「新潮45」大炎上! 新潮社社長“声明文”のおかしな点を、言葉のプロ・校正者が徹底解読


 月刊誌「新潮45」10月号(新潮社)の特集「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」に掲載された、文芸評論家・小川榮太郎氏による「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という論文が、いまネットを中心に大炎上を巻き起こしている。

小川氏は、同論文でLGBTの権利に関して、「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ」「LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念」「満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。彼らの触る権利を社会は保障すべきではないのか」などと持論を展開。すると、「LGBTと犯罪を同じに扱うのはあり得ない」「なんという差別的な考えなのか」など、世間で物議を醸すことなり、発行元の新潮社に対しても、「良識を疑う」「上層部は何を考えている」「炎上商法ではないか」などと怒りの矛先が向く事態となったのだ。

そんな中、9月21日には、同社代表取締役社長・佐藤隆信氏が、公式サイトに「『新潮45』2018年10月号特別企画について」と題した声明文を発表。

「弊社は出版に携わるものとして、言論の自由、表現の自由、意見の多様性、編集権の独立の重要性などを十分に認識し、尊重してまいりました。
 しかし、今回の『新潮45』の特別企画『そんなにおかしいか「杉田水脈」論文』のある部分に関しては、それらに鑑みても、あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられました。
 差別やマイノリティの問題は文学でも大きなテーマです。文芸出版社である新潮社122年の歴史はそれらとともに育まれてきたといっても過言ではありません。
 弊社は今後とも、差別的な表現には十分に配慮する所存です。」

しかし、この声明文を読んだ人たちからは、さらなる批判・疑問が噴出することに。「奥歯にものが挟まったような文章」「謝罪はしていないし、何が言いたいのか伝わってこない」などという声がネット上に飛び交い、火に油を注いでしまったようなのだ。

果たして、この佐藤社長の声明文は、どこが問題だったのか――“言葉のプロ”である現役校正マンA氏に、話を聞いた。

A氏は、校正・校閲をする際、「書き手の言い回しについて『なぜこの表現を選んだのか』を時間の許す限りとことん考え抜きます」とした上で、佐藤社長の声明文には2つの問題点があると指摘する。

「まず、この短文自体、文芸批評的な文体になっており、ストレートに伝わらない、もしくは伝えようとしていないと感じます。問題点としては、1つ目が、謝罪がない点。佐藤社長の言う、偏見と認識不足によって、結果、対象となる側に無慈悲な攻撃を加えた形ですから、当然、謝罪はすべきでしょう。特に『#MeToo』運動以後の欧米基準からすれば、実に恥ずかしい態度といえます。もう1つは、今回の論文について、『その主旨に誤りはなく、言葉選びを間違えてしまった』『それを見逃してしまったのが問題だった』と暗に伝えている点です」

A氏は具体的にどの表現から、そうした書き手の意図を感じたのだろうか。

「ポイントとなるのは、『差別的な表現には十分に配慮する所存です。』の『には』です。『に』が付く部分を強める意の『は』があることで、あくまでも気を配るのは表現の仕方であり、その当事者の心情は本誌のスタンスとして最優先ではないと読むことができます。校閲の立場で手を加えるとすれば、『表現に十分配慮するとともに、』とし、続く一文で、社としての今後の確固たる姿勢を読み手に示すようにと指定を入れます。明確な決意表明が必要ということです。それを今回、あえてしなかったのであれば、小川氏の論文が社会問題化したことについて、社会的責任までは認めていないことにもなり得ます」

確かにネット上では、声明文に対して、「何を言いたいのかわからない」との指摘が散見されたが、その理由は、社長が「社としての姿勢」について明言を避けていたからなのかもしれない。さらにA氏は、声明文全体から「『内容』ではなく『表現』が差別的だったにすぎない……と言っているように感じた」そうだ。

「もっと言うと、佐藤社長は、杉田議員の論文、そして小川氏の論文について、『言論の自由、意見の多様性の範囲内における“差別的ではない内容”』と認識している可能性もあるのではないでしょうか。佐藤社長の本心は、本人のみぞ知るところですが、例えば『論文を“差別的”と受け取ったのは、読解力が足りないからだ』と言われているように感じる人もいるかもしれませんね」

佐藤社長としては、明確な言葉こそないものの、“謝罪”の意味合いを含んで声明文を出したのかもしれないが、「この内容では、『読解力のない読者が出てくることをまったく想定できず、配慮できなかった、われわれの至らなさ』について謝罪しているようなものです」とA氏。確かにこれでは、炎上を鎮火するどころか、さらに大きくしてしまうほかなさそうだ。

「新潮45」の大炎上は、新潮社本体の姿勢が変わるきっかけとなるのか。今後も注視していきたい。

当記事はサイゾーウーマンの提供記事です。

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