「スターリンの葬送狂騒曲」ソ連上層部に仁義なき跡目争い勃発、困った

エキレビ!

2018/8/6 09:45

ヨシフ・スターリンといえば、30年にわたってソ連のトップに君臨し続けた人類史上に残る独裁者の一人である。しかしスターリンとて人間、死ぬときは死ぬ。1953年3月5日、彼はいつものようにソ連の最高指導者層と乱痴気騒ぎを繰り広げた後、脳卒中で倒れ、昏睡状態となった。


誰がトップに座るのか? おっさんだらけの壮絶跡目争い開始!
『スターリンの葬送狂騒曲』で描かれるのは、スターリン亡き後に誰がソ連のトップになるかという、バカバカしくも壮絶な跡目争いの様子である。なんせスターリンは特に遺言など残さずに死んだので、後継者が誰になるかが決まっていないのだ。跡目争いの主なプレーヤーはスターリンの側近なのに絶望的に空気が読めないマレンコフ、中央委員会第一書記という要職にありながらいまいち存在感のないフルシチョフ、秘密警察NKVDの指揮官であり狡猾かつ残忍なベリヤの3人。さらに妻を逮捕され失意の日々を送っていた外相モロトフ、スターリンの息子でありながらアル中のワシーリー、そして軍を率いる最強の武闘派ジューコフ将軍も加わり、誰がソ連トップの椅子に座るかをめぐる地獄の椅子取りゲームが始まる。

この映画、まず冒頭が抜群にうまい。ラジオ局でクラシック音楽の生放送が行われているところに、スターリンから電話がかかってくるのである。17分後に掛け直すよう言われたディレクターは「どの時点から数えて17分だ!?」と半ばパニックになり、意を決して電話をかけ直すと、スターリン本人から「今の演奏が気に入ったから録音をよこせ」と言われる。生演奏だから当然録音なんか残っていない。真っ青になったディレクターは「もう一回演奏してくれ!」とオーケストラに頼み込み、ぶっ倒れてしまった指揮者の代わりに寝間着姿の老指揮者を引っ張ってきてヤケクソ気味に再演奏を録音するのである。

なぜディレクターがこれほどまでに慌てなくてはいけないのか。そうしないと死ぬからである。『スターリンの葬送狂騒曲』では、1953年のソ連というのはどのような国だったのか、しつこいくらいに描写される。夜中にいきなりドアがノックされ、開けると秘密警察NKVDの捜査員が立っている。いわれのない容疑でいきなりスパイに認定され、NKVD本部の地下室では拷問と銃殺がひっきりなしに行われる。NKVDのめちゃくちゃぶりは映画の中では半ばギャグのように扱われているが、だいたい全部実話なので笑うに笑えない。

そんなNKVDを率いるのが、稀代の極悪人として有名なラヴレンチー・ベリヤである。1953年には相当暑苦しいルックスになっていたベリヤを演じるのは、サイモン・ラッセル・ビール。スターリンが倒れた瞬間にいち早く行動を開始し、マレンコフを抱き込み、政敵を「お前も粛清しちまうぞ!」と脅すベリヤの外道ぶりに、映画は終始引っ掻き回される。何と言っても秘密警察の長官なので、他のライバルたちも「もし奴がトップに立ったら……」ということを考えると下手な行動に打って出ることはできない。そのスキをついてスターリンの子供達を懐柔し、必死の大暴れを見せるベリヤ。これがフィクションならゲラゲラ笑っていればいいけど、割と実話である。困ったことに。

跡目争いに参加する、他の有力者たちもキャラが立っている。スティーヴ・ブシェミ演じるフルシチョフはどうにも覇気がなく、終始オドオドしていて頼りない。「なんでこのしょぼい人がスターリン後に書記長になれたの……?」というのは、本作をひっぱる重要な謎である。また、存在感で言えばものすごいのがジューコフ将軍だ。独ソ戦を戦い抜いた筋金入りの軍人で実物もかなり強そうなのだが、この映画では戦闘能力が3倍くらいになっている。スターリンの息子(口が減らないアル中)をボディブロー一発で黙らせる武闘派ぶりに見てるこっちはもうメロメロ。そりゃドイツにも勝てるはずである。

今でも、「スターリンの死」は偏在する(かもしれない)!
と、このように1953年のソ連上層部にいた異常な人たちが、空気の読み合いとドタバタを繰り返しながらバトルを繰り広げる『スターリンの葬送狂騒曲』だが、全編英語で撮影されている。当然ながら役者も全員非ロシア人。特に「実際の本人に顔が似ている」という理由でキャスティングされているわけでもないので、最初のうちは違和感がすごい。

だいたい、原作が『La Mort de Staline』というフランスのグラフィックノベルである。元々ロシア発のコンテンツではないどころか、紆余曲折を経てこの映画自体がロシアでは上映禁止となっている。フランス人の描いた原作をイギリス人が監督した映画ということで、実際本作のギャグは相当どぎつい。まあ、例えば終戦直後の日本上層部のドタバタを、ギャグ混じりにフランス人とイギリス人に映画にされたら、そりゃ怒る人もいるだろうな……という感じで、上映禁止したくなる気持ちもある程度納得はできる。

しかし、前述のように『スターリンの葬送狂騒曲』はロシア語ではなく英語の映画であり、役者も実際のソ連上層部の人間にそれほど似ていない。これによって、本作は一種の普遍性を偶然獲得している。「スターリンの死をめぐるドタバタ」という一個の事例を扱った映画なのに、顔も言語も実際と異なるものを当てはめることによって、戯画性が高くなっているのだ。

だから例えば、この映画と同じような状況に「自分の勤めている会社のトップを当てはめて想像する」というようなことがより容易になっている。固有の状況を扱った映画という側面が薄くなっているからだ。似てない役者が英語で史実の人物を演じることにより、この映画は知らない時代の知らない人の知らないドタバタではなくなった。「スターリンの死」は世界のあちこちに偏在するのである。

なんとも薄ら寒い話である。おれたちだって、こんな事態に巻き込まれない保証はない。ひょっとしたらもう巻き込まれているかもしれない。ベリヤの立ち回りやジューコフ将軍のパンチをゲラゲラ笑って見ていただけなのに、気づけばなんだかゾッとしてしまった。
(しげる)

【作品データ】
「スターリンの葬送狂騒曲」公式サイト
監督 アーマンド・イアヌッチ
出演 スティーヴ・ブシェミ サイモン・ラッセル・ビール ジェフリー・タンバー ジェイソン・アイザックス アンドレア・ライズブロー ほか
8月3日より上映中

STORY
1953年、突如脳卒中で死亡したソ連の独裁者スターリン。その死によって巻き起こるソ連上層部の後継者争いを、辛辣なユーモアを交えて描く

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