King & Prince『シンデレラガール』を菊地成孔が「歴史を変える歌」と激賞! 壮年ファンへのジャニーズの目配せ

wezzy

2018/7/21 21:15


 King & Princeの勢いが止まらない。デビューシングル『シンデレラガール』は発売初週で57万7000枚(オリコン調べ。「Billboard JAPAN Top Singles Sales」では62万2701枚)を売り上げた。デビューシングルの初週50万枚超えは、2006年にリリースされたKAT-TUNの『Real Face』以来。これにより彼らは「オリコン上半期ランキング2018」の「アーティスト別セールス部門 新人ランキング」でも1位を獲得した。

King & Prince(以下、キンプリ)がデビューシングル『シンデレラガール』で成し遂げた成功はセールス面だけではない。音楽批評の分野でも高く評価されているようだ。7月14日深夜に放送された『菊地成孔の粋な夜電波』(TBSラジオ)で、ジャズミュージシャンの菊地成孔が放送時間(1時間)の8割近くをキンプリ絶賛に使ったことが話題となっている。

菊地成孔といえば、DC/PRG、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、SPANK HAPPY、JAZZ DOMMUNISTERSなど複数のユニットを動かすジャズミュージシャンであり、多数の本を出版する文筆家および映画評論家であり、東京大学や慶應義塾大学などで非常勤講師を務めていた経歴もある、多彩な顔をもつ人物。

そんな彼は、最近の生活の50%を『ザ少年倶楽部』(NHK BSプレミアム)で放送された『シンデレラガール』と『Funk it up』(『シンデレラガール』のカップリング曲)のライブ映像を繰り返し見ることに使い、30%は「ティアラ」(キンプリのファンの総称)がインスタグラムに投稿するコメントを読みふけることに使い、残る20%は『Funk it up』のダンスをコピーすることに使っているという。つまり、起きている時間のすべてをキンプリに使っているというわけだ。

菊地成孔のキンプリへの入れ込みっぷりは相当のものがあるようで<ダンスに関しては仕事柄、やったり見たりもしますけど、いま世界で一番ですよ。興奮して盛っちゃってるんじゃないですよ。冷静に言って世界一ですよ。マイケル・ジャクソン、ブルーノ・マーズ、アッシャー、こういうのをはっきり超えているんで>とまで明言。

彼はもう1000回近くキンプリのライブ映像を見ているそうだが、それでもキンプリのパフォーマンス、特にダンスを把握することができないようで、<なにしてるかまったくわかんない。速すぎて。でも、歴史が変わるぐらいすごいっていうことだけは、伝わってくるんですよ。どうやったらあんな体重移動ができるの>としながら、<でも、すごいってことだけはわかるわけ。チャーリー・パーカーを初めて聴いたときとまったく一緒>とまで語った。

チャーリー・パーカーは、1940年代から1950年代にかけて活躍したアルトサックス奏者。現在につながるモダンジャズの基礎をつくった伝説的なジャズミュージシャンで、菊地成孔にとってはそれこそ神様のような存在のはず。その名を引き合いに出したうえでここまで褒めてしまうのは、さすがに勇み足なのではないかと余計な心配をしてしまいたくもなるのだが、キンプリのパフォーマンスはそれほど彼に強い印象を与えたということなのだろう。

また、彼が絶賛するのはキンプリのパフォーマンスだけではない。『シンデレラガール』の楽曲自体も<歴史を変える歌だと思いますよ。ジャニーズ事務所の歴史も変えるだろうし、日本のポップスのマーケティングの配置図もね、大きく革命的に変えるとは言わないけど、でもやっぱり変えますよ、これ>と評価する。

高い評価のポイントとして菊地成孔が指摘するのは歌詞。特に、サビで歌われる<やがてシンデレラガール/魔法が解ける日が来たって/いつになっても 幾つになっても/ボクはキミを守り続ける>の部分だ。

『シンデレラガール』は、そのタイトル通り、シンデレラ(のように素敵な女性)に対する愛を歌った曲。ただ、シンデレラの童話の通り、<魔法>は永遠ではない。童話では夜の12時が来たら魔法は解けてしまう。それは現実世界に置き換えると「加齢」「年をとること」になるだろう。『シンデレラガール』でも<だれもがみんな嘆いてる/“恋の魔法には期限がある”/“時がたてば宝石もガラス玉さ”>という歌詞がある。

こういった人生の不条理に対して、<いつになっても 幾つになっても>というフレーズをもって回答を示したところに重要な意味があるという。菊地成孔はこのように解説する。

<<いつになっても>っていう言葉自体はさ、まあ、魔法が解ける日が来ても、<いつになっても>っていう言葉自体は別に意味は通るよ。通るけど、歌の歌詞だとした場合ね、<いつになっても>っていう言葉はありそうでちょっと不自然ですよね。なんのためにあるのか? これは、これが<幾つになっても>っていう言葉に変化するから。「君が幾つになっても」っていうアイドルソング、ありました? 『私がオバさんになっても』っていう歌はありましたよ。だけど、あれは女性の方からのやや自虐的なパロディーであって、森高千里さんの知的なセンスでしょ。少しツイストした。これ、ど直球の歌で、「君が幾つになっても」ってなかなかね>

<これね、サラッと歌っちゃっているのと、ここまでの音がすごすぎるのと、(メンバーの)全員が素敵すぎることによってあんま気がつかないんだけど、意外とエグいですよ。<いつになっても 幾つになっても>っていうのは。これはなかなか入れられない。なんとかして「壮年の人まで目配せしていますよ。壮年の人まで守備範囲に入っていますよ」ということを明言しましょうと>

ジャニーズ事務所が4年ぶりにデビューさせる新人グループのデビュー曲、つまり、事務所としては総力を結集して送り出すビッグプロジェクトの楽曲に、このような歌詞をもってきたということには、グループのコンセプトやマーケティングとしてのメッセージも込められていると分析する。つまり、それは、<いつになっても 幾つになっても>アイドルのファンを続けていていいのだという肯定である。

彼がこういった結論にいたった背景に、「ティアラ」がインスタグラムに投稿するコメントを読んでいたという経験がある。番組内で彼は「バツ2で人生色々あったけれど、キンプリのライブのチケットがとれてよかった。これでまた生きていける」といった内容の投稿を読んだと紹介していたが、そういった人々にとってキンプリの存在は<ひとつの救いなわけよ>と語っている。だから、『シンデレラガール』の歌詞のなかで、<いつになっても 幾つになっても>と彼女たちを肯定することには重要な意味があると思い至ったのだろう。

そして、菊地成孔は以上述べてきたようなテーマについて、おそらく楽曲発注の段階から作詞家に対して課せられていたものであっただろうと予想。そのうえで、「シンデレラ」というテーマを使い自然に表現した作詞家(河田総一郎)の技術を<本当に見事ですよ>と称賛している。

菊地成孔の語る<いつになっても 幾つになっても>の分析が正しいのか深読みなのかどうかは議論の余地がありそうだが、ともあれ、キンプリのデビューと成功は、ここのところ嫌なニュースが連続していたジャニーズ事務所にとって、数少ないグッドニュースのひとつである。

商業的にも批評的にも大きな評価を受けた『シンデレラガール』の次のシングルはなかなかハードルが高そうだが、セカンドシングルで『シンデレラガール』を超える名曲を送り出してくれることを期待したい。

(倉野尾 実)

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