「ザ・カセットテープ・ミュージック」の二人によるダウンタウン・ブルーハーツ論

ザテレビジョン

2018/8/10 19:52

「ザ・カセットテープ・ミュージック」(毎週金曜夜2:00-2:30、BS12 トゥエルビ)の8月放送テーマは「夏」。マキタスポーツとスージー鈴木が、1980年代サマーソングの名曲を語り合う。

8月3日は「スージーの夏~1989 夏の名曲クリアランス」と題して、UNICORN、岡村靖幸、ザ・ブルーハーツらの名曲を取り上げた。そして8月10日(金)放送は「マキタの夏~山梨グラフィティ~」。マキタ少年が山梨で多大な影響を受けた楽曲を語り尽くす。

この「夏」の回収録後、マキタスポーツとスージー鈴木に行ったミニ・インタビューは、番組に登場する音楽の思い出から始まり、興味深いテーマへと話が広がった。世代論、文化論まで展開した2人のトークをここに紹介する。

――「春」に続く「夏」の歌の特集でしたが、いかがでしたか?

スージー:ちょっと湿っぽかったですかね。屋根裏感がありましたね(笑)。

――「サマー・オブ・ラブ1989」は、UNICORN、岡村靖幸、フリッパーズ・ギターというセレクトでした。

スージー:驚くのは、今でもこの3組が、ソロになっていたりもしますが、ミュージシャンとして第一線で活躍しているということですよね。それと、(奥田民生、岡村靖幸、小山田圭吾、小沢健二を指して)みんな頭文字が「お」であるということですね(笑)。

マキタ:すごいよね。この偶然の一致感というか。スージーさんにとっては、同じくらいの年かっこうの中で、影響を受けたり、ある種の嫉妬とかジェラシーとかも含むわけでしょ。その意識の仕方が、ビンビン伝わってきましたね。スージーさんって独特でしょ。メジャー感もあるけどマイナー感も持ってる。都会性と田舎性とかも。そういうものを体内に持ってるって思うと面白かった。

スージー:大阪人として東京に来た時に、いろんなものがね。

マキタ:あったでしょうね。

スージー:並行的なものがあったんでしょうね。A面とB面みたいな。岡村靖幸、奥田民生、小沢健二、当時マイナーでしたからね。すごいリスペクトされる存在ではなく。奥田民生になりたいボーイはそんなに多くはなかったですよ。岡村靖幸になりたいボーイなんて、ほとんどいませんでした(笑)。

マキタ:男の音楽ファンってさ、奥田民生ファンを公言するのってちょっとためらわれたよね。UNICORNファン=女の子って感じだったから。

スージー:男性のロックファンがUNICORNを聴き出すのは、『ケダモノの嵐』以降だと思いますよ。『服部』ではまだ様子見。

マキタ:僕がそうだった。

■ おしゃれなムーブメント

スージー:フリッパーズ・ギターについては、何が起きているのかよく分からなかった。

マキタ:俺も全然分からなかった。

スージー:人気に火が付くのは翌年(1990年)のアルバム『CAMERA TALK(カメラ・トーク)』、「恋とマシンガン」。ドラマ「予備校ブギ」(1990年、TBS系)の主題歌ですね。

マキタ:おしゃれなムーブメントが起こっているのはなんとなく分かった。スチャダラパーとか含めて。当時僕の中で重要だったものが「冗談画報」という番組(注:1985年からフジテレビで放送。新進気鋭のお笑い芸人やミュージシャンを出演させていた)。

スージー:泉麻人司会ですね。

マキタ:あの辺のテリトリーですよね、雑誌「宝島」の文化とか。そこで新しい演劇とか新しい音楽を知る。だけど、そこに入っていくことにドギマギした自分がいて。地方出身のコンプレックスもあって、フリッパーズは特に高級な気がして、気後れした。スチャダラパーの冗談っぽい感じだと分かるんですよ。まだ理解しようと思えるんですけど。ホント、フリッパーズはハイソ過ぎてね。

スージー:煙幕をまいて、これがオシャレなんだ、これが最先端なんだと、田舎者を寄せ付けない感じが逆に魅力と言いましょうか。僕なんか中途半端な位置にいたんで、これは聴いておいた方が得かな?という思いもありましたけど。

――フリッパーズ・ギター解散は衝撃的でしたよね。

スージー:僕ね、行きましたよ。最後のコンサート。渋谷だったかな? 『ヘッド博士の世界塔』は、悪い料理食べちゃったのかな?と複雑な印象でした。けど好きでしたよ。「ドルフィン・ソング」とか。

――サマーソング、2人のセレクトどちらにもザ・ブルーハーツが出てきました。

スージー:隠しても隠しても、自分の血中マーシー(真島昌利)濃度が高い。もうその辺は奥さず隠さず出していいんじゃないかと。

マキタ:スージーさんという人は、言うなれば“インテリ”ですよ。マーシーもヒロト(甲本ヒロト)もそうなんですよ。

スージー:インテリですよねえ。中原中也のデザインされたTシャツを着ていたり。

マキタ:マーシーって翻訳機が無かったら、中原中也とか、文芸度が高そうな、友部正人とか、知りようがなかったもの。武蔵野文化とかね。マーシーがいてくれなかったらたどり着けてない。

スージー:これは『夏のぬけがら』の話をせざるを得ませんね(笑)。

■ この番組が持っている匂い

マキタ:知的な感じで結ぶと、フリッパーズ、いとうせいこうさん、タモリさんとか、みんな通じる。そのカルチャー感は、この番組「ザ・カセットテープ・ミュージック」が持っている匂いだとも思いますね。こういう匂いをさせている番組が、地上波においては今皆無ですから。僕なんかも多感な時期にはそういうことをすごく意識したものです。

スージー:ブルーハーツもいとうせいこうも、これみよがしに知性を押し出したわけじゃないですけど、知性が透けて見える、あぶり出してみると見えてくる。そういうのは、今のJポップでは皆無でしょう。

マキタ:全然話の角度を変えると、ダウンタウンの登場で革命が起こったと思うんです。タモリさんやたけしさんが好きだったのは、例えばキェルケゴールなんかを持ち出すわけです。なんだそれ?と思って一生懸命調べるわけ。その上で笑っといたほうがいいのかな?と考える。たけしさんもドップラー効果とか学校で教わった言葉を笑いに練りこんだり、弁証法なんて言葉を使ったりね。それを調べた上で、僕らは「知ってる知ってる」って振りをしてた。

――今の40代、50代はその傾向は強いかもしれないですね。

マキタ:そういうのがあったじゃないですか。ところがダウンタウンというのは、尼崎の地を這う中、フィールドワークで得た知性じゃないですか。あの人たちは、アカデミックな言葉は持ち合わせてないから使わなかったし、関西方面の人たちの合理性では、インテリな言葉を使うことがダサくて都会的じゃない。臭みを出したらおしまいってところがある。ニュータイプの笑いなんですよね。クイズのネタを見た時、ひっくり返って笑ったもの。

スージー:「花子さんがお風呂屋さんに行きました、さてどうでしょう?」。問題が分かりにくい(笑)。

マキタ:すげえ頭の悪い会話だけど、ホントひっくり返るほどの衝撃があって。たけしさんとかだとインテリな言葉遣いでネタにするんですよ。そっちの方でずらしの笑いにしてた。たけしさんとかタモリさんと比べると、平ったい言葉を使いながら、すごいなって思った。

また話がずれるけれど、たけしさんはスポーツ選手に対するリスペクトがすごくあった。名を成している人へのリスペクトですね。でもダウンタウンはそれを見せなかった。若貴全盛期に「あのブーちゃんたち」とか言ってしまう感覚とか、びっくりしましたね。価値観が書き換わった感じがした。

スージー:世代的にいえばビートたけしさんは昭和22年ですから団塊世代で、吉田拓郎とか井上陽水とかと同じ。ダウンタウンは昭和30年代後半ですから、もっと後のブルーハーツとか。団塊の世代に対するアンチみたい存在じゃないですかね。

ブルーハーツというのは、ラジオで初めて聴いた時に何のフォロワーかが見えなかった。ただ知的っていうか、ロック=バカみたいな、「お前が大好きアイラブユー」とか、そういうものではないのは分かりましたね。すごく知的な部分を刺激される感じがしましたね。

■ 相通じる書き換わった知性

マキタ:佐野元春さんが好きだと、ビート・ジェネレーション系の人、ウィリアム・バロウズとか、ジャック・ケルアックとか、佐野さんは当たり前のように語る。「知らないよ」って思いながらそれに頑張って食らいついていこうとしたんですよ。あの世代の人にはそういう臭みがあるんですよね。

さらにさかのぼるとジャズとかクラシックは教養であったと思うんです。その下の世代はロックが教養で。ジャズやクラシックが教養だった人たちは、ロック、パンクロックをバカにするところがあった。ヒロトさんとかは、ラモーンズのようなパンクロックがカッコイイんだという知性ですよね。それを僕らは「おぉ!」と思ったんです。

スージー:たけし、タモリはモダンジャズ。ビートたけしさんも1970年代に新宿のジャズ喫茶で働いてますよね。ダウンタウンがヒロトのことが好きで、「ダウンタウンのごっつええ感じ」(1991~1997年フジテレビ)でザ・ハイロウズを使うとか、ダウンタウンとブルーハーツ、ハイロウズは響き合うものがあったんでしょうね。

マキタ:相通じる書き換わった知性という感じがしますね。ブルーハーツにピュアな自分を肯定された感じとか、ダウンタウンに通じたものを感じます。

スージー:清水ミチコさんがインタビューで語っていたんですが、「夢で逢えたら」(1988~1991年、フジテレビ)を東京で撮っていた時、大阪での人気に比べて東京ではすぐには爆発しなくて、打ちひしがれてた新幹線の中で松本人志はブルーハーツを爆音で聴いていたらしい。ホント好きなんでしょうね。あれはいい話でしたね。

マキタ:習うべきモデルとか、教養のいろはの「い」にジャズとかクラシックがない世代が出てきた。より大衆文化とかも分厚くだんだん歴史が重なるに連れ、ハイカルチャーなものじゃなくて、みんなが遊べる道具としてのロックとか、アニメーションや漫画にしても旧世代の人たちがガラクタ扱いしていたもの、卒業していくべきものとしていたものたちが、どんどん渦高く積まれて、アーカイブとなっていった。それを我々の下の世代は当たり前のものとして栄養分にしてる。

そこには翻訳してくれる人がいたんですよね。それがダウンタウンであり、ブルーハーツであった気がしますね。スージーさんの世代は、書き換えの中に当事者感を持っていたんじゃないかと思うんですよ。

スージー:なんだか深い、イイ話になってきましたね。

マキタ:スージーさんのいとうせいこうさんとの関わりとか、好奇心の領域が似ている人間だから近くにいるんじゃないですかね。2010年代以降に、我々が極北の地でこういうことを発信できていること、シンパシーを持っている人たちがいてくれることを、うれしく思いますね。

スージー:インテリジェンスで音楽を作っている人もいないし、語る人もいないんで、我々老体にムチ打って「やんなきゃ」という使命感が多少ありますね。

「ザ・カセットテープ・ミュージック」、8月10日(金)放送の「マキタの夏~山梨グラフィティ~」でも、マキタスポーツの青春回顧談の一方で、文化論的トークをたっぷりと展開。特にキャロルの下りは、注目です。(ザテレビジョン)

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