追悼──水橋春夫さんが遺した名曲たちと“ジャックス”の知られざる伝説

日刊サイゾー

2018/8/13 19:00


 1980年代に、Winkや横浜銀蝿などを大ヒットさせたプロデューサーの水橋春夫氏が死去した。8日、Winkの特設サイトが伝えている。5日早朝に心不全のため亡くなったという。69歳だった。

80年代のヒットメーカーとして知られる水橋氏だが、往年のロックファンにとっては60年代に活動した伝説のロックバンド、ジャックスの元ギタリストとしての顔のほうが、記憶に鮮烈だろう。

「ジャックスは、67~69年に活動したバンド。フロントマンでボーカルの早川義夫の情念的な歌唱、観念的で文学的な歌詞、ジャズの影響を受けたサイケデリックで前衛的な音楽性は、当時も今も異彩を放っています。そんな伝説のバンドに、水橋さんは68年までギタリストとして在籍していました。『メリー・ジェーン』のヒットで知られるつのだ☆ひろも、バンド末期のメンバーでしたね。彼らが活動した60年代後半は日本のロックの黎明期でしたが、当時の主流だった若者の音楽はグループサウンズかフォークソング。ロックといえば、ビートルズやレッド・ツェッペリンなど、もっぱら洋楽でした。ジャックスも一部のロックファンを熱狂させたものの、大衆的な人気を得ることなく、解散を余儀なくされました。しかし、彼らは大瀧詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂を擁したはっぴいえんどと並ぶ、日本語ロックの先駆者的な存在です」(音楽ライター)

だが、はっぴいえんどが解散後も音源が再発され続け、高い評価を受けていたのに対し、ジャックスは長らく音源が再発されず、知る人ぞ知る存在だった。そして、そこには“ある理由”があった。

「彼らの代表曲『からっぽの世界』の歌詞に放送禁止用語が含まれていたため、レコード会社が再発を拒否していたのです。80年代に入って、当時人気だっだパンクバンド、ザ・スターリンのボーカルの遠藤ミチロウが影響を受けたバンドとしてジャックスについて、しばしば発言したことから、若い世代にもジャックスの存在が注目されるようになり、85年にようやくベスト盤が発売されましたが、『からっぽの世界』は収録されませんでした。同曲は翌年にインディーズレーベルから発売されましたが、オリジナルではなく、ライブ音源でした」(同)

ジャックスが正当な評価を得られなかったのには、メンバーが解散後に表舞台から退いてしまったことも大きい。早川はソロアルバムを発表後は音楽から離れ、川崎市内で書店を経営(94年からソロアーティストとして活動再開)、水橋氏は前述したようにプロデューサーに転じた。

「あのジャックスだった水橋さんが音楽性の全然違うWinkや横浜銀蝿のプロデュースを手がけるなんて意外でしたが、往年の名バンドの元メンバーがプロデューサーに転じるのは、業界ではよくある話。4年前に亡くなりましたが、GLAYやJUDY AND MARYのプロデュースで知られる佐久間正英さんも、日本のプログレシッブロックの草分け的なバンド、四人囃子のメンバーでした。ちなみに、彼は乃木坂46の生田絵梨花とは親戚関係で、生田が幼い頃から交流があったりします」(同)

話を水橋氏に戻すと、彼は2015年に同じくジャックスに所属していたベーシストの谷野ひとしとともに「水橋春夫グループ」を結成して、アルバム「考える人」(セシリア・E)を発表し、「FUJI ROCK FESTIVAL ’15」に出演するなど、第一線に復帰。翌年にもアルバム『笑える才能』(ベルウッドレコード)をリリースするなど、再びミュージシャンとして注目を集めていた矢先の急逝だった。冥福を祈りたい。

当記事は日刊サイゾーの提供記事です。

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