松浦亜弥「完成されたアイドル」はソロアイドル歌手を終わらせた 平成アイドル水滸伝 第4回 松浦亜弥と椎名林檎の巻~歌姫と平成女性アイドル【前編】

EXweb

2018/8/6 17:00


平成アイドル水滸伝~宮沢りえから欅坂46まで~
第4回 松浦亜弥と椎名林檎の巻~歌姫と平成女性アイドル【前編】

女性アイドル歌手、そして歌姫


「アイドル=歌手」ではなくなったのが平成である。ここまで何度かそう書いてきた。

ただ、アイドルとは断言できないにしても、平成にもアイドルと言ってもよさそうな歌手、アイドル的な面を持つ歌手は少なからずいる。アイドルとアーティストの境界線は意外に曖昧だ。見方を変えれば、その曖昧さこそが平成的とも言えるかもしれない。そしてそんな女性歌手の多くは「歌姫」と呼ばれてきた。

そこには、「ソロアイドル歌手受難の時代」の話も絡んでくる。昭和の女性アイドル歌手の基本は松田聖子や「花の82年組」を思い出すまでもなくソロであった。それが平成に入り、いつの頃からかグループアイドル歌手が圧倒的主流になった。そのあいだになにがあったのか? だがその一方でいまふれた歌姫たちがいる。そのことはどう考えればよいのか?

というわけで今回は、女性アイドル歌手、そして歌姫の平成を振り返ってみたい。メインで登場してもらうのは、松浦亜弥、そして椎名林檎の二人である。

パーフェクトな松浦亜弥が抱えた矛盾


「あやや」こと松浦亜弥の登場は、衝撃的だった。デビューは2001年、1986年生まれの松浦が中学3年生のときである。

なぜ衝撃的だったのか? それは、最初からすべてにおいてパーフェクトだったからだ。これほど非の打ち所のないアイドル歌手は果たしてほかにいるだろうか? 少なくともそう感じさせるものが彼女にはあった。

こんなデビュー前のエピソードがある。

モーニング娘。の所属するハロープロジェクトのオーディションを受けることになった中学生の松浦亜弥。そこで彼女はなにか一曲歌わなければならなかった。とりあえず地元のカラオケに行き、浜崎あゆみの『Faraway』を何とはなしに歌ったらいきなり100点が出た。その後何曲か歌い、最後にもう一回だけ同じ『Faraway』を歌ってみた。するとまた100点。松浦亜弥は「これはもしかしたらイケるかもしれない」とそれをオーディションで歌い、見事合格した。

「努力」の二文字とはおよそ無縁なこうした話を聞くと、彼女のことを大げさではなく“生まれながらのアイドル”と呼びたくなってしまう。

嘘だと思うなら、どの曲でもいいからPVを見てみるといい。とりわけ彼女のデビュー後のいくつかの曲のPVは、完璧な歌やダンス、こちらが自然に笑みを浮かべてしまうような表情の豊かさ、コミカルさも切なさも自在な表現力が相まって、いま見てもまったく色あせない。

たとえば、代表曲のひとつ『桃色片想い』のPVは、ストーリー仕立てになっている。桃の缶詰工場で働く松浦亜弥。だが売れ行きは芳しくない。そこで自らCMに出て宣伝すると注文が殺到、工場は一転大忙しにという流れだ。そのなかで最後はピンクの衣装姿の松浦亜弥、工場のなかで働く松浦亜弥、そして仕事の後シャワーで汗を流す松浦亜弥が楽しげに歌う顔のアップが次々と切り替わり、こちらまで桃色一色の世界に誘い込まれる。

『トロピカ~ル恋して~る』のPVではさらに松浦亜弥が増殖する。トロピカルムード満点のカラフルな空間のなかでテニスの試合が行われている。そこで自ら歌うシーン以外の登場人物も全員松浦亜弥だ。対戦する2人の選手、審判、ボール拾い、アナウンサー、そしてテレビを見る女の子の1人6役。ここでも歌やダンスだけでなく、卓抜な表現力から生み出される表情やしぐさに時を忘れさせられる。

そこは「松浦亜弥」しか存在しない世界だ。どこまでいっても松浦亜弥だけ。だからそこには多幸感とともに、一種の強烈な非現実感がある。目の前で動いているのが生身の松浦亜弥であるとは重々わかっていながら、CGかレプリカントでもあるかのような錯覚に陥る。

おそらくそんな印象は、多くのファンが抱くものだっただろう。そんな彼女を「アイドルサイボーグ」と呼ぶ声もあった。昨今は渡辺麻友のようにアイドルらしさを完璧に演じるアイドルを「プロ」と称賛したりするが、松浦亜弥は「演じている」など微塵も疑わせなかった点でさらにその上をいっていた。

それは早熟というのとも違っている。早熟というのは他のアイドル歌手と比べて成長が早いというだけで、基本は未完成な存在だからである。それに比べ松浦亜弥は、最初からパーフェクトなアイドル歌手としてしか存在していない。そこには「成長」という概念自体がないのだ。

ある意味それは、恐ろしいことでもある。そんな松浦亜弥の存在は、それまで私たちが知っていたアイドルの定義を根本から崩しかねないものだったからだ。早熟であれどうであれ、アイドルの定義は「成長する存在」だということだ。最初は未熟であっても、努力や経験によってそこから脱し成長する。そのプロセスに私たちは声援を送る。それが「昭和」から続いてきたアイドルと私たちのかけがえのない関係だった。

ところが松浦亜弥は、ファンにとって見果てぬ夢のはずだったアイドル歌手の完成形をデビューでいきなり見せつけてくれた。その姿は私たちをたちまち惹きつけた。だが同時に私たちからアイドルが成長する姿を見守り、成長した姿を見て感慨に浸る快楽を奪った。女性アイドル歌手の完成形にして最大の矛盾。それが「あやや」だったのである。

そうなれば、当然アイドル歌手の歴史は止まってしまう。単なる偶然かどうかはわからないが、松浦亜弥以降、彼女に匹敵するほど活躍する「女性ソロアイドル歌手」はまだ現れていない。

ケータイ時代のアイドル


 ところで、松浦亜弥が歌う曲で平成らしさを感じさせるのは、つんくが綴る歌詞のなかのメールの登場頻度の高さだ。デビュー曲のタイトルからして『どっきどきLOVEメール』とそのものずばりである。

その『どっきどきLOVEメール』では、「携帯メール打つのも慣れた」上京したての下北沢住みの女の子が彼にメールをしようとドキドキしたり、彼から来たメールを何度も見て幸せになったりする。また『YEAH!めっちゃホリディ』の歌詞にも、「i@yume../(アイユメドットドットスラッシュ)」とメアドをもじった印象的な決めフレーズがある。

失恋した女の子の揺れる気持ちをしっとりと歌った『LOVE涙色』でも、メールは重要なアイテムになっている。昔の彼からいまの彼女と別れたというメールを受け取った主人公の女の子は、彼への断ち切れぬ思いから複雑な感情に駆られて涙してしまうが、それでも最後は「メールは返さない」と決心する。

松浦亜弥のデビューした2001年は、携帯電話が急速に普及するただ中にあった。ちょうどこの年に「写メール」がヒットし、現在私たちが当たり前に楽しんでいるサービスも出揃い始める。これより少し前の広末涼子のポケベルに対し、松浦亜弥はケータイの時代に登場したアイドルだった。

ケータイの普及がもたらした世の中の変化のひとつは、人間関係の横のつながりが強まったことだろう。ケータイは友人であれ恋人であれ、同年代の人間同士のコミュニケーション密度を飛躍的に高めた。1990年代後半のギャルたちは渋谷などのストリートにわざわざ出かけて仲間と一緒にまったり過ごしたが、2001年の少女たちは直接顔を合わせなくてもどこからでもメールや写真で気軽にコミュニケーションをとれるようになった。

要するに、その頃の私たちは人間関係がどんどんフラットになっていく時代の入り口に立っていた。人間関係のフラット化とどんな人でも平等に笑顔にするアイドルとは、基本的に相性が良い。アイドルの理想を具現した松浦亜弥のこのタイミングでの登場は、時代が求めた必然だったのかもしれない。

2001年の『NHK紅白歌合戦』。初出場を果たした松浦亜弥は、トップバッターで『LOVE涙色』を歌った。21世紀は松浦亜弥とともに始まったのである。

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