人間は何かに依存せずには生きていけないのか? ウディ・アレンの不倫ドラマ『女と男の観覧車』

日刊サイゾー

2018/6/30 19:00


 コメディ映画の巨匠ウディ・アレンが窮地に立たされている。ハリウッドで広まった“#MeToo”運動によって、ウディ・アレンは25年前に裁判沙汰になった性的虐待疑惑が蒸し返され、新作のキャスティングができない状況に陥っている。2017年に撮影した『A Rainy Day in New York』はすでに完成しているものの、こちらもお蔵入りする可能性が報じられている。作家の人格と作品は別物であるという考え方は、現代の米国社会では許されなくなってしまった。半世紀に及んだ巨匠のキャリアに終止符が打たれることになるのか。そんな中、米国では17年に封切られた、ケイト・ウィンスレット主演作『女と男の観覧者』(原題『Wonder Wheel』)が現在日本で公開中となっている。

酸いも甘みも噛み分けたウディ・アレンが熟練の演出を見せる本作。舞台となるのは1950年代のNYのコニーアイランド。ニューヨーカーたちにとって、いちばん身近な避暑地であり、少年期のウディ・アレンにとっても思い出深い遊び場だった。行楽客で賑わうコニーアイランドにある遊園地は、ショウビジネス界の縮図だろう。時代の流れから取り残されたレトロムード漂う遊園地で、男女をめぐる悲喜劇がぐるぐると回り始める。

“ワンダー・ホイール”と名付けられた大観覧車がシンボルタワーとなっている遊園地に、ひとりのワケあり美女キャロライナ(ジュノー・テンプル)が現われる。キャロライナは20歳のときにイタリア系ギャングと駆け落ちしたものの、その後離婚。FBIから証言を強要され、ギャング一味から命を狙われている。行き場のないキャロライナは、遊園地で働く父親ハンプティ(ジム・ベルーシ)に助けを求めにきたのだ。回転木馬の操縦技師を勤めるハンプティは、勘当した娘キャロライナが5年ぶりに戻ってきたことに戸惑うが、見捨てることもできない。再婚相手のジニー(ケイト・ウィンスレット)、ジニーの連れ子であるリッチー(ジャック・ゴア)と3人で暮らす遊園地内の見世物小屋を改修した自宅に、しばらくかくまうことになる。

アトラクションの騒音が絶え間なく聞こえてくる元見世物小屋での、変則的な一家の生活がこうして始まった。園内のカフェでウェイトレスとして働くジニーは、キャロライナが同居することが面白くない。キャロライナはろくに家事もできず、エンゲル係数が上がるだけ。それでなくてもジニーは、前夫との間に生まれたリッチーのことで頭が痛い。リッチーは学校をサボって、映画館に入り浸ってばかり。しかも火遊びの常習犯で、精神科に通院させる治療代がバカにならない。それなのにハンプティは、血の繋がったキャロライナばかり可愛いがっている。

若い頃は女優を目指していたジニーだが、今では生活に疲れた中年女になってしまったことを自覚している。ビーチで監視員のバイトをしている作家志望の年下の男ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と知り合い、彼との情事にたちまち溺れていく。ライフセーバーは人妻に手を伸ばすのも得意だった。元女優であるジニーは、今はしがないウェイトレスという役を演じているのであって、ミッキーとの恋愛を成就させれば、本当の自分を取り戻せると思い込むようになっていく。『日陰のふたり』(96)や『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』『愛を読むひと』(ともに08)と同様、母性的な強さとその中に狂気を宿らせたヒロイン像を演じるのが、ケイト・ウィンスレットはとてもうまい。

ジニーは、夫ハンプティがアルコール依存症であることを責めるが、それはジニーも同じだった。酒を遠ざけるようになったジニーだが、代わりにミッキーとの不倫愛に依存していくようになる。一方、多感な時期に両親の愛情を感じることができずにいるリッチーは、火遊びがますます激しくなっていく。このままだと放火魔になりかねない。ひと夏だけコニーアイランドで過ごすミッキーは、いつか小説家になるという夢に支えられている。ジニーとの交際は小説を書くための肥やしだった。みんな、何かに依存しながら生きている。それぞれ目の前にある幸せを手に入れようとするが、回転木馬のように永遠に追いつくことはできない。ウディ・アレンの作品を観ていると、その人が何に依存しているかが、その人自身ではないのかと思えてくる。彼らから依存対象を奪ったら、何が残るのだろうか。ウディ・アレンから映画づくりとクラリネットを奪ったら、後には何が残るのだろうか。

再び“#MeToo”運動について。ウディ・アレンを訴えているのは、前妻ミア・ファローの連れ子だったディアン・ファロー。幼い頃にウディ・アレンに性的虐待を受けたと、これまで何度も主張してきた。今回、ウディ・アレンが窮地に追い詰められたのは、ウディ・アレンとミア・ファローの息子であるロナン・ファローの存在が大きい。新進ジャーナリストであるロナン・ファローは17年に「ニューヨーカー」でハリウッドにおけるセクハラ問題を大々的に取り上げ、“#MeToo”運動を後押しした。ウディ・アレンとは絶縁状態にあるロナン・ファローが、姉ディアンを援護射撃した格好だった。言ってみれば、ウディ・アレン一家にずっと燻り続けてきた火種が、“#MeToo”運動へと広がっていったことになる。ウディ・アレンも、子どもたちによって自身の監督生命を絶たれるとは思いもしなかっただろう。

行楽客で賑わうコニーアイランド全体を見渡す大観覧車がオープニング、そしてエンディングで大きく映し出される。「人生は近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」と語ったのは喜劇王チャールズ・チャップリンだった。チャップリンもまた、女性問題と赤狩りによってハリウッド追放という辛酸を舐めている。観覧車に乗っていれば、ごみごみとした近景がやがて美しい絶景へと変わっていく。男女のどろどろとした修羅場も、やがて掛け替えのない思い出へと変わることを願うばかりだ。ウディ・アレンの新作を劇場で観るのは、これが最後になるのだろうか。
(文=長野辰次)

『女と男の観覧車』
監督・脚本/ウディ・アレン 撮影/ヴィットリオ・ストラーロ 
出演/ジム・ベルーシ、ジュノー・テンプル、ジャスティン・ティンバーレイク、ケイト・ウィンスレット、マックス・カセラ、ジャック・ゴア、デヴィッツド・クラムホルツ
配給/ロングライド 6月23日より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国公開中
Photo by Jessica MiglioC)2017 GRAVIER PRODUCTIONS, INC.
http://longride.jp/kanransya-movie

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