村田修一が記者会見で今季中のNPB復帰を断念! 松坂大輔から「諦めないで」とエール返しが

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2017年10月13日に読売ジャイアンツを自由契約となった村田修一が8月1日(水)、栃木県小山市で記者会見に臨み、実質的な引退発表を行った。

村田は今期ルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブス(以下、栃木GB)に所属し、NPB(日本野球機構)復帰を目指していた。しかし、7月31日(火)期限のNPB支配下選手登録を待ったものの、オファーが来なかったことから、自らユニフォームを脱ぐことを決断している。

2003年に横浜ベイスターズ(当時)に入団し、NPBで15年間、プロ野球の第一線で活躍してきた“男・村田”。読売ジャイアンツが選手構成を若手中心にシフトするに従い、戦力外となったことで、村田の環境は一変した。それでもNPB復帰を目指し、栃木GBでも万全の体づくりを行っていた。

現在は中日ドラゴンズで4勝を挙げている松坂大輔投手とは、同じ1980年生まれの同級生。東福岡高校時代は3年の春夏に甲子園に出場。『選抜高等学校野球大会』の3回戦では、その松坂と対戦して、0-3で敗退している。当時は3番のエースとして活躍したが、松坂の姿を見て「投手では松坂には勝てない」と日本大学時代に野手に転向した。

1日の記者会見で、村田は松坂に対して「大輔に引っ張られてここまで野球をやってきた。(松坂には)1日でも、1年も長く現役を続けてほしいと心から思います」とエールをおくっている。これに対して松坂は、「修一に言いたいのは、今は無理かもしれないけど、来年に向けて諦めないでほしいということ。僕も(中日入団前は)そうだった」(サンケイスポーツより)と復帰エールで返した。

2014年~16年に年棒3億円を稼ぎ、一流選手の仲間入りを果たした村田。その男が240万円の栃木でくすぶることなく、ひのき舞台のカムバックの準備は怠らなかったが、ここで一旦バットを置くことになる。

「今まで全力で野球をやってきた。(栃木GBの)若い選手たちとも野球をやってきた。この選手たちと9月9日(群馬ダイヤモンドペガサスとの最終戦)まで続けたい。そしてしっかりと最後までBCリーグに貢献したい。だから、今日は『引退』の2文字は僕からは使いたくない」(村田)

「小学3年から野球を続けて30年。その集大成をお見せできれば」と話す村田。残りは19試合。『北京オリンピック2008』、『ワールド・ベースボール・クラシック』(2009年)の日本代表だった村田は、最後まで男気を貫く“ラストサムライ”となった。

【村田修一】・生年月日:1980年12月28日
・出身地:福岡県
・身長/体重:177cm/92kg
・投打:右投右打
・タイトル:本塁打王(2007年、2008年)、ゴールデングラブ賞(2013年、2014年、2016年)、ベストナイン(2007年、2012年、2013年、2016年)
・主な個人成績(NPB):打率2割6分9厘、1865安打、360本塁打、1123打点、過去最高打率3割2分3厘(2008年)、過去最高安打数164本(2013年)、過去最高打点114点(2006年)、過去最高本塁打46本(2008年)
・栃木GBでの成績:42試合出場、145打数51安打、打率3割5分2厘、9本塁打、44打点

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