川本三郎はサブカルチュアの世界を生き抜いてきたクリント・イーストウッドである(『映画の中にある如く』発売記念対談ロングヴァージョン<中篇>)

ガジェット通信

2018/7/16 17:00



——『キネマ旬報』の長期連載「映画を見ればわかること」をまとめた川本三郎著『映画の中にある如く』が2月に刊行されました。今回は、長年“川本三郎本”を愛読されてきた北沢夏音氏と渡部幻氏に川本三郎さんの文章を“読むことの楽しみと驚き”について<前篇>に続いて伺ってみたいと思います。

<前篇はこちら>http://getnews.jp/archives/2057633

文芸とジャーナリズム、両方を手がける



北沢 僕が大学に入ったのが83年で、映画への視野も広がり、アメリカンニューシネマの名作をひととおり観たいと思ったときに、作品のガイドとしては、フィルムアート社の『70年代アメリカン・シネマ103 もっともエキサイティングだった13年』(編集:筈見有弘+フィルムアート社+HOP企画、80年)、洋邦を問わず“陽のあたらない”B級映画の探索については、『朝日のようにさわやかに 映画ランダム・ノート』(筑摩書房、77年)』や『シネマ裏通り』(冬樹社、79年)などの川本さんの評論が指針になりました。ニューシネマに漂う”敗北感”や”孤独感”を川本さんが背負って書いておられる気がしたんです。

渡部 『シネマ裏通り』の単行本の帯文が傑作中の傑作なんです。表帯が〈Five O’clock Shadow 映画館にはいるのは いつも夕暮れ……〉、裏帯が〈マイナーな女優と 安ウイスキーをひっかけては 拳銃をぶっぱなしているハードボイルド・ヒーロー。結局映画のなかで好きなのはこの二つだ。〉、そして背帯には〈映画感傷〉とあり、〈I’m getting sentimental over you.〉とルビが振られている。

北沢 「感傷」という、ともすればネガティヴに受け取られがちな側面を持つ感受性を逆手にとった、徹底的にコンセプチュアルな帯文ですね。

渡部 あえて積極的に打ち出しています。

北沢 裏通り出身のアンチ・ヒーローの物語『あしたのジョー』(原作:高森朝雄、作画:ちばてつや、講談社、67~73年)で主人公・矢吹丈の好敵手・力石徹がジョーを倒したとき使った“ノー・ガード戦法”を彷彿とさせます。それでも、階級を越えるために行った過激な減量が死を招いた力石と違って、川本さんは、どんなに不当な攻撃を受けても決して倒れなかった。

渡部 ニューシネマの主人公たちはたいてい死んじゃうんですけどね、サム・ペキンパーとウォーレン・オーツの「ガルシアの首」(74年)のように。川本さんの60~70年代アメリカ映画の本といえば、『傍役グラフィティ 現代アメリカ映画傍役事典』(共編著:真淵哲、77年)と『女優グラフィティ』(共編著:小藤田千栄子、78年)も大切な本ですね。

北沢 そのあとに出た小藤田千栄子さんとの共編著『スキ・スキ・バン・バン 映画ディテール小事典』(80年)と併せて三部作となる、他に類を見ない画期的な映画事典をブロンズ社から出版されています。『スキ・スキ・バン・バン』は91年に河出書房新社から『ポケットいっぱいの映画 映画ディテール小事典A to Z』と改題された、ビデオ・インデックス付きの全面改訂版も出ました。

渡部 川本さんと小藤田さんが共同編集された『別冊太陽 アメリカン・ニューシネマ ’60~70』(平凡社、88年)も、印象深い一冊です。フィルムアート社の本は「アメリカン・シネマ」なので、パニック映画の大作なども入っているのですが、『別冊太陽』のほうは選出の基準が異なっています。“ニューシネマ”という言葉は曖昧な定義で、ときにフラッシュバックやスローモーションなどの技法的側面から語られることもありますが、川本さんは、そうした新しい技法を駆使することで、作者たちが描き出そうとした〈等身大のアメリカ〉に注目しています。映画を通じて、主流よりも支流、中心よりも周縁的な部分に目を向け、細部を拾い集めていく作業を通じて〈文化の群像劇〉を浮かび上がらせているんです。またその際に川本さんは、あくまでも〈人の体温〉が感じられる距離から離れません。人の生活、人の心模様、弱さの中の強さ、を見つめる路上の眼差しが、普遍的な〈言葉〉へと置き換えられることで、アメリカとアメリカ人に独特の性格を伝えつつ、同時に、同じ人間として身近な存在に感じられてくるんですね。



北沢 その本のなかで川本さんはこう記しています。「泣く男のイメージを新しくつくったのがアメリカン・ニューシネマだったのである」。男が弱かったり、やさしかったりすることを肯定的にとらえる感覚を教えてくれた……というより読者のなかにもともとあった弱さや、やさしさを「それでいいんだよ」と認めてくれるような原稿を川本さんはいつも書かれていた気がするんです。

渡部 ニューシネマ以前では50年代のマーロン・ブランドが”男が泣く姿”を演じていますね。ジェームズ・ディーンに到ってはいつも泣き顔です。彼らのあり様は、ジョン・ウェイン、ハンフリー・ボガード、クラーク・ゲイブル、ジェームズ・スチュアートの誰ともちがっていて、ブランドやディーン、またはモンゴメリー・クリフトが、全身全霊を込めて体現したのは、”大人”ではなく”若者”であり、“強さ”よりも“弱さ”、“明快さ”よりも“曖昧さ”だったと思います。それは男性像の再定義であると同時に、旧弊な価値観への反撃ともなって、おそらく戦後の若者たちの意識を揺さぶった。それがエルヴィス・プレスリーらのロックンロールなどと合流しながら、60年代後半から70年代になると、カウンターカルチャーを背景に、ブランドらの後輩にあたるダスティン・ホフマンやジャック・ニコルソンら、いわゆる“ニューシネマ世代”が台頭してくる。彼らは競うように男の”弱さ”を肯定し、ときにスクリーン上で涙を流してみせることによって、むしろ”強さ”の表れへと反転させていた。少なくとも、少年の頃のぼくの目にはそのように映っていました。

北沢 川本さんは“負い目”を背負って生きざるを得ない人間に焦点を当て、彼らへの共感を隠さなかった。川本さんご自身がニューシネマ的な生き方をされているから、決して高所から批評しない。川本さんの姿勢にジャーナリズムのあるべき姿を学びました。日本では文学とジャーナリズムは別物という認識がありますが、川本さんは、アメリカン・ジャーナリズムの佳き伝統である「文芸とジャーナリズムの垣根がない」という特質をご自身の批評の礎にして、日本で実践しようと試みたパイオニアのひとりなんです。

渡部 川本さんは、文芸誌でも映画雑誌でも、無理なく馴染むことのできる希有な文筆家だと思います。

北沢 『ハッピーエンド通信』の編集委員は、創刊の中心人物である常盤新平さんの「いまや小説よりもニュージャーナリズムのほうがよほど文学といえるのではないか?」という問題意識を共有されていた。常盤さん、川本さん、青山南さんともうひとりの軸である編集者の加賀山弘さんは、『ヘビー・ピープル123 ヴェトナム以後のアメリカ』(ニューミュージック・マガジン社、79年)に続いて『アメリカ雑誌全カタログ』(冬樹社、80年)『現代アメリカ人物カタログ』(冬樹社、82年)『アメリカ情報コレクション』(講談社現代新書、84年)などの編著を手がけます。



いずれも先駆的な労作ですが、80年代には、ボブ・グリーン、ピート・ハミル、アート・バックウォルド、ラッセル・ベイカー、マイク・ロイコといった、新聞を舞台に活躍するアメリカのコラムニストの邦訳が日本でも人気を博して、一種のブームと呼べるような現象が起き、常盤さんや川本さんたちが蒔いた種が育って、ついに花開いたかのように見えました。さらに、90年代に東京書籍から刊行された叢書『アメリカ・コラムニスト全集』(全19巻、92~96年)は、トム・ウルフ、ハンター・トンプソン、ジョーン・ディディオンなどのニュージャーナリズムや、ロジャー・エンジェル、マイク・ルピカなどのスポーツコラムに加えて、ノラ・エフロン、ポーリン・ケイル、ギャリソン・キーラなど映画との関わりも深いコラムニストたちを含む多種多様なアメリカン・ジャーナリズムを網羅的に紹介する、かつてない冒険的な試みで「ついにここまで来たか」という感慨がありました。しかし、この快挙を最後に「コラムニスト・ブーム」は去り、日本に根付くところまでいかなかった。現在の海外文学紹介のトップランナーである柴田元幸さんや村上春樹さんも、訳されるのはほとんど小説ばかりで、アメリカン・ジャーナリズムの翻訳紹介が途切れているのは残念です。おふたりは、マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹訳、文藝春秋、96年)やポール・オースター編『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(柴田元幸訳、新潮社、05年)といったノンフィクションの傑作も訳されているので、期待しています。

渡部 映画にも似たような状況はあるかと思います。単純に毎年、量が増えていきますから、送り手も、受け手も、手に余ってしまう。時間と経済の問題がありますから、どこから手をつけていいのかわからなくなってしまう。結果、あらかじめ馴染みのある各作家や各ジャンルに偏り、そこにうまく収まらない人物やジャンル、ものの考え方は忘れられがちになり、最終的には本当に忘れられる……。アメリカ映画は、自国にかぎらない社会的・文化的な歴史の連続性を意識させる映画づくりを心がけているように見えますね。たとえば、スティーヴン・スピルバーグの「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(17年)と連続性のある映画はアラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」(76年)ですね。原作は、ワシントン・ポスト紙の記者カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードの『大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日』(立風書房、76年)で、これを翻訳された方こそ、常盤新平さんでしたね。

北沢 常盤さんが77年から79年にかけて業界紙に連載した回顧録『翻訳出版編集後記』(幻戯書房、16年)によると、『大統領の陰謀』の翻訳を引き受けたのは、その前に常盤さんが翻訳したゲイ・タリーズ『汝の父を敬え』(新潮社、73年)と「一直線」につながる仕事だと思ったからだと。「『汝の父を敬え』も『大統領の陰謀』もエスタブリッシュメントから見たアメリカではなかった。上から見たアメリカではなく、下から見たアメリカである」と書かれていて、まなざしに川本さんと共通するものを感じます。パイオニアとしての常盤さんの功績は、新たな視点で再評価されるべきでしょうまた、川本さんをトルーマン・カポーティ『夜の樹』(新潮社、94年)『叶えられた祈り』(新潮社、06年)ローレンス・グローベル『カポーティとの対話』(文藝春秋、88年)の訳者として捉えることも重要ではないかと。カポーティこそ、『冷血』(龍口直太郎訳、新潮社、67年/佐々田雅子訳、新潮社、05年)や『詩神の声聞こゆ』(『犬は吠える』[小田島雄志訳、早川書房、77年]収録)などのノンフィクション・ノヴェルや、マリリン・モンローを描いた対話形式のポートレイト「うつくしい子供」(『カメレオンのための音楽』[野坂昭如訳、早川書房、83年]収録)などの作品を通じて、文芸とジャーナリズムの境界を取り払ったキーパーソンなんですよね。川本さんが惹かれる要素が集約された作家がカポーティだと思うんです。

(後篇へつづく)

【PROFILE】

きたざわ・なつを/1962年生まれ、東京都出身。ライター、編集者。92年雑誌『バァフアウト!』を創刊。著書に『Get back,SUB! あるリトル・マガジンの魂』(本の雑誌社)。共著に『青春狂走曲』(スタンド・ブックス)ほか。

わたべ・げん/1970年生まれ、東京都出身。映画評論家、編集者。『アメリカ映画100シリーズ』(芸術新聞社)を企画・編集・執筆。現在『キネマ旬報』にて「ぼくのアメリカ映画時評」を連載中。


『映画の中にある如く』

著者:川本三郎

定価:本体2,500円+税

発行:キネマ旬報社





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(執筆者: キネ旬の中の人) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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