偶然から始まった世界の同人誌即売会で本を売る日々……旅するマンガ家・魔公子の語る旅と人生

日刊サイゾー

2018/8/10 01:30


 限られた人生の時間を旅の中で過ごす。それは、いつの時代であっても多くの人の憧れ。でも、それを実践できる人は幸せだ。

たいていの人は、躊躇する。

仕事をどうする、家をどうする。さまざまなしがらみや不安が、旅の空を遠ざける。でも、ひとたび旅立つことができれば、心配なんてひとつもなくなる。

そんな旅に生きる暮らしをしている人に出会った。

その人の職業は、マンガ家だ。

魔公子さん。商業誌でも、いくつもの作品を描いているが、今は主に同人誌で活動している。最近は『艦隊これくしょん-艦これ-』が大好きで、ゲームをプレイしながら、机に向かって原稿を描いている。

でも、それは毎日ではない。一般的にマンガ家といえば、毎日家に籠もって机に向かい、原稿を描くのが主なスケジュール。それが、一般的なイメージ。でも、魔公子さんは違う。

日々の活動や、自作の宣伝に使っているTwitterを覗くと、一目瞭然。いつもどこかを旅している。それも、国内ばかりか国外まで。

例えば、今年のゴールデンウィークは、こんな感じだ。

4月30日。東京で開催された同人に即売会「Comic1」に参加した翌日は、飛行機で北海道へ。レンタカーで少し旅行を楽しんだ後、5月3日に札幌で開かれた「絶対海域札幌」に参加。閉会後、小樽からフェリーに乗って新潟に移動し、翌日の「新潟合同祭」へ。また、少し旅を楽しみながら、自宅へ帰還。

ゴールデンウィーク後は、しばらく家で原稿を描いた後、5月19日からは上海へ。帰ってきたかと思えば、今度は台湾の高雄へ飛んで「砲雷撃戦よーい in 台湾高雄」。6月3日は、東京ビッグサイトで「軍令部酒保軍令第6号」に参加。6月16日には、スペインはマドリードで開催される「Madrid Otaku 2017」。そして、7月2日からは、フランスはパリの「ジャパンエキスポ」へ。

国内から、アジアどころかヨーロッパへと、頒布する同人誌を携えての旅路は、休むことを知らない。時々、地方で開催される同人誌即売会などに観光がてら参加する同人サークルはある。台湾でも日本から参加するサークルは、ずいぶんと多い。

でも、ここまで取り憑かれたように旅するマンガ家は、ほかにない。

魔公子さんが旅するマンガ家になったのは、ちょっとした偶然からだ。同人誌を始めた90年代。年に数回は、地方の即売会に参加することはあった。その頃は、だいたいが大阪。その後、車を購入してからは、少し参加する範囲が広がったけれども、それでも西は大阪、東は仙台までだった。

そんな作家生活がガラリと変わったのは2008年。この年、世界を覆ったのはリーマンショック。不況の波は、同人誌の世界にも押し寄せた。即売会に出展しても、それまでが信じられないくらいに本は売れない。金銭的な苦しさもあるが、情熱をこめてつくった本を誰も読んでくれないことには、悲しさと不安が募っていた。

そんな時のことだった。友人が教えてくれたのは「台湾の同人誌即売会が盛り上がっている」という情報だった。台湾最大の同人誌即売会であるファンシーフロンティア。今では、日本からも大勢の人が参加しているが、当時はまだほとんど情報がなかったのだ。

いつもの同人誌即売会とは違う読者にも出会えるんじゃないか。くさくさしていてもしようがない。すぐに参加することを決めて、申し込んだ。でも、台湾は未知の世界。

「酒の席の話のネタにでもなればいいかなと思っていたんです。それまで海外旅行というのは、家族で三国志ツアーで中国に出かけたことがあるだけ。その時は、1回限りのつもりだったから、パスポートも5年用にしてたんです」

漢字文化圏だから、どうにかなるとは思えども、右も左もわからない国。誰か一緒に行ってくれる人を探していると、友人が名乗りをあげた。

「俺は、台湾にいったことがあるから、任せてくれよ」そういわれて大船に乗ったつもりで、飛び立った。

そこから、何かに導かれたとしか思えない、魔公子さんを旅へと誘うマジックが始まった。

「無事に桃園空港についたは、いいけど。その友人が、どうやったら街へ行くことができるかわからないというのです……」

随分と自信があったはずなのに、どういうことだろうか。恐る恐る「前はどうだったのか」と尋ねてみた。予想しなかった返事が返ってきた。「うん、10年前に会社の社員旅行でツアーできたんだ」。

唖然としてもいられない。片言の英語で、なんとかバスがあることがわかり、台北市内の宿にたどり着くことができた。

たいていの人は「酷い目にあった」と、心が折れてしまうかもしれない。でも、魔公子さんは違った。「うわ、マジか」と、降って湧いたトラブルには驚くけれども、ひとたびことが済めば、それもすべて笑い話。

「台湾の人は、とても親切で……困っていたら近寄ってきてくれて、道を教えてくれるから、なんとかなりましたよ」

せっかく来たのだから、土産話をめいいっぱいリュックの中に詰め込んで帰ろう。なんでも、一つ残らず見てやろう。マンガ家という職業ゆえなのか。あるいは、持って生まれた資質なのか。古きよき、バックパッカー的な感性が、魔公子さんの中には最初からあった。

その心が、また新たな出会いを呼んだ。

今では日本から参加するサークルが100を超えるファンシーフロンティア。でも、当時はまだ10に満たない。珍しがられながら頒布をしていると、一人の男がやってきた。

中国語話者特有の、少し訛りはあるけど、聞き取りやすい上手な日本語。男は、香港からやってきたサークルだという。しばし、楽しく交流していると、ニコニコしながら、誘いを受けた。

「香港でも同人誌即売会はあるんだ、来ないか? 案内してやるよ」

「いいね、行くよ!」

即決であった。

しばらく後、初めての香港への旅は、なんのトラブルもなく終わった。

「すると今度は日本にいた時、友人の紹介で知り合った韓国人が、韓国の即売会にもおいでよというんです」

ちょうど日韓関係が微妙な空気の時期。少しばかりは不安があった。でも、行ってみると誰もが親切だった。マンガやアニメを通した友人は、政治のごたごたとは無関係に広がっていく。そんなことを経験から知って、さらに探究心も強まった。中国本土の即売会にも参加するようになり、いよいよ旅をしては同人誌を頒布して、日本に戻って原稿を描く──そんな生活スタイルが、できあがっていった。

参加する地域は、自然に広がっていった。驚いたのは、ハルピンの即売会に招待されたことである。

それも、やっぱり偶然だ。中国本土の即売会に参加するようになり、告知のためにWeiboを始めた。すると見知らぬアカウントから「日本人か? 中国にも来るのか?」と、尋ねられた。上海の同人誌即売会には参加しているというと、今度はこんな誘いが来た。

「俺はハルピンで主催してるんだ、招待するから来てよ」

「そうか、行くよ」

やっぱり躊躇することなく、参加を決めた。

でも、いざ空港についてから驚いた。

荷物を受け取り到着ゲートを出ると、即売会のスタッフが総出で迎えに来てくれていた。

「自分のために、現地の日本語学校の生徒2人を通訳につけてくれたんです。それだけでもありがたいのに、ホテルに入ったら2人は“隣の部屋に詰めていますから、何かあったらいつでも呼んでください”というのです。単なるサークル参加なのに……」

それは日本の感覚で見れば、とても奇妙な催しだった。出店が並び、同人誌だけでなく着物も売られていたりする縁日のような同人誌即売会。自分の本の売れ行きよりも、そこに参加できていることだけでうれしかった。

そんな魔公子さんでも、ヨーロッパの即売会は少しハードルが高かった。アジア諸国に比べると、航空券も高価で遠い。何より、日本語なんて通じないのは容易に想像できる。英語も話せないから、二の足を踏んでしまう。

そんなハードルを越えて、フランスのジャパンエキスポに初めて参加したのは2013年のことだった。

「友人が参加するというので、一度限りのつもりで旅行を兼ねて出展したんです……」

ところが、またまた新たな出会いがやってくる。本を手に取ってくれたスペインから来たという男と、なぜか話が弾んだ。

「うちでも、イベントをやってるんだ。来年の公式ポスターを描いてよ」

「お、描く描く!」

「よし、じゃあ来年は招待するぜ」

やっぱりなんの迷いもなく、話はまとまった。

「自分は、ドラクエ世代で古いお城は大好きだし『大航海時代』も大好きなゲーム。それにアニメの『ソラノヲト』も。まさか、毎年行けるようになるとは……」

スペインの友人たちは毎年、魔公子さんを歓迎してくれる。『ソラノヲト』の聖地であるクエンカをはじめ、スペイン人ですら知らないようなところまで、案内をしてくれる。

「毎年、観光に連れて行ってもらっているが、日本人がメチャクチャ珍しがられるようなところにばかりです。アラルコンなんて、連れて行ってくれといったら、それはどこ? といわれるような村でした」

そうして味わった感動を、魔公子さんは、同人誌にして頒布している。もっと、多くの人々が海外の同人誌即売会に参加することを願って。

次から次へと、旅を続ければ、当然だけどトラブルも起きる。例えば、先に記したハルピンの即売会は、スペインから帰国した直後の日程だった。

「一日休んでから出発する予定だったんですけど、時差の関係を間違えていて……。午前3時に自宅について、また朝の6時に出発することになってしまいました。おまけに経由地のドバイは気温が40度だったのに、ハルピンは0度……」

ドイツで、切符を買えないまま列車に乗って「中で買えばいいか」と思っていたら、車掌に無人駅で降ろされる。ヨーロッパでは宗教上気を付けなければいけない事などが、日本と全然違う。

スペインでは、突然「今から、トークショーをするから日本の同人誌即売会のことを話してくれよ、英語で」と、無茶振りされる。そうかと思えば「テレビ局の見学だよ」とついていったら、同じくいきなり「日本文化コンベンションの公式イラストレーターです」と、地上波のテレビ番組にゲスト出演することに。中国にいったら、急速に電子マネーが普及していて、現金を出してグッズを買おうとしたら断られる……。

あらゆる出来事を、魔公子さんはすべて糧にして、笑い話に変えていく。そんなことができるのも、自然に旅というのが、どんなものなのか、わかっているから。旅路で好むのは、いつも、なにげない小さな町。

「誰もいっていない観光地でないところにいくのが好きです。それも、下調べしないで、現地の人に聞いたほうが、感動が大きいですね」

毎年通っているスペイン。まだ、言葉は勉強中だけど、ぶらぶらと歩いて、バルに入り赤ワインとハムを楽しむのには、慣れた。

「やっぱり同人誌を抱えて、海外に行くのは度胸がいるでしょう。誰でも、最初の一歩が、こういうのは踏み出せないもの……」

「でも」と、言葉を区切ってから、魔公子さんは続ける。

「一度行ってしまえば……誰でも、ずんずんいってしまうんじゃないでしょうか」

旅路は続く、いつまでも。

風景も習慣も常識も、ひとつとて同じではない世界に触れることは、必ず人生を豊かにしてくれるはずだ。

取材を終えて、とてつもなく旅立ちたくなった。

(取材・文=昼間たかし)

魔公子さんTwitter
https://twitter.com/makoushi

pixiv
https://www.pixiv.net/member.php?id=284757

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