少女は亡くなった後もネット上で凌辱され続けた!! フェイクニュースが招く惨劇『飢えたライオン』

日刊サイゾー

2018/9/14 22:30


 名優にして名監督だったオーソン・ウェルズが若き日に演出したラジオドラマ『火星人襲来』は、ウェルズの演出があまりにもリアルすぎたために「本当に火星人が襲ってきた!」と思い込んだリスナーたちはパニック状態に陥ったと言われている。ラジオでは「これはドラマです」と何度か断りを入れていたものの、火星人の恐怖に怯えるリスナーたちの耳には届かなかった。80年の歳月が流れた今も、この構図は変わらない。情報を受け取る側は自分の興味のあること、センセーショナルな部分しか耳に入らず、誤った情報がひとり歩きし、さらに歪んだ形で拡散されていく。緒方貴臣監督の『子宮に沈める』(13)以来となる新作『飢えたライオン』は、ネット社会を流布し、怪物化していく“フェイクニュース”を題材にした社会派ドラマとなっている。

本作の主人公となる高校生の瞳(松林うらら)は身に覚えのないフェイクニュースによって殺され、亡くなった後もネット上で繰り返し凌辱され続ける。そんなおぞましい事件の発端は、いつもと変わらない朝だった。高校2年生の瞳は、ヒロキ(水石亜飛夢)との交際が順調で幸せいっぱいだった。担任の男性教師が児童ポルノ禁止法で逮捕されるという騒ぎが起きるも、瞳には無関係の出来事だった。ところが、翌朝からクラスメイトたちの瞳を見る視線が変わってしまう。ネット上に担任教師が少女と淫行している動画が出回っており、その少女が瞳だという噂がクラス中に溢れ返っていた。

「これ、私じゃないよ。全然、似てないし」と笑って否定する瞳だったが、噂は加速して学校全体へと広まっていく。仲のよかった親友たちから、ハブられる瞳。交際相手のヒロキまで「みんな、言ってるし」とよそよそしい態度を見せるようになる。母親の裕子(筒井真理子)は仕事で忙しく、悩みを打ち明けることもできない。意地になって登校すると、嫌がらせが横行し、街では知らない男性から名前を呼ばれるようになる。学校にも自宅にも街にも居場所のなくなった瞳は、駅のホームへ入ってきた電車に思わず近づいてしまう──。

緒方監督は、性的虐待問題を扱った『終わらない青』(09)でデビューし、第2作『体温』(11)はラブドールと暮らす孤独な男性を主人公にするなど、情報過多な現代社会で情弱な生活を強いられる若者の姿を描いてきた。ネグレクト事件を題材にした前作『子宮に沈める』は2013年に全国公開され、大きな波紋を起こした。『子宮に沈める』が予想外の反響となったことが、本作を撮ることのきっかけになったと語る。

緒方「いくつかの育児放棄事件を参考にして、あくまでもフィクションドラマとして『子宮に沈める』を製作したんですが、映画の情報を部分的に知った人たちから大阪で起きた実在の事件をそのまま再現したものだと思われてしまった。ネグレクトは母親ひとりだけの問題なのかと問い掛ける映画のつもりだったのに、自分の狙いとは逆に渦中にあった母親をバッシングする側に加担してしまう結果に繋がってしまった。自分のつくった作品が、人を傷つけてしまうという怖さを実感したんです。とはいえ、人の心にまるで届かないような作品をつくるわけにもいきません。そんなとき、10代の若者が殺害される事件が多発し、被害者の顔写真がマスコミにさらされ、個人情報がネット上で広まっていく様子を目の当たりにしたわけです。マスコミやネット上の情報によって生身の人間が傷つき、誰が被害者になるか加害者になるか分からない今の社会を映画にしようと思ったんです」

主人公である瞳が17歳の生涯を終えた後も、物語は続く。写真映えのする女子高生がセンセーショナルな死を遂げたことから、マスコミが騒ぎ始める。テレビニュースの中で瞳は「後輩想いな、明るい優しい女の子」「シングルマザーに育てられ、問題の多い家庭環境で暮らしていた」など、テレビ番組にとっての都合のいいキャラクターにその都度歪められていく。テレビ報道がトリガーとなり、SNS上で繰り返し再生される担任教師のポルノ動画と共に、瞳の死亡原因は「担任教師との淫行事件が発覚したため」という噂が事実にすり替わって広まる。ひとりの少女を死へと追い詰めた孤独さと絶望感は、動画を再生しては嬌声をあげるネットユーザーたちの笑い声によって掻き消されていく。

緒方「映画にはラストに希望を提示してハッピーエンドで終わるものもありますが、ラストシーンで観客がカタルシスを感じて『あぁ、よかった』と帰っていく映画には僕はしたくない。問題の多い日常生活を変えるきっかけを、映画の中に見つけてほしいという気持ちで撮っています。今の時代に足りなのは、他者に対する寛容さと想像力だと思うんです。他者に起きていることを自分に置き換えてみれば、もっと人間は寛容になれるはずです。それに人間はもともと綺麗な生き物だとは、僕は思っていません。僕にとっての映画づくりは、自分の中にある嫌な部分を認める行為でもあるんです。人間の嫌な部分に対しても、寛容になれるように僕自身もなりたいんです」

この物語は、ひとりの女子高生の生と死が情報として消費され尽くされることで終わりを迎える。視聴率が取れなくなれば、テレビ局が取材にくることもなくなり、SNS上で広まったデマもユーザーたちが飽きてしまえば、より新しい刺激的な情報に入れ替わっていく。ひとりの人間の命が、なんと軽々しく扱われていることだろう。顔が見えず、匿名性も高いことから、誰もが簡単に参加できるネット社会だが、同時に誰もが情報源の不確かなフェイクニュースに踊らせられ、被害者にも加害者にもなりうる恐怖が潜んでいる。火星人が襲ってきたと思い込んだ、80年前のラジオ番組のリスナーたちを誰も笑うことはできない。火星人はあなたのすぐ近くにまで迫っている。
(文=長野辰次)

『飢えたライオン』
監督・脚本・プロデューサー/緒方貴臣 脚本/池田芙樹 共同プロデューサー/小野川浩幸 撮影監督/根岸憲一 録音/岸川達也 編集/澤井祐美 音楽/田中マコト
出演/松林うらら、水石亜飛夢、筒井真理子、菅井知美、日高七海、加藤才紀子、品田誠、上原実矩、菅原大吉、小木戸利光、遠藤祐美、竹中直人
配給/キャットパワー 9月15日(土)よりテアトル新宿にてレイトショー、10月13日(土)よりシネ・リーブル梅田、元町映画館、10月27日(土)より名古屋シネマスコーレほか全国順次公開
(c)2017 The Hungry Lion
http://hungrylion.paranoidkitchen.com

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