<KinKi Kidsデビュー記念日>「硝子の少年」から21年“突発性難聴”など乗り越え歩む“2人”の軌跡

ザテレビジョン

2018/7/21 05:39

本日7月21日にCDデビュー記念日を迎えたKinKi Kids。デビューから21年 、いまなお進化を続ける二人の軌跡を振り返ってみたい。

■ 「硝子の少年」でCDデビュー“ミリオンヒット”連発

KinKi Kidsは1997年7月21日シングル「硝子の少年」でデビュー。2人とも関西出身で、血縁関係はないが、偶然にも同じ“堂本”同士で1991年 の事務所入所後にデュオを結成、1993年に「KinKi Kids」としてデュオ名が正式発表された。

当時、アイドルといえば光GENJIやSMAPのように数名のメンバーでステージで派手なパフォーマンスを披露するのが王道ではあったが、ジャニーズ事務所の中でも珍しいデュオで脚光を浴びた。

CDデビュー前から精力的に活動を続け、1994年に2人揃って出演したドラマ「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」では、衝撃的なストーリーも相まって知名度は全国区に。その後も1996年放送のドラマ「若葉の頃」でW主演を務めるなど、デュオ、ソロとしても活動を続けた。

また、バラエティ番組にも数多く出演し、中でも1996年からスタートした「LOVE LOVE愛してる」(フジテレビ系)で共演した吉田拓郎らミュージシャンとの出会いは、KinKi Kidsの音楽活動に大きな影響をもたらしたと言われている。

デビューシングル「硝子の少年」を手がけたのは山下達郎。アイドルのデビューシングルとしては珍しいマイナー調の楽曲ではあるが、音楽チャートで1位を獲得。以降、「愛されるより愛したい」、「全部だきしめて」などミリオンヒットを連発、CDシングル39作連続&22年連続首位記録は史上初の快挙を達成した。

デビュー前から共に活動してきた2人。上京前は、出演があるたびに新幹線で東京へ向かい、時には始発で関西へ戻って通学していた時代もあった。勉学と芸能の両立に悩んだこと、自宅の電話番号が知れ渡ってしまい、深夜にいたずら電話がかかってきたことなどを、当時、雑誌のインタビューで明かしていた。一般人からアイドルへ、子どもから大人へと変わる思春期を共に駆け抜けた。

■ 音楽、舞台、どこまでも追求するクリエーターとしてのKinKi Kids

KinKi Kidsとして名実ともに輝かしい経歴を持つが、ソロ活動も積極的に取り組んでいるのも特徴だ。2人がそれぞれの分野で、妥協することなく新しいものを作り出し、そして追求する姿がある。

舞台で主演、脚本、ステージ演出など幅広く手がける光一。2000年の初演から19年連続で続く舞台「SHOCK」シリーズは帝国劇場で単独主演回数1600回を超えた。

リボンフライングや、階段落ちは劇中の名物として知られている。ロングラン上演だけにこれまでトラブルがなかったわけではない。上演中に舞台セットが倒れたり、装置のトラブルでけが人が出たこともあったが、翌日には舞台を再開した。劇中でも描かれている“Show Must Go On(「何があってもショーは続けなければならない」「前を向いて、進んでいかなきゃいけない」)”の精神を体現してみせた。

また、コンピューターには頼らず人力にこだわる光一。海外のフライングは自動制御が主流だが、光一は採用しないという。その理由は、いざという時に制御が利かなくなるから。暗に機械的なものを否定しているのではなく、音響の装置、照明、個人的にF1、車好きとしても知られる光一。深い知識を持つからこその判断といえそうだ。

7月27日からスタートする舞台「ナイツ・テイル-騎士物語」では、舞台俳優で「ミュージカル界のプリンス」とも称される井上芳雄とW共演を果たす。演劇界を牽引する実力派俳優がタッグを組み、また新たな挑戦がはじまる。

一方、自分らしく音楽を追及するのが堂本剛。音楽活動を通して、KinKi Kidsとは違った世界観を打ち出している。

以前出演した生放送の音楽番組では、手にクリスタルを持って歌う姿が話題を集めたが、これはよりクリアな音楽を届けたいという理由からだそう。実際にスタジオでクリスタルを置いて音を出したところ、誰もが音がクリアに聞こえたことを実感したという。科学的根拠は立証しにくいかもしれないが、自分が見たこと聞いたことを信じて行動するところがなんとも剛らしい。

近年は音楽専門雑誌にも度々登場し、創作スタイルや音楽性について語る機会が増えた。インタビューでは「音楽から紐づけて人間を語る」ことや、何かのために音楽を作るのではなく、いい音楽ができたから届けるという、ミュージシャンとしてのありかたを追求する。

また、ラジオやテレビ番組では視聴者からの悩み相談に答える機会も多く、投稿者の気持ちを受け止め、寄り添う姿勢をみせる。これは、自身が過換気症候群やパニック障害、突発性難聴を患った経験が生きていると言えそうだ。

光一をきっかけに舞台の素晴らしさを知り、剛をきっかけに新たな音楽のジャンルに触れる機会になったファンも多いことだろう。

幅広い年齢層に向けて、誰もが楽しめるステージもあれば、コアなファンに向けたもの、またそうしたものへの橋渡しをする役目。一過性で消費されるものではなく、長く愛されるものを作り続ける。

2人に共通しているのはクリエーターでもあるということ。演者でありつつ、作詞・作曲を手がけたり、脚本を書いたり、舞台演出をしたりという裏方も手がける。

人気を得ても驕ることなく、慣れ親しんだ環境にあぐらをかかず、40歳を目前にさらなる挑戦と探究を続ける。それぞれのスタイルで進化を続けるところも、長く愛されている理由と言えそうだ。

堂本光一、Kinki Kids は今の2人以外「想像もできない」

ソロ活動では活躍のフィールドが異なる2人だが、毎年行われるコンサートやテレビ番組には揃って出演を続けている。バラエティ番組「Kinki Kidsのブンブブーン」(フジテレビ系)では、ゲストを招いてロケを行うことが多いが、個々で活動している時とは一味違う、KinKi Kidsとして両手を広げるようにしてゲストを迎える2人の姿が見られる。

剛が耳の病気を患った際には、2人で出演予定だった音楽番組やステージも剛の出演が取りやめになったこともあったが、光一が臨機応変に対応。その日限りの特別なステージに仕上げた。出演を断念した剛の心情も計り知れないが、それでもどこかで光一だから安心して任せられたのではないだろうか。

以前、ラジオで理想のグループをテーマに語った光一。「KinKi Kidsが2人以上、人数(が)いることを想像もできないし。KinKiにあともう1、2人メンバーを入れるとしたら?みたいな質問されても、そんなんわっからへんわ!みたいな」と想像がつかないと答えていた。

共に歩んで20年超。恋人や夫婦に置き換えてもなかなか容易なことではない。自立した2人だからこそKinKi Kidsが成立し、家族ともソロワーク仲間とも違う、もうひとつの“帰る場所”ではないだろうか。

それぞれが活躍するフィールドがあり、光一と剛との“2人だからこそ”生み出せる世界観がある。Kinki Kidsとして、これからも変わらぬ関係性は続いていくのだろう。(ザテレビジョン・文=柚月裕実)

https://news.walkerplus.com/article/155404/

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