引退の滝沢秀明、中間管理職としてお祝い事も仕切るその手腕「アウトレイジみたい」

wezzy

2018/9/13 22:15


 滝沢秀明(36)と今井翼(36)によるユニット・タッキー&翼が、9月10日に解散していたことが発表された。滝沢秀明は芸能活動を年内いっぱいで引退し、ジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏の意思を継ぎジャニーズJr.の育成やプロデュース業に専念する。

ジャニーズJr.時代からありとあらゆる功績を残している滝沢秀明の引退を残念がる声は多い。一方、病気療養中の今井翼はジャニーズ事務所を退所し、今後の予定は白紙だが引退予定はないとのことだ。体調の回復をみて、別の芸能事務所に所属し再スタートを切るということなのだろうか。
入所直後からスペオキだった滝沢秀明
 滝沢秀明のジャニーズアイドルとしての経歴は華麗だ。自ら履歴書を送り、13歳(中学2年生)だった1995年4月にジャニーズ事務所に入所し、研修生である「ジャニーズJr.」の一員として芸能活動をスタートした滝沢秀明。小学生時代からジャニーズ事務所に所属するタレントがいることを踏まえると、滝沢秀明の入所年齢は特別早かったわけではないようだが、入所からわずか半年後、いきなり連続ドラマで初主演に抜擢される。1995年10月~1996年9月に放送された『木曜の怪談 怪奇俱楽部シリーズ』(フジテレビ系)だ。ジャニーズJr.でありながら、しかも入所して日が浅いのに連ドラ主演に抜擢されたことは異例中の異例で、この時からすでにジャニー喜多川氏の“スペオキ”であった。

滝沢秀明はあっという間に、ジャニーズJr.の中ではもちろん、デビューした先輩たちも含めたジャニーズ事務所でもトップレベルの人気を誇るようになった。当時はジャニーズJr.の黄金期。ジャニーズJr.の存在が世間に周知されるようになった過渡期で、現在の関ジャニ∞山下智久(32)や生田斗真(33)など、「ジャニーズJr.」全体の人気が高かったのだが、Jr.人気を牽引する滝沢秀明が特別な存在であることは、傍目にも明らかだった。

アイドル雑誌では度々表紙を飾り、ジャニーズJr.史上初のゴールデンタイムでのバラエティ番組『8時だJ』(テレビ朝日系/1998年~1999年)や『ガキバラ帝国2000!』(TBS系/2000年~2001年)では、常にセンターに座りMCを務めた。また、『魔女の条件』(TBS系/1999年)、『太陽は沈まない』(フジテレビ系/2000年)、『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』(TBS系/2001年)、『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』(フジテレビ系/2001年)など多くの連続ドラマでも主演を務めた。2005年には大河ドラマ『義経』(NHK)に当時史上最年少で主演している。

リーダーとしての資質
 しかし嵐などがデビューしていく一方で、滝沢秀明はグループには所属せず、長く「Jr.」として活動。2002年にタッキー&翼としてCDデビューしている。2006年には時代劇ミュージカル『滝沢演舞城』で座長を務め、2010年からは『滝沢歌舞伎』として演出も担当するようになった。この頃から、Jr.時代からみんなをまとめるリーダー的存在だった滝沢秀明のプロデュースセンスや後輩の面倒見の良さに注目が集まった。

そのほかにも、バラエティ番組でヒロミ(53)とDIYに励んだり(八王子リホーム)、火山を探検して自ら専門家を集めチームを結成したり……滝沢秀明がバイタリティに富み、奥深い人物であることは間違いない。

2016年頃から盛んに報じられるようになったジャニーズ事務所後継者問題だが、これにてようやく決着となるだろう。カリスマ性があり、プロデュース力や後輩の育成力にも優れていると定評のある滝沢秀明に白羽の矢が立ったことは必然で、先輩タレントたちも納得しているのではないか。思えば、ジャニー氏の誕生会を仕切るのも滝沢の仕事だった。

近藤真彦がトークバラエティ番組『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)で明かしたところによると、ジャニー氏の誕生会開催についてはまず滝沢が日付を決め、近藤に連絡。近藤のOKを得ると次に滝沢は東山紀之に相談し、東山と滝沢で手分けしてジャニーズタレントたちに伝達するのだという。この流れを久本雅美は「仕切りがアウトレイジみたい」と茶化していたが、確かにそのとおりだ。

中学時代から、ある意味“センター”で特別扱いを受けてきたはずの滝沢秀明だが、今では中間管理職として面倒事も一手に引き受け、上と下とをつなぐポジションに立った。今後はジャニー氏の意思を継ぎ、若いアイドルの養成にも力を注いでいく。表舞台に立つ滝沢秀明に会えなくなるのは残念極まりないが、ジャニー氏の正当なる後継者としてどんな手腕を発揮するのか、楽しみになってきた。

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