『夕凪の街 桜の国』が描く被爆の恐ろしさ! 作者こうの史代が直面した、広島・長崎以外の人は原爆を知らないという現実

リテラ

2018/8/6 15:30


 73回目の広島「原爆の日」を迎えた本日8月6日夜、『この世界の片隅に』(双葉社)でおなじみのこうの史代による広島の原爆をテーマにした漫画『夕凪の街 桜の国』(双葉社)をドラマ化した『夕凪の街 桜の国2018』(NHK)が放送される。NHK広島放送局開局90年ドラマとして製作されるこの作品には、常盤貴子、川栄李奈、平祐奈らの出演が予定されている。

7月27日に行われた『夕凪の街 桜の国2018』の試写会で常盤貴子は「広島放送局だからこそ描けるドラマ。私はびっくりする描写もありましたが、そういうところを濁せば濁していくほど忘れられやすくもなってしまうと思うんです。でも例えば子供が見て衝撃を受けたら、その衝撃は絶対残っていく。その衝撃は重要なこと」(2018年7月27日付「コミックナタリー」より)と、いまこのドラマが放送される意義を語った。

常盤貴子といえば2015年にこんなこともあった。大岡昇平による戦争文学の傑作を塚本晋也監督が映画化した『野火』について、「今よくぞ撮って下さったという、戦争の追体験をできるような素晴らしい映画だったので、皆さんぜひご覧になって下さい」(2015年8月22日付「映画.com」より)と宣伝したのだ。ちなみに、常盤貴子は『野火』に出演しておらず、前記の発言は自身が主演を務めた映画『向日葵の丘 1983年・夏』の公開初日舞台挨拶でのこと。つまり、自分とはまったく関係ない映画の宣伝を、まったく関係ない映画の舞台挨拶でしたことになる。それでも『野火』について語らずにはいられないほど、『野火』は彼女の心に痛烈な印象を残したということなのだろう。

昨年原爆資料館から、被爆者の記憶をもとにつくられた被爆再現人形が撤去されたことが「怖いからという理由で撤去するのではないか」と議論を呼んだが、原爆投下から70年以上が経ち多くの被爆者も亡くなってゆくなか被爆の恐ろしさをいかに伝えていくかどんどん難しくなっている。常盤が語るように、戦争を濁すことなく描くことは、それによる衝撃も含めて重要な意味をもつだろう。

『夕凪の街 桜の国』は、「夕凪の街」および「桜の国」第一部と第二部からなる物語。それぞれ、1955年、1987年、2004年の時代を描いており、それぞれの時代で、戦後も続く被爆者の病苦や、被爆二世への差別などを物語にしている。

『夕凪の街 桜の国』は2003年から2004年にかけて雑誌掲載され、この作品での反響や反省を経たうえで、2007年から『この世界の片隅に』の連載が始まっている。『夕凪の街 桜の国』は『この世界の片隅に』へ直接つながっていくという意味でも重要な作品である。

『夕凪の街 桜の国』の単行本「あとがき」によれば、この作品が生まれたきっかけは「広島の話を描いてみない?」と担当編集者に言われたことだというが、それまで、こうの史代は原爆について興味があったり調べていたわけではないという。広島市出身なので原爆について触れる機会はあったが、平和資料館や原爆の記録映像を見てショックで倒れかけたことがあるので、むしろ避けていたほどだという。

それでも『夕凪の街 桜の国』を描いてみようと思ったのは、〈全く無縁でいた、いや無縁でいようとしていた自分を、不自然で無責任だと心のどこかでずっと感じていたからなのでしょう〉という理由からだった。

またもうひとつは、広島と長崎出身者以外は本当に原爆のことをほとんど知らないという事実に上京後気づいたからだった。

〈わたしと違ってかれらは、知ろうとしないのではなく、知りたくてもその機会に恵まれないだけなのでした。だから、世界で唯一(数少ない、と直すべきですね「劣化ウラン弾」も含めて)の被爆国と言われて平和を享受する後ろめたさは、わたしが広島人として感じていた不自然さより、もっと強いのではないかと思いました。遠慮している場合ではない、原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えてゆかねばならない筈でした。まんがを描く手が、わたしにそれを教え、勇気を与えてくれました〉

『夕凪の街 桜の国』は大きな反響を呼び、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、手塚治虫文化賞新生賞といった賞を受賞し、2007年には、田中麗奈、麻生久美子らの出演で映画化もされている。

しかし、その一方で批判の声もあった。その代表的なものが「原爆スラム」をめぐる議論である。『夕凪の街 桜の国』の「夕凪の街」編では、「原爆スラム」と呼ばれるバラックが立ち並んだ集落での日常が描かれているのだが、本当はその街にいたはずの在日朝鮮人や引き揚げ者などが描かれておらず、なかったことにされているという問題が、川口隆行『原爆という問題領域』(創言社)や、「ユリイカ」(青土社)掲載の村上陽子「原爆文学の系譜における『夕凪の街 桜の国』」で指摘されている。

また、こうの史代本人にとっても、『夕凪の街 桜の国』での反省はあった。それは「戦争」を語るうえで、あまりにも「原爆」にフォーカスし過ぎてしまったという問題だ。前掲「ユリイカ」に掲載された漫画家の西島大介との対談でこうの史代はこのように語っている。

「「原爆」というとすぐに「平和」に結びつけて語られるのが私はいやなのだと思います。だって、まるで原爆が平和にしてくれたかのようじゃないですか。そこにすごく違和感があって、だから原爆の話にばかり食いつくひとにすごく抵抗がある」
「原爆ものだけで戦争を語るのは不充分だという思いがあったので、よその地域の戦災についても描くことにしたんです」

読者からの批判や自らの反省は『この世界の片隅に』に活かされていく。

『この世界の片隅に』では、在日朝鮮人のことをなかったことにはしていない。 玉音放送を聴いた直後、主人公・すずは水を汲みに行き、道中で倒れ込みながら涙する。その道すがらには終戦を受けて朝鮮の独立旗が掲げられており、それを横目にすずは〈暴力で従えとったいう事か じゃけえ暴力に屈するいう事かね それがこの国の正体かね うちも知らんまま死にたかったなあ......〉と独白する。

また、『この世界の片隅に』の主な舞台は呉で、原爆を中心とした物語にはなっていない。物語の終盤では原爆投下が重要な事件として描かれていくが、もともとは原爆を描くつもりはなかったという(前掲「ユリイカ」の西島大介との対談より)。

それでも、『夕凪の街 桜の国』がドラマ化され、多くの人の目に触れることになるのは、大きな意義がある。「週刊金曜日」(金曜日)2005年9月9日号でこうの史代は「表現」がもつ力をこのように語っている。

「戦時中の生活は、今の人間にはとても耐えられないと思うのです。そういうところをマンガで描けば、「戦争やればいいじゃん」とか「どっちでもいいじゃん」などという人たちが減るのではないか、と。
 今回の作品で、マンガという手法はそうしたことがとても伝わり易いということがわかったのです」

それはドラマも同じだろう。日本社会全体の右傾化が進み、日本国憲法第九条を骨抜きにしようとする議論が進む昨今、このような「戦争」をテーマにしたドラマはほとんど放送されなくなってしまった。そんななかにあって『夕凪の街 桜の国2018』のようなドラマが放送されるという意義は大きい。たくさんの人に見られる作品になることを切に願う。
(編集部)

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