徹子、津川さんは「最も尊敬し大好きな俳優」“戦友”宮本信子も「ショック」

 津川雅彦さんの突然の死に、芸能界は悲しみに包まれた。ドラマで数多く共演した黒柳徹子(84)は「私の最も尊敬し、大好きだった俳優さんでした」と追悼した。

 「あの妓ちゃん」「のれん太平記」など、ドラマで最も多く共演したのが津川さんで、恋人や秘書などあらゆる役を演じた。「母さん」と慕った女優沢村貞子さんが津川さんの叔母だったため、2人は「兄妹のような感じだった」という。

 最後に会ったのは今年6月7日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」の収録。津川さんは4月に他界した妻・朝丘雪路さんの思い出を振り返り、亡き妻に「この不良と結婚してご苦労をおかけしました。45年間もごめんなさいね」と言葉を送った。黒柳は「彼女だったら“いいのよ、そんなこと”って言うと思うけど」とやさしく返し、津川さんを思いやる姿が印象的だった。

 年を重ねながら、さまざまな役柄をこなした名優との突然の別れ。黒柳は「その歳(とし)その歳でいい俳優でした。でもこれからが、一番おもしろい津川雅彦さんを見られるはずだったのに!」と悔やんだ。

 夫の故伊丹十三監督の作品で何度もコンビを組んだ戦友でもある、女優の宮本信子(73)も「ショックです」と率直な心境を明かした。「マルサの女」では国税局査察部の上司と部下、「スーパーの女」では幼なじみの男女コンビ。「名コンビだったと思います」と胸を張り、「監督の厳しい注文をクリアすると、2人で手を取り合い、“やったぁ~”とハグして喜びました」と懐かしそうに振り返った。

 津川さんの体調が回復すれば、食事をして思い出話に花を咲かせるはずだった。「マサヒコちゃん、あちらの世界で監督と一緒に待っていて下さい。私もいつか参ります。又、共演するのを楽しみにしています」と天国での再会を約束した。

 ▼三田佳子(映画「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」などで共演) 1歳違いの津川さんとは、同じ映画の世界で育ち、同じ時代の流れの中を生きてきました。仕事も数多くご一緒しましたが、特に渡辺淳一さん原作の映画「別れぬ理由」(87年)では、夫婦の役でたっぷり共演しましたね。最近、体調を崩されていることは知っていましたが、仕事に入ると全てを乗り越え邁進(まいしん)される方でしたので、きっとまた良いお仕事を見せてくださると信じていました。ほんとうに寂しく、残念でなりません。

 ▼石原まき子さん(「狂った果実」で共演) ご病気になられて気にかけておりました。大変残念です。お悔やみ申し上げます。

 ▼西田敏行NHK大河「葵 徳川三代」などで共演) 津川雅彦さんとは実にたくさんの作品でご一緒させていただきました。そして作品ごとに違う津川雅彦さんを目の当たりにして、津川雅彦という俳優の底知れぬパワーに驚愕(きょうがく)しました。そして本当に大人でした。巨星落つ。先輩ありがとうございました。

 ▼ジェームス三木さん(脚本家) 親友でしたからね、大事な友達を失ったという思いです。1985年のNHK連続テレビ小説「澪つくし」に出てもらい、一気に仲良くなった。僕が監督した映画「善人の条件」でも主役をお願いした。仕事以外でも京都の五山送り火を見に行ったり、銀座で飲んだり…。何でも自分の頭で考えるのが素晴らしくてね、真面目な遊び人でした。自由奔放さが演技にも表れていて、とても魅力的でした。

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