“ラブホ界の帝国ホテル”は渋谷・円山町にあり/文筆家・古谷経衡

日刊SPA!

2018/9/9 15:50



独りラブホ考現学/第2回

◆ルーツはダムに沈んだ村の移住補償金

東京渋谷の道玄坂を登り切った一帯――東京都渋谷区円山町――が、都下有数のラブホテル街であるというのは、首都圏在住者で無くとも既知の事だと思う。

この街がラブホテル街になったのは、所謂「岐阜グループ(旧岐阜県大野郡荘川村)」と呼ばれる人々が、ダム建設と村の水没を契機にして、多額の移住補償金を元手に次々と「連れ込み旅館(ラブホ)」を開業したことが切っ掛けであることは、まさにこの円山町を舞台にして行なわれた『東電OL殺人事件』の著者、佐野眞一氏の手によって広く世に知られることになった。

“杉下(杉下茂一※岐阜グループの筆頭)さんが始めた『竜水』という連れ込み旅館を皮切りに、こうして岐阜グループの人々がこの街に次々と旅館、ホテルを建設していった。”(前掲書)

このように、村の水没によって岐阜県旧荘川村の人々が円山町にラブホ街を形成したのは「昭和三十年代初頭」という。それ以前、円山町は花街として知られたところだった。「現在(大正11-1922年当時)では、料理業者39軒、待合が97軒、芸者屋164軒と云ふ事になり、芸妓の数は360人と云ふ大発展は昔の渋谷村(中略)から考えれば全く想像外であったといっても好い―渋谷町史」(産経新聞、1994年1月30日、漢数字は筆者が算用数字等に置き換え)

という活況であった。この花街として知られた円山町に現在、往時の面影は一切無く、またかつてこの街が花街であった事実も完全に忘れられ、前述した「岐阜グループ」の人々の努力によって円山町は戦後、一大ラブホ街へと、羽ばたく蝶のごとく華麗に生まれ変わったのだ。

以降、時計の針を現代に引き戻せば、最盛期150軒ほどあったラブホは、バブル期の地上げや再開発を経て現在100軒を大きく下回っていると思われるが、円山町が都下有数のラブホ街であることにはなんら変わりない。そしてこの街は、前回記事のように私にとっては情交の場所では無い。男が独りで眠る街――ビジネスホテルよりも快適なラブホ――それが東京渋谷の円山町なのである。

この街で私が定宿にしているラブホは何軒もある。その中で最も私が贔屓にしている宿は、道玄坂からすぐ右折した処に居を構える円山町きっての老舗ラブホテル「ル・ペイ・ブラン」である。「ル・ペイ・ブラン」とはフランス語で「白い国」を意味する。如何にも白いタイルで覆われているが、夜間だとその白亜の城塞のごとき壮麗な外観は残念なことにネオンの中に埋没するだろう。円山町のラブホテルにしては珍しく、いや殆ど皆無と言って良い「無料駐車場」が1F部分に完備されているところが、クルマ人間の私にとってなによりも二重丸。

実を言うと私は、本当のところこの物件を紹介したくない。なぜなら何年もこの宿に通い詰めた私が、突然宿泊できなくなるといったことが起こると困るからである(余計な妄想か)。しかしここは、断腸の思いで「ル・ペイ・ブラン」の魅力をお伝えする。

◆キラキラ要素は無いけれど……

「ル・ペイ・ブラン」はイマドキのリゾート・ラブホが主流になりつつある円山町にとって、堅牢とも呼べるべき堂々の建て構えをみせる。地下1F、地上4F。全客室は26室。特筆すべきは部屋の安さとチェックイン時間の長さにある。平日最大20時間の滞在で全室6,500円均一という良心的値段は、円山町随一(いや破格帯)であろうことは私が保証する。

ただし、その内装・設備にあっては、如何にも女性雑誌で紹介されるようなキラキラとしたものではないことは留意されたい。だが、男が独りで泊まる事を考えた上で、この値段で駐車場が無料であることなどを総合的に勘案すると、「ル・ペイ・ブラン」以外の選択肢は無いように思える。

もちろん、リネン・清掃等は徹底されていてその古さを感じさせない清潔感がある。最近ではフロント脇に洒落た入浴剤無料のサービスも開始され、次回割り引きのクーポン券も配布されている。都下ラブホではまず存在しない「20分前までの空室予約」という貴重なサービスを有し、その経営努力は瞠目すべき水準で有り徹底されている。

しかし過去何十万円もこの宿に費やしてきた私は、この空室予約サービスを利用したことは無いので、ここでは予約に関する評価は差し控えたい。

なぜなら「独りラブホ」を極めたる者、ラブホへの入室の是非は、「湊川の決戦」のごとく正面堂々と行ない、事前予約などという卑怯な戦法に頼るべきでは無い―というのが、私のポリシーだからである。いやはや、返す返すもなにかにつけて大満足の宿。

閑話休題。「ル・ペイ・ブラン」には各室に「ボディソニック・システム」という1980年代後半の「最先端技術」がそのまま設置されている。「ボディソニック・システム」とは、かいつまんで言えばスピーカーから流れる音楽と共振する装置であり、これがベッドに設置されていると言うことは、眠っている間に振動と共に音楽がベッド伝いに流れるという代物なのである。

1996年8月20日付の産経新聞紙面『音楽・新世紀がやってくる!』によれば、横浜市立市民病院外科系病棟の看護婦、岩谷房子氏と元外科部長の池田典次氏のコメントとして「便通」「腸閉塞」「不安神経症」などに著効あり、「画期的な未来の音楽療法」としている。

しかし「ル・ペイ・ブラン」各室に設置されている「ボディソニック・システム」はご覧の通り、「入」の部分に明滅はあるが、装置自体は機能していないようである。部屋によってはまだ生きている場合があるかもしれないが、私の経験上、残念ながらまだアタリは無い。もしまだこのシステムが生きている部屋に入ることが出来れば、めっけ物である(アタった人は筆者まで感想求む)。

これらやや懐古的な設備をいま一度、現代的な視座で見学できるという付加価値も込めて、やはり「ル・ペイ・ブラン」100点を超える150点のラブホテル!堂々「ラブホ界の帝国ホテル」である。どうか読者諸兄、この宿に殺到してくれるな。

●ラブホテルQ&A

Q.ラブホテルって一度入室したらチェックアウトまで外出できないんですよね?

A.できます。ラブホテル全般を「卑猥な性産業」とレッテルを張って悪評を広げんとする教育団体による悪質な嘘であり、反ラブホ・プロパガンダであります。いや勿論、外出できない宿もあります。ありますがそれが何だというのですか。チェックインの前にコンビニで必要物品を買い出ししておけば宜しい。ちなみに今回紹介した「ル・ペイ・ブラン」は、24時間外出自由。鍵を預けて颯爽と渋谷の街に男独りで繰り出すことが出来ます。この場合、私の定番ルートは「チェックイン(荷物置)→外出→映画鑑賞→回転寿司→寄宿→惰眠→独り酒しながら原稿書き→チェックアウト」と普通のホテルと変わらず、フロントのおばちゃんもニッコリ大笑顔。

【古谷経衡】

ふるや・つねひら。‘82年北海道生まれ。文筆家、評論家。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。ネット保守、若者論、社会、政治などで幅広く評論活動を行う。著書に『日本を蝕む極論の正体』(新潮新書)ほか多数。新刊に初の長編小説『愛国奴』(駒草出版)

あなたにおすすめ