【柳沢慎吾のひとり甲子園“再現動画”】震災に負けない「絆」のドラマ

 この連載も最終回。甲子園でお別れといえば、選手たちがグラウンドの土を靴袋に入れて帰るけど、最初に持ち帰ったのは「打撃の神様」こと熊本工(熊本県)の川上哲治さんという説があるね。

 1937年夏の決勝。中京商(現中京大中京)に敗れた際「後輩たちの活躍を願い、甲子園と熊本を土で結びたい」と靴下に入れて持ち帰り、母校のグラウンドにまいたんだって。その思いが通じたのか、熊工の甲子園出場は春21回、夏20回で九州最多。準優勝3回で深紅の優勝旗はまだだけど、プロ野球選手を60人以上輩出。松山商と並ぶ“最強の公立校”だよね。

 熊工の応援曲は「サンライズ」が有名。80年代初頭のブラスロックバンド「スペクトラム」の同名曲が原曲で、プロレスラーのスタン・ハンセンが入場曲として使用したものが多くの高校で使われている。でも熊工のは原曲とはかなり違うので「新サンライズ」と呼ばれてるんだよね。

 熊本地震から2年。今年は熊工を破った東海大熊本星翔が35年ぶりに出場するけど、全国的にも東海大系列唯一の出場校。いろんな意味で注目だね。

 震災といえば、東日本大震災翌年の2012年のセンバツで被災地・宮城県の石巻工に神村学園(鹿児島県、※文末の動画<1>参照)が勝った試合が忘れられない。最後に両校選手が整列した時、神村学園の選手全員が帽子とグラブをグラウンドに置き、石巻工の選手に両手で握手をしたんだ。感動したね。その後も両校の交流は続いている。甲子園が結ぶ絆はさまざまあるんだよね。

 東北と九州といえば応援史的に忘れちゃいけないのが、2013年夏にともにNHK「あまちゃん」のテーマを使い準決勝で激突した延岡学園(宮崎県)と花巻東(岩手県)の“あまちゃん対決”=※文末の動画<2>参照。宮崎勢は今年出場する日南学園も「あまちゃん」を使っていた。今年は演奏するのかな。

 最後は沖縄。甲子園の土には悲劇もある。1958年の夏、沖縄勢初出場の首里が1回戦で敗れ、記念に土を持って帰ったが、米国の統治下だったため検疫で船上から海へ捨てられたんだ。この話には続きがあって、ふびんに思った日航の客室乗務員が、検疫法で問題のない甲子園の石を後日贈ったんだ。これも甲子園が生んだ絆だね。

 沖縄勢の応援といえば「ハイサイおじさん」(※文末の動画<3>参照)。今年出場の興南は7年前の夏の甲子園で、遊郭を遊び歩く酒飲みオジさんをからかう原曲の歌詞が問題視され、演奏を自粛したことがある。でも準決勝で沖縄勢の応援を長年務めてきた市尼崎の吹奏楽部が演奏を決行。あのメロディーが流れてきた瞬間、大変な盛り上がりだった。今年も聴きたいね。記念大会の甲子園。どんなドラマが待ってるかな。いい夢みろよ!アバヨ!=終わり=

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