かつて東横インだった中国のホテルに泊まる 原型を留めつつ魔改造された異世界空間

Excite Bit コネタ

2018/9/15 08:00



海外進出めざましいホテルチェーンの「東横イン」。2008年以降、韓国にて着々と店舗数を増やすとともに(現在9店舗)、2015年からはカンボジア、フィリピン、ドイツ、フランスと世界5カ国に店舗を展開している。

日本とまったく同じインテリアやサービスは感動すべきレベルであり、海外各地の東横インを訪れては、なじみある室内で我が家のようにくつろぎ、でも窓を開ければ海外というパラレルワールド体験を常々楽しんでいる東横ファンの私。
コネタでもプノンペンやセブの東横インを取材してきたが、このたび東横インのないはずの中国で、規格外の東横インに出会ってしまった。

かつて東横インだった居抜き物件が、中国のホテル業者によって運営されているのだ。

写真だけなら東横インだが……
海外進出1号店として、中国東北地方の瀋陽に東横イン(開業時の中国表記は「東陽閣IT飯店」)が誕生したのは、同社の海外進出ラッシュが始まる前の2002年のことだ。
しかしこの店舗「瀋陽北駅前」は、再開発のあおりを受けて2007年に消滅。2010年には位置を変え、「瀋陽駅西口」として再オープンするも、翌年には閉店してしまう。その後、中国に東横インが存在したことは一度もなかった。

しかし現在、瀋陽駅西口のあった住所を検索すると、別の名のホテルがいくつか登場。しかも予約サイトに掲載された室内写真は、まさかの東横インではないか。
ベッドやテーブルのみならず、カーテンや布団カバーまで同じなのは、東横イン時代の備品をそのまま使っているのか、あるいは写真だけ東横インの流用なのか?
しかもお値段は、シングルでたったの1478円(2018年6月時点のレート)。こんなゲストハウス価格で東横イン(らしきもの)に泊まれるとは、一体どういうこと? そして東横イン精神なき東横イン(らしきもの)とは、一体どんなところなのか? 興奮した私は即座に予約し、今年6月に瀋陽へと旅立った。


見覚えありすぎるロビー
満州国時代に「奉天駅」として建築され、東京駅のような外観を見せる瀋陽駅に降り立つ。ただし気になるホテルがあるのは、その裏口。大規模な工事が進んでおり、フェンスに視界を阻まれ少し迷ったが、大通りまで出るとそのホテルはすぐに見つかった。さすがかつての「駅前旅館の鉄筋版」だ。

まずは文化遺産を拝見するような気持ちで外観をじっくり眺める。当時の看板は撤去され、代わりに複数のホテル名が掲げられているが、外壁のカラーリングや建具などは東横インのそれだ。駐車場の壁には、繁体字で書かれた「東横INN専用停車場」の文字が消えかかりながらも残っており、ありがとう中国の人!という気持ちになる。




看板に私の予約したホテル名のないことが少々ひっかかりつつも、建物の中に入る。
目の前に広がる風景は、まさに東横インのロビーだった。壁や床など、落ち着きある内装デザインは、ほぼそのまま。違うのは、いつもの場所にパソコンやソファがなく、がらんとしていること、奥の一角で個人商店が営業していること、そして薄暗いということだ。こう書き並べると全然違う気がするが、私の中ではじゅうぶん東横インだった。そう、今のところは……。




まさかの宿泊拒否?
横に長いチェックインカウンターは、仕切りで左右に分けられていた。このビルは複数の業者が管理しており、予約した会社のカウンターの方に行かなければならないようだ。そしてそこに、私の泊まるホテル名はない。

とりあえず女性職員がいるカウンターに行き、プリントアウトした予約票を見せると、すぐに突っ返された。まさか泊まれないのでは……という懸念が頭をよぎる。
中国語のため正確にはわからないが、彼女はどうやら「ここではない」と言っているようだ。予約票に書いてある電話番号を指さし「電話しなさい」とジェスチャーする。それは無理でしょとゴネていたら、業を煮やしたお姉さんが代わりに電話してくれた。ありがたい。
やがてカウンターの横にあった事務室の扉がバカッと開き、おじさんが登場。無言で私に鍵をひとつ手渡してくれた。
その鍵には、手書きの部屋番号が書かれたメモ用紙と、むき出しのICチップが括り付けられていた。怪しさ満載だが、ひとまず宿泊できそうだと胸をなでおろした。

正式な東横イン同様、ICチップをエレベーターにかざしてから上昇ボタンを押し、ゴンゴン音がする薄暗い箱に乗って部屋のある階を目指す。
やがてエレベーターはゆっくりと停止。開いた扉の向こうには、さらなる暗闇が広がっていた……。ちょっと、本気でここなの?


残骸と言うべき廊下スペース
廊下の暗さはまさに事故レベルであった。非常灯のほのかな光を頼りに、私の部屋を探す。ぞっとするのは暗さだけでない。扉が破壊され廃屋のようになっている部屋や、扉に謎の封印が施されている部屋があるのだ。


ヤバさ全開のフロアの隅っこに、私にあてがわれた部屋があった。恐る恐る開錠し、扉を開けると、そこには日光がさんさんと降り注ぐ、いつもの東横インのシングルルームが広がっていた! 何この桃源郷っぽさ……!


ベッドや机や電気スタンドの配置を始め、時計や照明やドライヤーや壁にかかった絵も、いつも通りだ。お馴染みすぎるこの景色は、まさに愛しき我が家……いや、なんか微妙に違う。

ベッドの横には、見かけぬ花柄の洗濯機が……。そして掛け布団は、ピンク地にキスマークというロマンティックな柄。東横ファンとしては、見てはいけないものを見ているタブー感が半端ない。




定位置にセットされた洗濯板
室内は一見掃除されているようにも見えるが、目を凝らすと壁紙はところどころ剥がれており、床には変な染みも広がっている。エアコンのスイッチを入れると、ゴンゴンゴン……と地の底から響くような音が聞こえてきた。
電気スタンドは点灯せず、壁に備え付けられたドライヤーは作動せず、東横インお馴染みの小さなティッシュもなく、もちろん聖書も内観も『たのやく』もない。電話機はないのに、東横イン時代の電話番号案内だけ残っているのがシュールだ。






続いてバスルームを開けると、目に飛び込んできたのは手すりにセットされた洗濯板。サイズがフィットしていることもあり、これぞ定位置という貫禄を放っている。
シャンプーやボディソープなどは補充されており、新しいタオルがきれいに畳んであるなと思ってつかんだら、じっとり湿っていた。よく見ると誰かの毛も挟まっている。これはきつい……。


かつての東横インのあまりな魔改造っぷりに、東横ファンの私はゾッとすると同時に禁忌を犯しているような興奮を覚え、ひとり震えたのだった。

まったくリラックスできない
その日は、瀋陽の名所のひとつであるコリアンタウン西塔街を訪れ、北朝鮮レストランで平壌冷麺や大同江ビール、女性従業員によるショーをたっぷり堪能した後、遅い時間にホテルに戻ってきた。

煙草臭い部屋の電灯をつける。目の前にある風景は東横インのそれなのに、部屋の隅にある洗濯機やエアコンの異音による違和感および興奮で、まったくリラックスできない私は、酔いに任せてそそくさと眠ることにした。
換気扇から何かの水が垂れ続けるバスルームでさっとシャワーを浴び(洗濯板のおかげで手すりがつかみにくく、たったそれだけで非常に不便な思いをした)、買ってきた新品のタオルで体を拭き、電灯を消して、布団をかぶることなくベッド にそのまま横になった。
天井を見上げると、壊れかけなのかテープでぐるぐる巻きになっているスプリンクラーのセンサーが、接触不良のために時々光った。その不規則なリズムを眺めながら、眠りが訪れるのを待ち続けた。


「アジアの安宿に泊まると考えれば何の問題もないが、東横インに泊まると考えるならあまりに異世界」というのが、東横イン遺跡に泊まってみた感想だ。そもそも、東横インの原型を留めていなかったら何の感想も持たなかったわけで、東横ファンの心を震わすアイテムを保存してくれたことには拍手を送りたい。
ただし、この建物内には複数のホテル業者が入っており、そのすべてが私の体験した部屋と同様ではないだろうことは明記しておきたい(再度書くが、私の利用したホテル名の看板は、建物のどこにも掲げられていない)。
特に、ロビーにカウンターを準備するホテル業者は、自社サイトのつくりもしっかりしており、そこが管理する部屋は、本物の東横イン並みに清潔で居心地いい可能性もある。廊下が廃屋然としていることもないかもしれない。しかし残念なことに、外国人の宿泊を受け付けていないようで、日本人の私には確かめようがない。

日本に帰ってから、利用した予約サイトで私が泊まったホテルを検索してみたのだが、なぜかどの日も満室で予約できない状態が続いている。
いずれにせよ、今回の出来事であらためて本家東横インの魅力を再確認した私は(バスルームの手すりに洗濯板を挟んでおかないのは、確固とした理由があるのだ)、さらなる東横体験を求めて東横イン公式ホームページを開いた。
(清水2000)

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