中国勢が世界の航空機市場を席捲する日


●完成に立ちはだかる壁

航空機製造業界においては、なぜ中国メーカーやロシアメーカーの民間機開発は時間を要し、いまだ完成に届いていないのか。それは空を飛ぶ機械だから設計が難しいという理由では決してない。

その理由のひとつは、数百万点の部品を組み上げる近代航空機という複雑な機械を設計し、サプライチェーンを構成する数多くのベンダー(供給会社)をつないで全体の製造工程を動かす必要があるからだ。多岐にわたり連鎖していく設計の手直しが開発過程で発生することは、あらゆる製品の開発で避けられないことだが、これを複雑化することなくひとつずつ整然と解決し、同時に関係するベンダーも刻々と変化する設計をタイムリーに間違いなく生産工程に反映する必要がある。

さらに、細部のデザインは1種類ではなく、オプションと呼ばれる顧客の選択による複数の仕様を持つことも多い。こうした細部での設計の多様化にも対応する必要がある。ひとつ間違うと糸が絡まるように開発プロジェクトが混乱してしまうだろう。この複雑さをうまく管理する必要があるが、経験の乏しい後発各社はスマートに対処するノウハウを持ち得るのか。

先進2社でもコンピューター利用が大きく進んだ2000年代に、エアバスはA380、ボーイングは787で開発の大幅遅延や初期の生産規模のペースダウンを引き起こした。さまざまな原因分析が行われたが、詰まるところコンピューターが可能にした航空機の複雑かつ緻密な設計、その管理手法がいまだ発展段階にあったためではないか。

航空機の歴史が100年を超えるに至った今、航空機メーカーにとっての最大のノウハウは、飛行機をデザインする難しさよりも、むしろ設計と生産全体のマネジメントにあるようだ。この課題は他社に頼るのではなく、自ら習得するしかない。ブレークスルーするには、ある程度の時間が必要であろう。

●型式証明は国際ルールで

次に型式証明の取得に時間を要していることが考えられる。開発遅延といえば、どうしてもメーカーに目が向きがちになるが、型式証明の基準を整備し、それに基づく審査を行い、審査結果に基づき証明を発行するのは政府の仕事である。これは意外な盲点である。

型式証明は航空機のハードウエアの安全管理であり、その管理責任は製造国の政府にあるのだ。検査要領に必要なものは法律文書ではなく、細かく具体的に記述された技術文書である。国の検査をクリアできず開発が遅れるのであればメーカーの責任だが、検査の準備に手間取り開発が進まないのであれば国の責任となる。

ただし、技術的な内容であるとはいっても、型式証明に関する情報は開発企業のノウハウではないし、機密でもない。開発された航空機は国境を越えて使用されるものであるから、型式証明の認可基準は民間航空条約に沿った欧米と同一である必要がある。したがって理屈の上では、条約を批准している国であれば、必要な情報は他国に要求して入手することができる。したがって型式証明の検査経験がない中国は、米国や欧州の航空当局からいかにサポートを受けるかということが課題である。

2017年に中国の李克強首相がドイツのメルケル首相に、中国の航空機メーカーCOMACが開発中のC919の型式証明発行について協力を求めた。エアバスA320の生産拠点はドイツのハンブルグにあるため、狭胴機の技術管理業務はドイツ航空当局の得意とする分野だが、A320とC919はライバル機種である。これまで、エアバスは販売促進のために中国国内でA320の組み立てを進めてきたが、今回ドイツ政府がどんな対応をするか注目である。また、同社が開発中のリージョナルジェットARJ21についても、2017年のトランプ米大統領の訪中時に習近平国家主席が米国に協力を依頼している。

国を問わず、公官庁ではコンプライアンスの観点から現行の業務プロセスを変えがたいだろうが、膨大な数に上る審査項目を適切に処理するためには、コンピューター時代に相応しい合理的な業務、承認プロセスが求められ、進めようとしているものと思われる。

●中国機C919は早晩完成する

交通の観点から見た場合、中国の特徴はシンプルに大陸国家で面積が広く、人口が多い。現在は鉄道網、バス網が発達し、新幹線も随所でサービスを始めているが、経済が発達して1人当たりの所得が増えると、国内交通網はよりスピードを求めて、短距離では自動車に、中長距離では航空に集中する。いわば米国型の交通網に発展する傾向がある。

多くのレポートが、将来は中国が米国を凌ぎ世界最大の航空輸送量を誇る国になると予測しており、ボーイングやエアバスが多少の技術流出を犠牲にしても、中国に合弁事業を展開し将来の顧客を確保しておきたいと努力している。間違いなく中国の最大の特徴は、潜在的に世界一の航空機マーケットを国内に持つという点である。

今後COMACを中心とした中国の航空機製造がどんなスピードで進化するか予測することは難しいが、多少時間はかかろうとも同社が開発中のC919、ARJ21、CR929の開発は完了する。その時、中国、そしてロシアの民間航空機メーカーは、新興国を中心としたマーケットにおける主要供給元のひとつとして大きな役割を担うだろう。

なお、このレポートでは三菱航空機のMRJについては触れていないが、上記の環境変化のなかでぜひとも生き残りを図り、世界市場で重要な役割を果たすことに期待したい。
(文=稲垣秀夫/航空経営研究所主席研究員)

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