スザンヌ・ヴェガが紡ぐインテレクチュアルな音と言葉。繊細な響きと軽快なリズムに身体を委ねるヒートアイランドの宵

Billboard JAPAN

2018/8/11 15:00



「ハイ、今朝6時に東京に着いたのよ」――ステージに上がるとそう言って軽く挨拶し、何の気負いも衒いもなくギターを弾き始める。まるで繁華街の道端や地下鉄のコンコースで演奏するストリート・ミュージシャンのようにナチュラルな佇まい。しかし、弦が透明な音を発し始めると、会場の空気は一変していった。

コンセプチュアルな作品をコンスタントにリリースし、1980年代からニューヨークのメンタリティを歌い続けているシンガー・ソングライター=スザンヌ・ヴェガが、2012年1月以来となる『ビルボードライブ東京』でステージを披露してくれた。
 ヨーロッパ、中東、オセアニア、そして北アフリカを巡るハードなツアー。朝方にニュージーランドから到着した彼女は、それでも疲れを見せない。そこにニューヨーカーのタフさを感じ取ったりも。

前回のギグがギタリストのゲリー・レオナルドとの2人だったのに対し、今回はベーシストであるマイケル・ヴィセグリアとのデュオ編成。可能な限りデコレイションを削ぎ落したサウンドに、瑞々しい旋律とリリックを乗せていく。シンプルな構造だからこそ、シビアに問われるアーティストとしてのセンス。彼女は常にストイックなスタイルに挑戦している。自らに課題を背負わせ、果敢に挑み続けるその姿勢は、都市生活者のモダニズムとも共振する。今宵のライブも、彼女の存在感が鮮やかに浮かび上がってくる、爽やかな躍動感と深い内省や思索を感じさせるパフォーマンスになった。スタンドマイクを通して聴こえてくる生々しく、ときには艶めかしさも感じさせる息づかい。まるで首筋に浮き上がった汗のように湿度の高い感情の起伏が、ステージを見つめる人たちに伝わってくる。

また、その一方でモノトーンなマンハッタンの朝を感じさせるアコースティック・サウンドと淡く響き合う彼女の歌。囁くような声が描くのは都市の日常にあるごく普通の人間模様。それをピュアでありながらも、醒めた視線で見つめるスザンヌ・ヴェガ。曲によってそれはモノローグ調であったり、文学的であったり、現代詩風であったりする。共通しているのは、リアリズム溢れる冷徹な眼差し。根底に流れるヒューマニズムを薄っすらと滲ませながらも、目の前の事象に対して一定の距離を置き、意識的にニュートラルであろうとする。

だからだろう。ステージにも過剰な演出やドラマティックな仕掛けは一切なく、奏でる音と言葉の隙間からこぼれ落ちてくるエモーションの欠片を自然に差し出してくる。

レナード・コーエンが描く世界観に心酔する彼女らしい理知的なスタンス。だが、そこには匂い立つような色気や深い官能が隠されていることを、多くのファンは知っている。だからこそ、詰めかけた人たちは彼女の一挙手一投足に集中し、固唾を飲んで見つめる。その一方で、時折スザンヌが発するユーモラスな仕種に笑みをこぼし、くつろいだムードが広がる瞬間も。緊張感と親密感が交互に重ねられていくようなステージ展開は、オーガニックな表現を大切にしている彼女だからこそと言っても差し支えないだろう。

中盤には新しい“相棒”であるマイケルのベースが豊かなテクニックでリズムとメロディを同時に弾き出し、ギターを置いたスザンヌはその伴奏に合わせてステップを踏みながら、ビートの利いたナンバーや新しい曲を矢継ぎ早に繰り出してくる。

マイケルとの息もピッタリ重なり合い、ギターを抱えたときは楽器同士が親密に絡み合っていく。それはまるで相手を皮膚感覚で理解しているカップルの会話にも似ていて。本音で語り合っているような大胆な音は、一方ではガラス細工のようにデリケートで、信頼し合っているからこそ発することができる生身の言葉のよう。スピード感溢れる都市で生きるために必要な強さと繊細さが伝わってきた。

社会を見つめるシャープな視点と文学的な創造力――その2つが絶妙のバランスで並存している彼女には、同時に深い洞察力とユーモラスな感性が同居している。だから本質を見極めながらも重苦しくならず、軽快な楽曲にまとめ上げるができるのだろう。そのセンスこそがスザンヌ・ヴェガの個性であり、唯一無二の存在感に繋がっている。インテリジェンスに裏打ちされたステージ上での飄々とした振る舞いも、だからこそ魅力的なのだ。

誰もが聴きたいと思っている「Luka」や、マンハッタンに実在するレストランでの朝の光景を淡々と紡ぐ「Tom’s Diner」といった名刺代わりのナンバーはもちろん、大幅にアレンジされた代表曲の合間に、地味ながらも彼女の心の波が綴られている楽曲も挟まれ、59歳になった自然体のスザンヌ・ヴェガが表出されていく。キャリアを重ねても、瑞々しさは決して失わない。今宵、マンハッタンを闊歩する彼女の凛とした姿がステージの上にあった。

スザンヌの研ぎ澄まされたセンスを体感できるステージは、12日に大阪でも予定されている。キャリアを重ね、ますます思慮深い表現を獲得しつつある彼女のライブを堪能できる貴重な機会。シンプルだからこそ本質を捉えた演奏や歌に正対すれば、暑さで萎えたインテリジェンスを刺激できるはず。バテ気味な知性や感性を目覚めさせるためにも、ぜひ!

◎公演情報
【スザンヌ・ヴェガ】
<ビルボードライブ東京>
2018年8月10日(金)※終了
開場 17:30/開演 19:00
開場 20:45/開演 21:30

<ビルボードライブ大阪>
2018年8月12日(日)
開場 15:30/開演 16:30
開場 18:30/開演 19:30

詳細:http://www.billboard-live.com/

Photo: Yuma Totsuka
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。台風一過で熾烈な暑さが再来。気が付けば「立秋」も過ぎたけど、残暑はまだまだ。こんな時期は夏バテ気味の身体に優しいワインが欲しくなるところ。そこで、ぜひ試して欲しいのが(南極に近い)世界最南端のワイナリーがあるニュージーランドのセントラル・オタゴや、ブルゴーニュに似た気候のワイララパで造られるピノ・ノワール種の赤ワイン。チャーミングなアロマとエレガントな味わいが疲れた心も身体も癒してくれる。ヴィネガー・ドレッシングを振ったサラダや赤い肉のマリネなどと共に楽しんでみて。

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