かまいたちのパンクのアティテュードを1stアルバム『いたちごっこ』に見出す

OKMusic

2018/8/8 18:00

今、“かまいたち”と言ったら、ゲームの敵キャラとか、昨年のキングオブコント王者とかを連想する人がほとんどだろうが、当コラムは邦楽紹介なのだから、当然バンドの話だ。かまいたちは活動期間こそ短かったものの、それゆえに強烈なインパクトを与えたバンドであり、その出で立ちからもサウンドからも現在のビジュアル系の始祖と言える存在である。2度目の解散から1年。彼らのインディーズデビュー作『いたちごっこ』を聴いてみよう。

■解散ライヴ『THE END』から1年

2015年10月、CRAZY DANGER NANCY KENchan (Dr)(以下、KENchan)の活動30周年記念イベント『KENZI 30th Anniversary Project 元祖ビジュアル系かまいたちKENZI伝説』にて一夜限り、24年振りに復活。その後、2016年10月に『VISUAL JAPAN SUMMIT 2016』に出演して以降、2017年1月に新宿LOFT、4月に京都MUSEでワンマンを行なうものの、同年8月5日の赤坂BLITZ(現在のマイナビBLITZ赤坂)での最終公演『THE END』で解散した。そんなかまいたちは1985年に活動を始めて1990年にメジャーデビュー。しかし、そこから1年と少しで解散と、前世紀においてもその活動は騒々しい感じではあったが、復活後も短期間でシーンを駆け抜けた様子は、まさしく彼らのポリシーである“はちゃめちゃ狂”の名に相応しかったように思う。他のバンドのようなスムーズでスマートな復活→解散は、むしろかまいたちっぽくない。やりたいことをやりたい時にやりたいようにやってこそ、かまいたちだと思う。

かまいたちは日本の音楽シーンを揺るがしたパンクバンドのひとつだった。そう言うと、1990年代後半からのメロコア、2000年代前半からの青春パンクからパンクを知ったリスナーにとっては意外に感じるかもしれないし、1970年代後半のUKパンク直撃世代にとっても、かまいたちをパンクと呼ぶには抵抗がある人がいるかもしれない。確かにそのルックや、メッセージ性の希薄さからすると、彼らは類型的なパンクバンドに見えない人も少なくないだろうけれども、サウンドもさることながら、そのアティテュードは実にパンクだったと思う。本稿作成のためにあれこれ検索していて、こんな名言を見つけた。
「パンクは自由なスタイルで音楽を作ること」(Iggy Pop)。
「パンクは反骨精神のことだ」(Ramones・Joey Ramone)。
「パンクとは、特定の格好や音楽ではなく、心の枠組み、自由であること」(Patti Smith)。
「パンクとは自分自身に忠実であることだ。ファッションじゃない」(Sex Pistols・Johnny Rotten)。
先達の言葉が、かまいたちがパンクであることを保証している。

■そのDIY精神に見るパンクっぽさ

そもそもこのバンド、友達同士が毎日遊んでいる中で、「やることがなくなったので次はバンドでもやろうか」となったのが結成のきっかけだという。中心人物はKENchanとクレクレMOGWAI(Ba)(以下、MOGWAI)。1985年10月のことだ。メンバーは全員とも少し楽器が弾ける程度で、チューニングすら適当だったというが、既存のバンドをコピーするよりも「オリジナルのほうが楽」との理由で曲作りを始め、同年同月には最初のデモテープ『四面楚歌』を制作・発売。翌月には1stライヴを行なったという。この辺りの動きの素早さとDIY精神がまずパンクっぽかったように思う。

当時のビジュアルもすごかった。MOGWAIはネグリジェ、KENchanはパンストにブリーフ1枚、当時のヴォーカリストはKKK団のようなマスクを被り、ギタリストはバレリーナの恰好という画像が今もネット上に残っている。全員が縦縞の野球のユニフォーム姿や、連獅子のかつらを被ったKENchanの画像もあった。完全にぶっ飛んでいたと言っていい。初期に比べたら、メジャーデビュー期の全員、長髪の赤い髪を立てた姿はまだかわいいというか、シンプルで分かりやすいと感じるほどだ。

そんなビジュアルに加えて、メガホンを鳴らしたり、客席へダイブしたり、物を投げたり投げられたりで、ライヴハウスからは大分ひんしゅくを買ったばかりか、出入禁止となった会場も多かったと聞く。KENchanは当時の活動を「どうやったらカルチャーショックが与えられるか、そればかり考えて行動していた」と振り返っているそうで、この辺りは彼がザ・スターリンの遠藤ミチロウから多大な影響を受けていることにも関係していたのだろう。Sex Pistolsの数々のスキャンダルが話題性を狙ったマネージャーのMalcolm McLarenによって仕組まれたものであったことに近い気もするし、かまいたちにパンクの血脈を感じるところでもある。

■初回プレス分が予約のみで完売

結成時から文字通り“はちゃめちゃ狂”だった、かまいたち。それゆえに前述の通り、ライヴハウスに出演できなくなった上にメンバーチェンジが相次いだりして、活動には難儀したようだが、1987年11月にSCEANA-417(Vo)(以下、SCEANA)が加わった頃からライヴでの動員も安定し、全国ツアーも展開。1989年4月に、やったるぜェ~KAZZYサスケ(Gu)(以下、KAZZY)加入直後の同年5月に発表された歴史的なオムニバス盤『EMERGENCY EXPRESS』に「KILL YOUR SELF」が収録されたことも手伝って、インディーズシーンで確固たる人気を獲得していく。そこで満を持して発表されたのが1stアルバム『いたちごっこ』である。本作は初回プレス分の5,000枚が予約のみで完売して、店頭に並ぶことのない幻のCDとなったといい(当然インディーズチャート1位を獲得)、リリース後のワンマンツアーは全会場でソールドアウトさせたというから、この時期、一気にインディーズシーンに頂点に登り詰めたと言える。

“かまいたち=パンク”と書いたが、このアルバム『いたちごっこ』のサウンドがもう完全にパンクだ。どれが…というのではなく、全部がパンクである。M10「続・自殺~KILL YOURSELF」は以前聴いた時、ややメタル寄りである気もしていたが、アルバムを通して聴くとやはりパンクのそれだし、シンガロングに適した感じにもその印象がある。背後に鳴る拡声器のサイレン音はザ・スターリンのオマージュであろう。また、M4「Boys, be Ambitious」やM6「天邪鬼」にはLAUGHIN' NOSEの匂いを感じざるを得ないし、全体的にはThe Toy Dollsの色が濃い。ていうか、M8「TOY DOLL(S)」という楽曲タイトルからそれは聴かずとも明白だが、何憚ることなく、こういうことをやる辺りはむしろ清々しいと思う。M8「TOY DOLL(S)」のようなポップな1フレーズをリフレインするのは、少なくとも今で言うJ-POPではあまりない手法で洋楽的と言ってよく、いい意味でThe Toy Dollsの精神を抽出、注入していると言っていいかもしれない。

■聴き手を楽しませるためのアイディア

正直言って演奏には拙い部分も散見できるし、収録曲の楽曲構造について語るべきところは多くない作品であるが、とはいえ何もしなかったら極めて単調になったと思われるところをアイディアで補っている点に、これまた前述したDIY精神=パンクらしさを感じる部分でもある。M1「みにくいあひるのこ」のイントロ前に配置された童謡や子供向け映画の音楽のようなパート。M3「神経衰弱」の間奏で聴かせるハンドクラップ。M5「自由の女神」で聴ける「グーチョキパーでなにつくろう」や、M8「TOY DOLL(S)」での「おもちゃのチャチャチャ」と「クラリネットをこわしちゃった」もそうだろう。あるいは、時折聴かせるSCEANAのデスヴォイスもそうかもしれないし、M5「自由の女神」終わりの《そろそろB面だよ》の台詞、M10「続・自殺~KILL YOURSELF」のイントロ前のアンコールの声もそうかもしれない。音楽をよく知る玄人ではないながらも…いや、玄人ではないからこそ、聴き手を楽しませるために作り手があれこれとやっている様子が伝わってくる。好感が持てるところではある。

“演奏が拙い”とは言ったが、まったく聴きべきものがないかと言ったら、決してそんなことはない。総じてギターはいい。とてもメロディアスで、M2「獄楽Ready to Rock」、M3「神経衰弱」、M4「Boys, be Ambitious」、M9「妖怪ROCK!」辺りのソロパートは流麗だと思う。それに呼応したのか、M9「妖怪ROCK!」の後半で聴くことができるユニゾンのベースもいいし、そう思うと、M7「I've No Power」でのベースラインも悪くない。また、収録曲の中では比較的マイナー調のM6「天邪鬼」やM10「続・自殺~KILL YOURSELF」は、さすがに音圧の低さが残念な感じではあるものの、楽曲全体としては昨今のラウドロックにも通じる印象もある。これが現代へと通じる礎になったとは言わないが、『いたちごっこ』で示した方向性は間違いでなかったというか、単に“はちゃめちゃ”なだけのバンドではなかったことも分かると思う。

前世紀でのかまいたち解散後、SCEANAとKAZZYとで幻覚アレルギーというバンドを結成したのだが、その取材した時、KAZZYがThe Beatles好きで、とりわけ『Revolver』が好きだという話を聞いた。たらればは禁物であるが、そんな彼の指向性からすると、あの時、かまいたちが音楽性を突き止めていく可能性もなかった気もするし、仮にそうなっていたなら、その後のシーンは今とは少し変わったものになっていたことだろう。まぁ、栓無き想像ではあるが──。

『いたちごっこ』リリースの翌年、1990年9月にメジャー1stアルバム『はちゃめちゃ狂』をリリース。この作品はチャートベスト10入りを果たし、ホールツアーを実現させるに至るも、1991年6月の2nd『JEKYLL to HYDE~masturbation~』発表後に突然の解散宣言。かまいたちは本当にバタバタとシーンを駆け抜けた。そのあっけなさはSex Pistolsにも通じるものがあった気はするし、その意味でもパンクっぽいバンドだったと言える。もともと「やることがなくなったのでバンドでもやろう」という立ち上がりだっただけに、メジャーというフィールドは彼らの遊び場に相応しくなかったのかもしれない。今となっては2ndアルバムのサブタイトル“masturbation”が示唆的な気もする。

解散後は幻覚アレルギーの他、KENchanがTHE DEAD P☆P STARS、MOGWAIも自らのバンドを立ち上げた。そして、20数年の時を経て、冒頭で述べた復活劇に至る。1980年代後半のライヴハウスシーンを盛り上げたバンドである、かまいたちはそのルックもアティテュードものちのビジュアル系に影響を与えたバンドであることは間違いない。解散した今も語り継ぐ意義のある存在ではあろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『いたちごっこ』

1989年発表作品

\n<収録曲>
1. みにくいあひるのこ
2. 獄楽Ready to Rock
3. 神経衰弱
4. Boys, be Ambitious
5. 自由の女神
6. 天邪鬼
7. I've No Power
8. TOY DOLL(S)
9. 妖怪ROCK!
10. 続・自殺~KILL YOURSELF

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