-- そのお店を3年やったのちに、今年またギャラリーをスタートされて。

Miyuki「色々なブックフェアに参加している3年の間に、アーティストやクリエイターチームから『日本で展示したい』という要望をたくさんもらったんです。それに応えたくて場所を借りて企画展をやったりしていたのですが、それもなかなかハードだったので自分でギャラリーをやろうと考えていたら、PADDLERS COFFEEの松島(大介)さんから今の場所を紹介されて即決しました」

--最近の幡ヶ谷の辺りはそういうクリエイティヴなネットワークが強い印象です。

Miyuki「PADDLERS COFFEEの機能は大きいと思います。そこに人が集まって、紹介しあったり」

--コーヒーを飲んで情報交換して、昔ながらのやり方での繋がり方。

Miyuki「そうなんです。みんなそういうことに興味がある人たちだし、全て自然な形で進むんです」

NeoL_commmune6|Photography : Sachiko Saito

NeoL_commune7|Photography : Sachiko Saito

NeoL_commune8|Photography : Sachiko Saito

--アートブックフェアについても聞かせてください。今でこそアートブックフェアといえばcommuneというイメージですが、ちょっと前までは老舗が多く、今のように若い世代間に認知されていなかったですよね。Miyukiさんがそこに入って行こうと思ったきっかけは?

Miyuki「ギャラリーを運営する身として、若い世代にとっては作品を買いたいけれどハードルが高いんだなとは感じていて。でも図録やzineなら手が出せるかなと思い、展示を開催するたびにzineを作るようになり、zineやart bookの情報を集めていく過程でアートブックフェアが気になりだしました。そこからは韓国や台湾のzineシーンがアツいと視察に行きだしまして。初めの頃、アメリカの主要アートブックフェアの主催であるPrinted Matterの審査に通らなかったのですが、zineを色々作ったりしていたら逆に主催からInstagramでお声がかかるようになってブックフェアに呼ばれるようになりました」

--先日のNYアートブックフェアでは、ブース同士でやり取りして休憩しあって、“世界のご近所づきあい“をされているのが良い光景でした。

Miyuki「そうですね。逆にNYの方が東京よりも知り合いが多いし、やりやすくなりました(笑)」

--日本ではcommuneのような存在が若手のzineを活性化する呼び水になったと思うのですが、世界的にも盛り上がってきているなという流れを体感したのはどの時期ですか?

Miyuki「Printed MatterのLAアートブックフェアで何人かアーティストをフィーチャーしてブースを設けたり、Ace Hotelとコラボレーションしたりしていたのですが、そのなかのアーティストでCali Thornhill DeWittという人がいて。彼がKanyeのツアープロダクトを手掛けたことがインディペンデントのアートシーンにファッションシーンが食いついたきっかけとしては大きかったのかなと思います。それが2016年あたり。前々からそういう兆しはありましたが、そのことによって顕著に見えるようになったのではないでしょうか」

--ちなみにMiyukiさんがグッとくるアーティストのポイントは?

Miyuki「うーん……一目じゃ理解できないということかな。その後にどうしても気になってついつい調べるとやっぱりどこか日本にも通じている、みたいなことがあるんです。日本のアーティストや漫画が好きな人だったり。パッと見ではわからないけれど、どこか引っかかったのはもしかしたらどこかでその志向を感じていたのかもしれないというようなことです」

--直感は大事な部分だと思いますが、自分がきちんと「何か引っかかる」状態でいるためにやり続けていることやモチベーションになることはありますか?

Miyuki「情報を入れすぎちゃうと何も引っかかってこなくなっちゃう時があるので、そういう時は半日Netflix観たりしています(笑)。逆に何もしていないと不安なんですよ。でもブックフェアの前はすごくナーバスになりますね。自分たちが出版した本も売って、仕入れもしないといけないし、主人と二人で自分の売り場と仕入れのための視察とを交互にやっています。それぞれが見て回って、どれが良かったかをその場で意見交換をして交渉に行くんです。交渉のタイミングも大事だし、気もつかうのけど、アンテナは尖らせておかないといけないのでクタクタになります」

--リリースものとしてはデジタルな印象の作品よりもアナログ気質なものが多いのではと思うのですが、何か志向があるのでしょうか。

Miyuki「そう訊かれてみて思ったのですが、常にデジタルで発信している分、そうではないものに触れていたいという気持ちがありますね。印刷物をカッターで切ったり、自分の手を動かす作業をするようにしていると、自分が関わった自覚が持てるので愛情を持って作品の説明ができるんです。Zineのページの並びなんかも考えながらやらないと間違えちゃうし、パソコンで作る感覚とも違いますからね」

--最後に、海外のアーティストが絶大な信頼を寄せていることからも、“コミュニケーション”がcommuneを支える大きな要素だと感じているのですが、Miyukiさんがコミュニケーションの上で大切にしていることは何ですか?

Miyuki「なんだろうな。恐らく、中には言われたとおりに全てやっちゃうというか、物事を投げやりにしてしまう人もいると思うんですけれど、そうではなく、アーティストに対して自分なりの意見を率直に話して、アイデアを提案して、“一緒に作り上げたい”という姿勢を見せることだと思います。アーティスト側も言われて気づくこともありますしね。私たちは一度もアーティストがこうしたいということをそのまま鵜呑みにしたことはないです。提案型にすると、アーティスト側ももっと良くしたいという思いが強くなって、要望も増えてきますが、『次はこれがやりたい』と能動的に“次”を考えてくれるんです。自分もそれに120パーセントで応えていきたい。100ではなく、プラスアルファで返したいんです。せっかく日本人である私たちとやるからには日本で何か次の機会を掴んでほしい、拡がりを持ってほしいという気持ちでやっています。あと、損得は考えなくちゃいけないことだけど、考えすぎないようにしています。信頼の方が重要なんですよ。それは、自分がバンドをやっていた時の経験が元なんですよね。海外に行って、友達の友達とか、見ず知らずの人の家に泊めてもらったりしていて。そこで“信用する”から始まることが大事だとわかって。スウェーデンに行った時も、友達のお母さんの20年前のペンパルが泊めてくれたこともあって(笑)。最初こそ『知らない人だけど、大丈夫?』と思っていたけれど、泊めてもらったらすごく良くしてくれて大好きになったり。そういう経験があるから、疑ってかかるよりも自分の感覚を信じる、そして信用するというところから始めています」

--その姿勢がcommuneの居心地の良さに繋がっていると思います。今後の活動としてはどのようなものがありますか。

Miyuki「池野詩織さんの写真集をNYアートブックフェアで出して、その後日本で発売、10月に展示も行います。コンスタントに展示を行っているので、インスタなどでチェックしてみてください」

photography Sachiko Saitotext&edit Ryoko Kuwahara

communehttp://www.ccommunee.comInstagram @ccommunee東京都渋谷区西原1-18-7Open 2-8PM(Weekday)、Noon-6PM(Sat/Sun) Closed(Wed/Thu)有名無名問わず国内外のアーティストを紹介してきた新代田の「gallery commune」を2015年6月で閉鎖し、出版レーベル「commune Press」を運営。国内外で開催される展示のキュレーションなども手掛ける。2016年2月に、zineやアートブックに特化したセレクトショップをオープン。2018年、西原に移動し、セレクトショップ/ギャラリーを併設した形態で再始動。

当記事はNeoLの提供記事です。

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