村上春樹の頻出ワード「やれやれ」はスヌーピーの影響? ハルキスト聖地の店主による『村上春樹語辞典』

Excite Bit コネタ

2018/8/8 10:00



ハルキストが集う聖地、荻窪のブックカフェ「6次元」のナカムラクニオさん&道前宏子さんが、500以上のワードで村上ワールドを読み解く『村上春樹語辞典』(誠文堂新光社)を刊行した。もはや代名詞となっているマジックワード(!?)「やれやれ」はもちろんのこと、「キズキ」や「直子」といった登場人物、「サンドウィッチ」や「スパゲティー」といった作中の印象的なフードまでをも網羅し、驚くほど濃密な村上愛が詰まった一冊に仕上がっている。

8月には村上春樹本人がDJをつとめるラジオ番組が放送されたり、10月には村上さん原作の映画『ハナレイ・ベイ』(『東京奇譚集』に収録の短編)が公開されたり、2018年は何かとトピックスが多く、秋に向け、さらに静かに盛り上がりそうな気配だ。
現在、ナカムラクニオさんは、さまざまなメディアで村上春樹の語り部としても活躍。テレビのディレクターとしてNHK Eテレの「世界が読む村上春樹 ~境界を越える文学~」の演出を手がけたり、「Exploring Murakami's world」というWEBマガジンで連載したりと、海外への情報発信も積極的に行っている。

ちなみに、村上さんご本人は「ハルキスト」というワードについて、「村上主義者」にしてはどうかと提案されているそうだ。理由は「戦前の共産党員みたいでかっこいいから」、らしい)。と、そんなわけでナカムラさんに、本書の楽しみ方や制作秘話などお話をうかがってみた。

村上さんは小学校時代の文集からすでに才能を発揮していた


――本書は膨大な挿絵もすべてご自分で描かれているんですよね。とても洒落た絵で、村上さんの世界観にぴったりマッチしていました。どういう経緯でつくられた本なんでしょう?

いつかは出そうと思っていた企画だったのですが、なにしろ作品が膨大なため、実際につくるとなると10年はかかると思っていました。そんな折に誠文堂新光社の編集者にたまたま構想を話したところ、すぐに企画が通り、3、4カ月、書き続けて完成しました。
すべての絵を描くのがとても大変でしたね。物語を「絵」で表現するのがとても難しく、毎日12時間くらい、作業していました。ネタバレにもならないよう、さりげなくワンシーンを描くといった工夫をしています。


あと、資料を買い集めるのも大変でした。10年以上かけて国内外の本屋さんで探したもので、さまざまな国の翻訳本や関連本、関連雑誌など1000冊以上あります。これだけ世界中をかけずり回って全資料を集めている村上ファンは、さすがにいないのでは? と思います(笑)。

――海外で出版されている春樹本の装丁を集めたページなどは圧巻でしたね! ほかにも、村上さんが西宮市立香櫨園小学校の卒業文集『ひこばえ』にて12歳で書いた「青いぶどう」という序文や、奥様の村上陽子さんが手がけたギリシア紀行『風のなりゆき』まで紹介されていてビックリでした。いますぐ文学館がオープンできそう……。村上さん本人も、ひょっとしたら所蔵されていないものがありそうですね。

「6次元」は村上さんが愛したジャズ喫茶文化を体験できる空間


――そもそも、ナカムラさんご自身はいつ頃から村上春樹ファンだったんでしょう? そしていまや、ハルキストの聖地となっている荻窪の「6次元」はどのように生まれたのでしょう?

高校生1年生の時に読んだのが最初です。1980年代後半は春樹ブームだったので、授業中にみんな読んでいました。短編集『カンガルー日和』が1番好きです。「6次元」は僕がテレビ番組の制作会社を辞めた10年前(2008年)にオープンした店。もともとは「梵天」という伝説的なジャズバーだったんです。村上さんが作家としてデビューする以前、国分寺に「ピーターキャット」をオープンさせたのと同じ1974年頃にできたお店で、その跡地をオリジナルのまま使用しているため、村上ファンが自然に集まってきて、読書会などするようになりました。「当時の中央線ジャズ文化の名残がある店」は現在ではとても少ないので、貴重な空間だと思っています。




「やれやれ」はスヌーピーのつぶやきに影響されて生まれた!?


――「ピーターキャット」については、本書でもたくさんふれられていましたね! 看板に村上さんが大好きな『不思議の国のアリス』に登場するチェシャ猫の絵が描かれていたとか、ロールキャベツが名物だったとか、ファンにはたまらないエピソードがあれこれ紹介されていて楽しませていただきました。ちなみに、これは絶対に入れたかった、というワードはありますか?

やはり、村上作品の主人公がほっとしたり、がっかりしたりする時につぶやく「やれやれ」ですね。みんなが知っているワードだけに、コラムで長めに論じました。スヌーピーの「やれやれ」と対比させることで、うまくまとめられたと思ってます。一方、入りきらなかったネタもたくさんあります。「アジアのハルキスト」徹底取材とか、「世界の春樹ファン」の現状とか、「村上春樹グッズ」とか……。

――「やれやれ」が実はチャールズ・M・シュルツの漫画『ピーナッツ』に由来するのではないか?という分析はとても興味深かったです。主人公のスヌーピーが、ため息をつくときに言う「Good grief」が、谷川俊太郎さんの日本語版では「やれやれ」と訳されていたとは……。さらに、「やれやれ」と同じくらい村上春樹的なワードというのが、「悪くない」だというのもなるほど、と深く頷いてしまいました。

巻末の「おさんぽマップ」を参考に物語の舞台へ旅に出よう
――ゆかりの地などもたくさん紹介されていて、「羊をめぐる冒険」の十二滝町の舞台となったのでは?といわれている、北海道の美深町など行ってみたくなりました。巻末には東京、神戸、北海道の「おさんぽマップ」付きで至れり尽くせりですね。

調査で現地に足を運んでみると、村上さんが実際に来ていたことがわかったこともあり、新発見だらけです。実際に行くのが新しい読み解き方かも、と思います。
村上作品は難解だと感じる人も多いので、本書は気軽に読んでもらえたらうれしいです。『海辺のカフカ』の「入口の石」みたいな存在として、導いていけたらいいですね。また、いずれこの本の外国版が翻訳されて世界の皆さんにも読んでもらえたら、と思ってます。

小説を書くワークショップも
――7月末から「6次元」で「村上春樹図書館BAR」をオープンされてるんですよね。本書に掲載された挿絵の原画展示のほか、貴重な資料を実際に手にとって閲覧できるとか……楽しみ方など教えていただけたらと思います。

初心者の方から、研究している方まで、ぜひ気軽に遊びに来てほしいです。全集に未収録の幻の作品から海外版まで、これだけの資料をまとめて閲覧できる機会はまずないと思うので。
昨夜も、大阪から来た人がいましたが、村上文学に詳しい人ほど「まだ、知らない作品がこんなにあったんだ!」と驚くと思います。小説を書くワークショップも定期的に開催していますので、文学の裾野が広がってくれたらうれしいです。




とそんなわけで、私自身も長年ファンであったことから手にとってみた『村上春樹語辞典』。実はこれまで、友人などから村上春樹ってどこがいいの?と聞かれたときにうまく言語化できない部分があったのだが、本書を読んで、少しだけその深淵に近づけたような気がしている。なかでも、「村上春樹=大人のファンタジー」だと分析する、アントナン・ベシュレル教授(フランス・ストラスブール大学)のインタビューは必読だ。大人となったいまだからこそ楽しめる村上文学。皆さんもこの夏、読書感想文のない課題図書として挑戦してみてはいかが。
(野崎 泉)

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