「西郷どん」34話。関東11.9%、関西16.6%、視聴率がこんなに違う

エキレビ!

2018/9/16 09:45

大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 
第34回「将軍慶喜」9月9日(日)放送  演出:盆子原誠


西郷どん 完全版 第弐集 DVD

慶喜のちょんまげと洋装
慶応3年10月14日 大政奉還
大きく歴史が動いた回だが視聴率は11.9%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)。
関西地区では16.6%とまずまず。
視聴率が低い番組のフォローに、関東以外では高いと語られることがよくあるが、分母になる人口(世帯)の違いがあるため、地方の数字が高いからといって、残念ながら比較にはならない。どうしても世帯数の多い関東地区が基準となる。
それでもやっぱり薩摩や長州など西の人たちが活躍するドラマだから、関西の数字が高くなるのだろう。

なんたって、34話のサブタイトルにもなっている徳川慶喜(松田翔太)に魅力がない。
家茂が急逝し、十五代将軍になって、フランスと急接近したものの、洋装とちょんまげのモノクロ写真がおもしろ写真のようだった。
もちろん松田翔太のせいではない。洋装で颯爽と動いているときはさすがかっこいいのだが、どんなに松田翔太がかっこよくても仕方ない。松田翔太も困っているのではないだろうか。

ではこのドラマのなかで誰が魅力的だろうか。
34話で惹きつけられたのは・・・
岩倉具視ではなく笑福亭鶴瓶まんまと言われている岩倉笑福亭鶴瓶具視。
天子様が亡くなったと聞き大騒ぎするところや、34話の終盤、倒幕の勅命を天子さまにもらってくれと吉之助に頼まれ、インチキ詔を書いて、成功したらホンモノになるとうそぶく。なんという博打家。
「よいじゃないか ええじゃないか」とこの頃、民衆の間で流行っていた「ええじゃないか」運動の唄を口にするところはハードボイルドでしびれた。

林真理子の原作を読むと、孝明天皇を暗殺したのは岩倉ではないかと疑われたと書いてある。ドラマではそんなことは全く出てこない。

原作との違いで言うと、中園ミホ脚本では、岩倉が「民草」という言葉を使っていること。「民草」とは民衆を草に見立てた言葉である。わざわざ「民草」という言葉をもってきていることが面白い。
その民草は、「ええじゃないか」と立ち上がりはじめている。
本来、この民草(民衆)の熱量こそ時代が大きく変化していく力に成り得るはずが「ええじゃないか」の群衆の描き方に勢いがない。エキストラが大量に投入できないからか、カメラを寄りにして誤魔化している。
スタッフの苦労が忍ばれる。

ふんにょう みょうおう・・・
「ええじゃないか」運動は少ないエキストラを苦心しながら見せて描き、もうひとつの庶民的な、京都にできた江戸の商店街のようなもの。吉之助(鈴木亮平)がそこで好物のうなぎを食べているところ(このうなぎ飯は美味しそうだった。前回のナマコはほんとうにいただけなかった)に、慶喜の愛人ふき(高梨臨)がやって来て語り合う。
原作だと、二条城のそばに、江戸から来た新門辰五郎という火消しがつくった商店街のようなものがあって、名所になっているという描写になっていて面白いが、そういう生き生きした民衆の生活がドラマにはまったくない。それを、虎(近藤春菜)ひとりに担わせるには荷が重すぎる。
あと、半次郎(大野拓朗)が「不動明王」を「ふんにょう みょうおう」と言い間違って笑いをとるという場面があるが、意味があるのか・・・。

国民のためと言いつつ、全然国民の生活が見えないドラマ。初期の、薩摩の貧しい民衆の姿が画一的に描かれたのみ。
これほどドラマに勢いがないのは、まるで、詳しくは原作を読んでねとばかりに中園ミホが遠慮しているような気がしてしまう。

そんな中、34話でもうひとり頑張っていたのは・・・
島津久光役の青木崇高。
彼に関してはもう何度もすばらしいと書いてきた。34話では、四侯会議(薩摩 土佐 越前 宇和島)での薩摩の惨敗の場面で、いい表情をしている。
この人、もはや負け戦だとわかっているにもかかわらず、最後までひとり踏ん張っているみたいで、「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」の斎藤始みたいと思った。例えが古くてすみません。

鈴木亮平もひたすら辛抱し続けて穏やかに冷静にいようとしている。それも立派だと思う。

原作では、四侯会議で慶喜が写真を撮ろうとするところで、吉之助が写真を拒む理由も描かれている。
それもドラマにはない。ここでそれを描いているとドラマの緊張感が損なわれてしまいそうであることもわかる。小説とドラマでは描けることがいかに違うか、改めて認識した回だった。

そして、
武をもって幕府を潰すしかないと決意する西郷。
戦をするべきでないと反対する龍馬(小栗旬)。
「西郷どん どけんすっとな」と心配そうなナレーション(西田敏行)で、いよいよ龍馬死すか。
小栗龍馬が「ええじゃないか」の群衆のなかに入っていくカットが予告であったが「竜馬暗殺」(74年)意識した? 
(木俣冬)

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