SPEEDの濃厚で短かった「全盛期」と、スキャンダルにまみれてしまった「現在」

wezzy

2018/8/22 06:15


 今から22年前、1996年にデビューした4人組ダンス&ボーカルグループ・SPEED。瞬く間に日本の音楽シーンでトップにのぼりつめ、わずか3年半の活動を経て絶頂期のまま解散。現在もまだ彼女たちは30代で、それぞれに女優、歌手、政治家として活動しているが、あのSPEEDブームの熱狂を知っているファンにとって、彼女たちが解散後に歩んだ山あり谷ありの道のりは驚きの連続でもあっただろう。

そんなSPEEDの全楽曲・全映像、および4人のメンバーがそれぞれソロ名義で歌う全楽曲・全映像が、8月1日より各サブスクリプション配信サイトにて配信されている。AppleMusicやLINE MUSICなど各種ストリーミングサービスからSPEEDの音源にアクセスする機会を得た今、あらためて彼女たちの活躍について振り返りたい。
SPEEDは少女たちの憧れだった
 安室奈美恵(40)と同じ沖縄アクターズスクール出身の新垣仁絵(37)・上原多香子(35)・今井絵理子(34)・島袋寛子(34)からなる音楽ユニット・SPEEDは、1996年8月、デビューシングル「Body&Soul」をリリースし、世に出た。実際はその前年から、先輩である安室奈美恵やMAXが出演していた歌番組『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)に4人で出演。番組内でグループ名を公募するなどしていた。小学5年生(島袋)から中学2年生(新垣)までという低い年齢層の少女たちが、堂々と歌って踊る姿に驚いた視聴者は多かっただろう。彼女らと同世代のティーン女子にもその存在は非常に眩しくうつった。

デビューの時点で、新垣は15歳の中3、上原は13歳の中2、今井は12歳の中1、そして最年少の島袋は12歳の小学6年生。当時、チャイドル・子役としてドラマなどに出演する小中学生はいたが、AKB48モーニング娘。のようなアイドルグループはおらず、しかもSPEEDの歌・ダンスのパフォーマンスは大人顔負け、いや大人に引けを取らない“プロ”そのものだった。自分と同世代の、あるいは少し年上の少女たちがステージで歌い踊っている姿を目にした時の子どもたちの衝撃といったら、ただごとではない。少なくとも当時9歳だった筆者にとっては人生最大の衝撃であり、芸能人に対して初めて「憧れ」を抱いた経験だった。

圧倒的なカリスマ性を持つ安室奈美恵に対して、SPEEDは歌い踊る等身大の少女たち。90年代に比べ、00年代、10年代はダンスなどの表現系競技が普及してきているが、それも個人的にはSPEEDの影響が少なくないのではないかと考えている。

当時ゴールデンタイムで放送されていた『速報!歌の大辞テン』(日本テレビ系)という音楽番組では、過去のヒット曲と現在のヒット曲が交互に紹介されていた。過去に人気だったという女性アイドルたちの多くは、ステージ上でしか着られないような“アイドル衣装”を着ていたが、デビュー当時のSPEEDはダボっとしたTシャツ&パンツといったストリート系カジュアルのスタイルが主流で、髪は下ろしたまま、『THE夜もヒッパレ』などに出演する時も街に遊びに行くようなファッションが多く、そんなところも憧れた。

親にはSPEEDが着ている衣装と同じような服をねだり、美容院ではSPEEDの島袋寛子と同じような髪型をリクエストした。SPEEDがCM出演しているという理由で、アサヒ飲料三ツ矢サイダー「さわやかグレープフルーツ」や、ロート製薬の「リセ」や「キャンパスリップ」や、資生堂「ティセラ エンジェルドロップ」を(寛子ファンだったためCMや広告で寛子が持っている商品を選んで)買った。シングルやアルバムももちろん購入、出演する番組は必ずビデオ予約し、何度も再生した。アイドル雑誌やファッション雑誌もSPEEDが出ているから買うようになった(結果的にジャニーズも好きになった)。

解散と繰り返される再結成
 いつも4人一緒のイメージが強かったSPEEDだが、4人揃って出演した映画『アンドロメディア』(1998年)や夏の全国ツアー「SPEED TOUR 1998 RISE」が終わった1998年秋頃から、メンバー個々によるソロ活動が見受けられるようになった。1998年10月発売の8thシングル『ALL MY TRUE LOVE』のカップリングには島袋(hiro名義)と今井(Eriko with Crunch名義)の楽曲が入り、新垣・上原・今井の3人は1999年春クールの連続ドラマに出演、1999年春~夏にかけては新垣・上原・島袋がそれぞれ単独のソロシングルを発売。一方で、メンバーそれぞれの恋愛に関する噂も飛び交っていた。

そして1999年10月、突如発表されたSPEEDの解散。記者会見に応じる4人は思いつめたような表情をしていた。

約3年半の活動にピリオドを打ち、2000年3月31日に解散したSPEEDのメンバーたちは(ちなみに3月31日は有珠山噴火があり、テレビはあまりSPEED解散について時間を割かなかったと記憶がある)、露出は減ったものの、それぞれがマイペースに活動しているように見えた。解散からおよそ1年半後の2001年10月6日には、一夜限りのSPEED再結成がなされ、さらに12月には12thシングルとなる『One More Dream』が期間限定発売された。

ただ、思ったほどの大きな話題にはならなかったと記憶している。筆者自身、その頃は既に他のアーティストが好きだったため、SPEEDの一時的な再結成に衝撃を受けたり熱に浮かされたりということにはならなかった。たった1年半で、SPEEDはもう過去のグループになってしまっていた。

2003年、SPEEDは2度目となる期間限定での再結成。この時は5月~12月期間が長く、全国ツアーが行われ、CDもシングル2枚・アルバム1枚リリースされたが、“かつて”ほどの存在感は感じられず、どこか宙ぶらりんな印象が否めなかった。「え、あの解散劇は何だったの?」という気持ちになってしまったファンは多かったのではないだろうか。もう“旬”じゃないんだな、という空気も、うっすら漂っていたように思う。

2度目の再結成期間を終えたSPEEDは、またそれぞれがソロ活動に戻った。今井は2004年に175RのSHOGOと結婚、同年に長男を出産し、2005年にelly名義で歌手活動を再開。SPEED時代は今井と同じくメインボーカルを務めていた島袋は、hiro名義での音楽活動のほか、2004年にジャズプロジェクト・Coco d'Or(ココドール)の活動、映画・ミュージカルに出演。上原は、ソロ名義でCDをリリースしつつも、ドラマ・映画・舞台・CMなどに出演し、写真集も何度か出している。CM出演は4人の中でダントツに多かったのが上原だ。SPEED時代はダンスがずば抜けていた新垣も、ソロ名義でCDや、イラスト集、ヨガDVDを出している。

上原以外の3人は、ソロ活動での名義をしばしば変えていて、それもまた“迷走”しているような印象に映った。とはいえ、かつてほど脚光を浴びてはいないものの、SPEED時代に休む暇もないほど働き詰めの数年間を送った4人が、これからは自分のペースで自分好みの活動を地道にしていきたい、あるいは模索していきたいと望んだ可能性もあり、これを「売れたいのに以前ほど売れない状態」だったと見ることはできない。彼女たちが希望した活動形態で、自分のペースでやりたい仕事をやっているのなら、何ら問題はなかっただろう。

しかし2008年8月、なぜかSPEEDは3度目の再結成、それも期間限定ではない完全復活をした。同年11月に発売された15thシングル『あしたの空』はオリコンチャート3位でそれなりの売上を見せたものの、そもそもSPEED人気が絶頂だった90年代後半と、00年代後半では音楽業界の状況は変わり、CD不況に突入していた。90年代後半にSPEEDを見て育った世代も20代に突入している。再ブレイクは難しかった。

完全復活後のSPEEDは2008~2011年にかけて、『あしたの空』を含め6枚のシングルをリリースしているが、順位はみるみる下がっている。2009年発売のベストアルバム『SPEEDLAND -The Premium Best Re Tracks-』こそオリコン2位だったが、2012年発売の5thアルバム『4 COLORS』はオリコン16位。そして2013年発売のミュージッククリップ集『SONIC GROOVE CLIPS』を最後に、SPEEDは実質活動休止状態にある。

スキャンダルにまみれてしまった30代
 解散や活動休止が発表されたわけではないが、とにもかくにも実質的には活動休止であるSPEED。全盛期の功績がある彼女たちは、活動をしていない時期にも所属事務所からそれぞれ200万円ほどの月給が支払われていると伝えられてもいた。事実ならば黙っていても年収2400万円となるのだから生活には困窮しないだろう。

4人そろっての活動を再開できない事情もある。メンバー最年長の新垣仁絵は、2013年4月に結婚発表、所属事務所を退所。SPEEDの公式サイトには名前が載っているものの、芸能活動は行っていない模様だ。新垣個人の公式サイトには<サイト調整中>の表示があり、Twitterは2013年12月を最後に更新が止まっている。

最初のSPEED解散後、音楽活動はそこそこに、女優業をメインに活動していた上原多香子は、2012年8月、ET-KINGのTEENとの結婚を発表。しかしわずか2年後の2014年9月に夫が自殺。上原は夫の死に憔悴していたとも伝えられていた。1年後の2015年10月、上原は芸能活動を再開。しかし、夫の自死から3年後の2017年、夫が自ら命を絶ったのは上原の不倫が原因だったと女性週刊誌に報じられ、TEENの遺書、不倫相手の阿部力とのLINEのやり取りやキス写真も掲載される。

これについて沈黙を貫いたまま、上原は無期限での活動を休止(と報じられた)。上原のブログは2017年5月で更新がストップしており、コメント欄が荒れに荒れたとされるTwitterは現在非公開。週刊誌の報道によれば、高級マンションを引き払った上原は、2DK・オートロックなし・家賃月10数万円の庶民的なマンションで、新恋人・コウカズヤ(41)と同棲生活を送っている。所属事務所に籍はあるが現在はほぼ無給の上原と無名演出家であるコウの暮らしぶりは質素で、移動手段はバスや自転車。記者が復帰予定を質問すると、「全然ないんです」と答えたという。

昨夏、上原より一足早くスキャンダルの渦中にいたのが、2016年7月に初当選を果たし自民党参議院議員となった今井絵理子である。昨年7月下旬、「週刊新潮」(新潮社)が今井と自民党・神戸市議会議員の男性の不倫疑惑を報じたのだ。同誌の直撃に今井は、お互い好意はあるけど一線は超えていないと、肉体関係を否定。しかしホテルの同じ部屋に泊まった事実があるのに“一線を越えていない”は通用せず、大きな批判を呼んだ。

2004年の結婚・出産、2007年の離婚を経て長男を育てるシングルマザーとなった今井は、SPEEDが3度目の再結成をした2008年、『24時間テレビ』(日本テレビ系)で、長男が生まれつき聴覚障害を持っていることを公表。長男の障害についてオープンに語り、福祉施設でのミニコンサートを行うこともあった。2015年、今井は島袋とともにユニット・ERIHIROを結成、8月にシングル『Stars』をリリースするも結果はオリコンチャート27位と振るわなかった。それから半年ほどしか経っていない2016年2月、今井は同年夏の参議院選で自民党比例代表候補として出馬することを表明したのだが、ERIHIROは“もういい”と思ったのだろうか。

出馬会見では手話を行いながら自らの立候補理由を語っていた今井だが、当選直後には沖縄の基地問題について意見を聞かれ「これから向き合う」と答えるなど、勉強不足の様子だった。不倫騒動後、インスタとブログの更新が途絶えていた今井だったが、2018年1月以降はコンスタントに更新している。主に議員活動の報告がメインだが、コメント欄には応援よりも「辞職して下さい」といった非難の言葉が溢れている。

SPEED最年少の島袋寛子はどうだろうか。最初のSPEED解散発表時には「沖縄に帰りたがっている」と引退が囁かれていた島袋だったが、結局引退することはなく、ソロ名義では音楽活動メインに行ってきた。2006年公開の映画『バックダンサーズ!』にも出演している。並行して、2004年にジャズプロジェクト・Coco d'Or(ココドール)を立ち上げ、2011年までに3枚のアルバムをリリースしていた。

2008年にソロ名義をhiroから本名の島袋寛子に変更。2011年~2014年にかけては単独ライブを行い2013年にシングル『童神』とアルバム『私のオキナワ』を発表した。前述したとおり2015年に今井と結成したERIHIROは不発で、もはやヒットチャートで彼女の名前を見かけることはないが、スキャンダルもなくマイペースに音楽活動を続けているのは彼女だけだ。

2016年9月には俳優・早乙女友貴との婚約を発表、2017年2月に入籍。島袋より12歳年下の早乙女はSPEEDがデビューした1996年に誕生しており、(全盛期の)SPEEDを知らない世代の男性がSPEEDのメンバーと結婚するという事実には、年月の経過を再認識させられた。

SPEEDのこれから
 1996年のデビューから22年が経つ2018年8月現在、新垣は37歳、上原は35歳、今井は34歳、島袋は33歳になっている。当時、彼女たちに憧れた小中学生も、30代だ。

SPEEDが全盛期だったと言えるのは、1996~2000年3月までのおよそ4年間。この間、SPEEDはシングルCDのオリコンチャート1位とミリオンセラーをそれぞれ5枚達成し、「White Love」はダブル・ミリオンに輝いた。アルバムでは、1997年5月発売の『Starting Over』がダブル・ミリオン、1998年4月発売の『RISE』がトリプル・ミリオン。すごい記録である。

1998年と1999年には全国ツアー公演を開催。紅白歌合戦には1997~1999年と3年連続出場。4人の少女たちが子供ながらに成し遂げた大きな仕事は、今思い返しても多い。SPEEDの“旬”の時期は、あまりにも濃く、短かった。

30代を迎えた彼女たちの“スキャンダル”が週刊誌を賑わせる時代がやってくるだなんて、20年前には想像もしていなかったが、彼女たちの“その後の人生”もまだまだ長い。今井と上原のスキャンダルはSPEEDとしての4人での活動を完全に終わらせたかもしれないが、これからはおそらくもうSPEEDというユニットの形にこだわらず、それぞれが自分の方向を定めて生きていくのだろう。

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