フジ『ザ・ノンフィクション』“人殺しの息子”がテレビカメラの前で語った、両親への複雑な思い

日刊サイゾー

2018/8/8 00:00


 2002年に発覚した「北九州連続監禁殺人事件」は、犯罪史上まれに見る凄惨な事件として記憶している人も多いだろう。主犯である松永太によるマインドコントロールの下、内縁の妻・緒方純子の家族が監禁され、家族同士での殺し合いを強制される。さらに、その遺体も生き残った家族の手によって解体され、海へと捨てられた……。その後、松永は死刑、純子は無期懲役が確定。事件発覚直後には連日、多くのマスメディアをにぎわせたが、だんだんと風化の一途をたどっている。

しかし、この事件を塀の外で一生背負っていかなければならない人間がいる。25歳になった、松永と純子の長男は現在、北九州でひっそりと生活している。『人殺しの息子と呼ばれて』(KADOKAWA)は、彼に対するインタビューをもとに、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)のチーフプロデューサーであり、インタビューの聞き手を務めた張江泰之氏が上梓した一冊だ。

いったい、犯罪史上に名を残す冷酷な殺人犯の息子は、この25年間をどのように暮らしてきたのだろうか?

本書で「彼」と呼ばれる息子と張江氏との交流は、同事件をテーマにした番組を張江氏が制作したことから始まる。この番組の放送直後、攻撃的な口調の男から「なぜフジテレビは、あんな放送をしたんですか? 納得がいきません」という抗議の電話が張江氏のもとに寄せられた。その電話口の向こうにいたのが、彼だったのだ。

毎日のように長時間にわたってかかってくるその抗議の声に耳を傾け、次第に信頼を獲得していった張江氏は、彼のインタビュー番組を企画。北九州市内のホテルで行われた10時間にわたる“音声加工なし”のインタビューで、彼はその生い立ちを語った。

この事件では、松永によって虐待を受け続けた被害者たちが、徐々に正常な判断を失い、一家での殺し合いに手を染めていった。松永による虐待は息子である彼にも及び、事あるごとに大人でも気を失うほどの電気ショックを受け、母親からは刃物を突き立てられたこともあった。満足な食べ物も与えられず、出生届が出されていなかった彼は学校に行くこともできずに、ほとんど家に閉じ込められた生活を送った。当時の状況を、彼は「人間として扱われていなかった」と、振り返る。

当時、まだ5~6歳ながらも、犯行現場となったアパートに出入りしていた彼の脳裏には、その記憶が刻まれていた。

「お風呂場が記憶にあるんです。誰を入れていたかは覚えていないんですけど、風呂場に誰かいて、ずっと放置していたんだと思うんですよ」

「ペットボトルに漏斗を差して、鍋からとか、おたまで掬ったものを流していくんですけど、ものすごく臭いんですよ。なんとも言えん、こう……」

松永は、遺体を解体して鍋で煮込み、ミキサーにかけて液状化してペットボトルに詰めて、中身を海に捨てるよう指示していた。何が起こっているかわからなかったとはいえ、幼い彼は死体遺棄の手伝いをしていたのだ。そんなおぼろげな記憶は、今でも彼に罪悪感を与え続けている。

そして02年、事件が発覚し、両親が逮捕された後も、当然ながら彼の人生は続いていく。

児童相談所や児童養護施設に入れられた彼は、9歳にして初めて小学校に通い始めるも、学校のルールにしても勉強にしても、彼が生きてきた世界とはあまりにもかけ離れたものだった。次第に孤立感を深め、暴力事件を引き起こすようになる。「周りが全員、敵に見えた」という彼は、中学時代に不良となった。高校は定時制に通ったものの、当時引き取られていた里親の元から家出して住所不定となると、学校から退学処分が下された。

成長した彼は、何度も両親の面会に訪れている。しかし、その心には、いまだ複雑な思いが渦巻いているという。

「自分の母親と父親であるという実感もないです。言うことは、それっぽいことを言うんですよ。母親として何もしてあげれんでごめんね、とか。父親からの言葉やと思って受け取ってくれ、とか。いやいや、お前たち、どの口が言いよるんって。今までさんざんなことをしてきとって、いまさら親ヅラするなよって」

父親の死刑が確定したときには、「ちょっと安心しましたね。これで出てこれないんやと」と、安堵の気持ちを感じたという。しかし、その一方で、こんな言葉も口にしている。

「親父に関しては……、憎んでますね。九十五パーセントぐらいは憎んでます。残りの五パーセントというか、本当の少し、本当の少しだけ感謝しています。いなかったら生まれてきてないんで」

その成育環境から、世間の「普通」とはかけ離れた青春時代を過ごしてきた彼は、成人し、結婚。現在は妻とともに穏やかな生活を送っている。では、なぜそんな環境を手にしながらも、テレビカメラの前に立つことを決意したのだろうか?

「こういうふうに俺が発言しているのをテレビで見たりして、何を偉そうに、何をいまさら、なんでお前が……っていう人たちも、たくさんいると思うんですけど。そうではなく純粋に興味を持ってくれる人、考え方が変わってくれる人、何かのきっかけになる人っていうのもいる気がするんですよね(中略)俺にしか伝えられないことを俺なりのやり方で知ってもらうかなと」

「恵まれない環境でも、両親が犯罪者でも、自分が犯罪者だったとしても……、俺は犯罪してないですけど、生きてます、生きていけます」

両親から受けたトラウマにより、光を浴びることが苦手でいまだ夜に電気をつけることはできず、風呂に沈められたこともあるので、水を飲むこともできない。何よりも、自分の性格の中にある「父親に似た部分」を恐れながら毎日を送っている。しかし、そんな日々を送りながらも、過去を乗り越えて「幸せだ」と語る彼の姿は胸を打つものがある。彼のインタビューをもとにしたドキュメンタリー番組は、日曜昼間の放送にもかかわらず、10%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)もの高視聴率を記録。これを受け、後日、2時間にわたる特番としてゴールデンタイムに全国放送されると、「涙が出た」「強さを感じた」と、多くの視聴者の心を動かしたのだ。

両親が引き起こした凄惨な事件に翻弄されながらも、それに向き合い続けてきた25歳の青年。その生い立ちを恨むことなく、彼は、力強く生き続けている。

(文=萩原雄太[かもめマシーン])

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