究極の夫婦愛「幽霊になって出ておいで」── 落語「三年目」

tenki.jpサプリ

2018/8/11 18:30


お盆の帰省ラッシュもピークを迎えます。NEXCO東日本によると、2018年お盆期間中の全国の高速道路の渋滞予測は、●下り線・帰省ラッシュで最も混雑する日→今日11日、●上り線のUターンラッシュで最も混雑する日→8月14日(火)だそうです。ドライバーのみなさん、安全運転を心がけてくださいね。
さて、この記事を帰省先で読まれている方も多いことと思いますが、お盆の正式名称は盂蘭盆会(うらぼんえ)で、旧暦7月15日を中心に先祖の霊を弔(とむら)う仏教行事です。最近ではほぼ全国的に新暦8月15日を中心に行われていて、お盆には先祖や亡くなった人々が浄土から地上に帰ってくると言われます。
幽霊……と聞くと怖いけれど、懐かしいおじいちゃん、おばあちゃん……お世話になった人、大好きだったあの人……だったら、顔を見たいと思いませんか? 落語「三年目」は妻を愛するがゆえ、幽霊になってでも会いたいと願う男の噺(はなし)です。

大文字送り火

大文字送り火

仲がよすぎる若夫婦


それはそれは仲のよい若夫婦がいました。あまり仲がよすぎたせいか、女房がちょっと具合が悪いと言って床につくと、亭主はもう昼も夜も枕元を離れません。ところがある日、病に伏せった女房を方々の医者にも見せて手を尽くすも、病状は悪化の一途をたどるばかり。
「おい、おまえ、加減はどうだい? 薬を持ってきたよ」
「はい、ありがとうございます」
「おあがりよ。先生がね、飲みいいように調合したとおっしゃったから……ああ、それから、口直しも枕元にあるからね……もう少しさすろうか?」
……と至れり尽くせり。ところが女房は、
「わたしは、お薬をいただいてもむだでございますから……」
この間、医者が屏風(びょうぶ)の陰で「もう見込みがない」と亭主に言うのを、寝たふりをして聞いていたと言うのです。
「……あの先生で、もう6人目、これだけたくさんのお医者様に見放されるようでは、しょせん助からない命と思います。でございますから、一日も早くあなたのご苦労を除き、わたしも早く楽になりたいと思っておりますが……」
亭主の慰めなどもう、聞く耳を持ちません。これ以上、亭主の重荷になりたくない、死ぬ覚悟はできていると話す女房は、ここで亭主に衝撃の告白をします。



病の女房が、気になって死ねない理由とは


「ただひとつ気にかかって臨終できないことがございます」
「気にかかって臨終できないことがある」── このままでは死にきれない?
「それを話してごらん。おまえの言うことなら、あたしはなんでも、できることならしますから」
それでも女房はなかなか言い出しません。その様子を見かねた亭主は、「なんでもかなえてあげるから」と押しの一手……。
とうとう女房が重い口を開いて言うのには、「わたしにもしものことがございましたとき、あなたもお若いことでございますから、後へまたお嫁さんをおもらい遊ばして、その方を、わたしのようにこうして大事にしてあげるだろうと思うと、それが気になって、どうしても死ねません」
女房の亭主に対する情念、嫉妬はすさまじいものだったのです。でも、若くして死んでいく女心が表れていて、いじらしくも感じます。
女房が死んだ後のことなど考えもしなかった亭主は、「あたしは後妻をもたない、生涯、独身で通すから」と言うも女房は信じません。
「……半年や一年はともかく、だんだん日が経てば……それでなくても、なかなかお一人で、ご辛抱のできない方なんですもの……」
と、なかなかに鋭い指摘を受けた亭主が妙案を出します。
「それほどあたしのことを思ってくれるなら、いよいよ婚礼という晩に幽霊になって出ておいで」
亭主は女房に会えてうれしいし、たいていの嫁なら、幽霊を見て目をまわし実家へ逃げて帰る。そういうことがたび重なれば、もう誰も嫁になどこなくなるだろう……。
「だから、もしまちがい(女房が死ぬ)があったときには、幽霊になっておまえ、出ておいで」
「幽霊」でもいいから、おまえに会いたいという、究極の愛の告白ですね。女房もしびれたに違いありません。
「それでは、わたしが幽霊になって……」
「ああ、ああ、必ず出ておいで。八つ(午前二時)の鐘を合図に……」
「あなた、きっとですよ」
よほど安心したのか、亭主の言葉にうなずいた女房は容態が急変し、亡くなってしまったのです。



婚礼の夜、亡き女房の幽霊を待ちわびる亭主


「若い者をいつまでも抜き身で置いては危ないから、いい鞘(さや)があったら納めたらよかろう」
と、親戚の者が言い出します。亭主も最初のうちは「わたしは後妻はもたない」と断ったものの、そうそうは断り切れず……。
婚礼の夜……亭主は寝るどころではありません。嫁のほうも亭主が寝ないのに先に寝るわけにはいきません。
「早くおやすみなさい」と亭主は嫁を寝かせようとする。でも、「あなたがおやすみにならないでは……」。
亭主は、元女房が幽霊になって現れるのを、今か今か……と待っています。
「いま、何刻(なんどき)だい?」と、嫁には時刻を聞くばかり。
約束の八つ(午前二時)を過ぎても女房の幽霊は現れません。
「約束を忘れたわけじゃぁあるまいが、もっとも幽霊も十万億土からくるんだから、初日には間に合わなかったのかもしれない」
ところが、二日目も三日目も……七日待っても、幽霊は出てきません。
「ばかにしている。これじゃあ、うらめしいの、取り殺すのというが、息のあるうちで、死んでみればそんなばかなことはない」
期待が大きかっただけ失望も大きかったのでしょう。男は先妻への未練を断ち切ります。



女房が幽霊になって出られなかった理由とは


やがて……男は後妻との夫婦仲もむつまじくなり、男の子が生まれ……三年目。男は先妻の三回忌の墓参りに、後妻と子どもを連れて出かけます。
その夜……。ひょいと寝床で目を覚ました男は、死んだ女房のことをふと思います。あのまま達者でこんな子どもができていたら、どんなに喜んだことだろう。思えばかわいそうなことをした……と亡き妻を哀れんだところへ、八つ(午前二時)の鐘がゴォーン。
枕元の行灯(あんどん)が暗くなり、生ぐさいような風がすーっと吹き込み、障子へ髪の毛がサラサラサラサラと当たるような音。そうして、長い黒髪を乱した先妻の幽霊が、さもうらめしそうに枕元に現れたのです。
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)……何だって今時分出てきたんだ……引っ込んどくれ!……南無阿弥陀仏……」
先妻は先妻で「わたしが死んでまだ百か日経たないうちに、こんなに美しい後妻をおもちになって、赤さんまでもこしらえて、仲よくお暮しなさるとは……」と、どちらも「約束がちがう」と言い張るのです。
婚礼の晩、幽霊になって出てくる先妻を、どれほど待ち焦がれたか……と、男は言います。
「あたしゃ蝙蝠(こうもり)じゃあないが、昼間寝ちゃあ夜起きて待っていたんだ」
先妻は亭主が後妻をもったことも子どもができたことも知っていました。幽霊になって出てきたかったのは山々でも、出てこられなかった理由が……。「だって、あなた、わたしが死んだ時に、わたしを坊主になさったでしょう?」。要は、坊主頭で出たら、それこそ愛想を尽かされると思って髪が伸びるのを待っていたと言うのです。
── 当時は、親族が故人の頭にひと剃刀(かみそり)ずつ当てて、剃髪してから納棺する風習がありました。亭主への会いたさを我慢して、髪が伸びるまで三年間辛抱した。これも考えてみれば、いじらしい女心といえますね。
さて、このお盆、あなたには幽霊でもいいから会ってみたい人はいますか?


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