『ムンク展ー共鳴する魂の叫び』記者発表会レポート 初来日の《叫び》(1910年?)を含む作品約100点で辿る、ムンクの大回顧展!

SPICE

2018/6/25 19:07


2018年10月27日から2019年1月20日まで、東京・上野の東京都美術館で開催される『ムンク展-共鳴する魂の叫び』。その記者発表会が6月14日に行われ、展覧会の概要が発表された。本展は、ノルウェーを代表する巨匠エドヴァルド・ムンクの大回顧展として、オスロ市立ムンク美術館のコレクションを中心に約100点の作品を通じてムンクの画業を辿る。オスロ市立ムンク美術館が所蔵する《叫び》が初来日するとあって、既に今年最大級に話題の美術展となっている本展の見どころを、発表会の内容を交えながらお伝えしよう。

10月、あの世界的名画、ムンクの《叫び》が東京に来る!


世界で最も知られている名画のひとつ、《叫び》が来日することで既に大きな話題を呼んでいる本展。ノルウェー大使館で行われた今回の記者発表会にも主催者の予想を大幅に超える数の取材陣が集まり、その一部が立ち見になるなど注目度の高さを伺わせた。
満席になった会場の様子
満席になった会場の様子

エドヴァルド・ムンク(1863-1944)は、生涯の大半を母国で暮らしたノルウェーを代表する画家。没後、彼の手元にあった作品はオスロ市に寄贈され、1963年に開館したオスロ市立ムンク美術館には1,150点の油彩画をはじめ、現存するムンク作品の半数以上にあたる約2万7,000点が保管されている。本展ではそのコレクションを中心に、油彩画約60点のほか、版画や素描などを含めた約100点の作品が展示されることが決まっている。

発表会では、まず駐日ノルウェー王国大使のアーリン・リーメスタ氏が壇上に立ち、「10月に開幕するムンク展は、日本におけるノルウェー芸術紹介の催しの中でも極めて重要なものになります」と挨拶。さらに、「今回来日する作品の中に《叫び》が含まれていることに興奮を抑えられません」と喜びを語った。
(左)駐日ノルウェー王国大使のアーリン・リーメスタ氏(右)東京都美術館の真室佳武館長
(左)駐日ノルウェー王国大使のアーリン・リーメスタ氏(右)東京都美術館の真室佳武館長

次に、主催者を代表して東京都美術館の真室佳武館長が挨拶に立ち、「11年ぶりにこの孤高の巨匠の回顧展を開催できることを嬉しく思います」とコメント。それに続いて、東京都美術館の小林明子学芸員による本展の見どころ解説が行われた。

あなたはエドヴァルド・ムンクのことをどこまで知っているか


本展は第1章「ムンクとは誰か」という導入に始まり、時系列に沿ってムンクの生涯と画業を追う全9章で構成される予定。
エドヴァルド・ムンク《太陽》1910-13年 油彩、カンヴァス 162×205cm 
エドヴァルド・ムンク《太陽》1910-13年 油彩、カンヴァス 162×205cm

その強烈な印象から《叫び》ばかりがフィーチャーされがちなムンクだが、彼は人間の内面をカンヴァスに描いた20世紀表現主義絵画の先駆者的存在である。そして、自ら病弱だったことに加え、幼い頃に母を失い、何人かの女性との恋に翻弄されるなど波乱万丈な人生を送った。そんな彼の作品の多くには、「生と死」「愛」「絶望」「孤独」などに対するイメージが内包されている。
エドヴァルド・ムンク《自画像》1882年 油彩、紙(厚紙に貼付) 26×19cm 
エドヴァルド・ムンク《自画像》1882年 油彩、紙(厚紙に貼付) 26×19cm

《自画像》はムンク19歳の時の作品だ。1863年にノルウェーの軍医の家に生まれたエドヴァルド・ムンクは、1歳の時に一家でクリスチャニアに移住。ムンク自身も病弱だったが、5歳の時に母を、14歳の時に1歳年上の姉を結核で失う。そして18歳の時に画学校に入学するが、家族の死はムンクの人生に暗い影を落とし続け、たびたび絵画の主題に取り上げられた。
エドヴァルド・ムンク《病める子Ⅰ》1896年 リトグラフ 43.2×57.1cm
エドヴァルド・ムンク《病める子Ⅰ》1896年 リトグラフ 43.2×57.1cm

《病める子Ⅰ》は、姉の死を題材にしたもの。来日作品は1896年に描かれたリトグラフだが、20代前半に描かれたこの作品の油彩画は、自然主義的な描写を越えた新しい表現で賛否両論を巻き起こした。死にゆく運命を感じ取った少女の横顔が繊細に描かれた本作は、ムンクの芸術における一つの突破口となり、その後に生み出す数多くの作品の起源になった。
エドヴァルド・ムンク《夏の夜、人魚》1893年 油彩、カンヴァス 93×117cm
エドヴァルド・ムンク《夏の夜、人魚》1893年 油彩、カンヴァス 93×117cm

《夏の夜、人魚》は、欧州各地で個展を行い国際的な評価を受け始めたムンクが1893年に発表した作品。ムンクは26歳から3年にわたりパリに留学したが、夏は毎年オスロ・フィヨルド沿岸のオースゴールストランで過ごしていた。この時代に彼は「読書する人や編み物をする女のいる室内画をもう描いてはならない。呼吸し、感じ、苦悩し、愛する、生き生きとした人間を描くのだ」(ノートより(1929年))と芸術家として一つの決意をしている。そうした決意の一端が見える本作には、ムンクの恋愛体験に基づく女性観が反映されている。人妻ミリー・タウロヴとの叶わぬ恋に燃え上がったムンクは、その思いを夏の夜という主題に変えて、浜辺と女性の姿を何度も描いたという。
エドヴァルド・ムンク《月明かり、浜辺の接吻》1914年 油彩、カンヴァス 77×100cm
エドヴァルド・ムンク《月明かり、浜辺の接吻》1914年 油彩、カンヴァス 77×100cm

《月明かり、浜辺の接吻》は、ムンクが生涯繰り返し題材とした「接吻」を主題にした作品だ。ムンクは1982年にドイツのベルリンにおいて国外で初めての個展を開いたが、この個展は印象派すら浸透していなかった当時のベルリンで憤慨や嘲笑を買い、たった1週間で打ち切られた。この出来事は「ムンク事件」と呼ばれて激しい論争を引き起こした。そして再び翌年にベルリンで個展を行ったムンクは、連作を意識した作品をまとめて展示。「愛」や「死」をテーマにしたこれらの作品は、後に〈生命のフリーズ〉と呼ばれることになる。愛のテーマの一つである「接吻」も、素材や技法を変えながら多くのバリエーションが作られた。本作は、月光の下、浜辺で抱き合う男女の姿が官能的に描かれている。

ムンクは《叫び》の中に何を描いたのか

エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年? テンペラ・油彩、厚紙 83.5×66cm
エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年? テンペラ・油彩、厚紙 83.5×66cm

本展の最注目作である《叫び》も〈生命のフリーズ〉のうちの一作で、不安を表す一連の絵画の中心をなす作品である。作中では中心の人物が耳を塞いで叫んでいるように見えるが、ムンク自身が残したメモによれば、これは自然を貫く叫びに耐えられず耳を塞いでいるのだという。ここでいう“自然を貫く叫び”とは、人物から発せられ自然の中に広がって共鳴する叫びとも、自然そのものから発せられる叫びとも捉えられる。描かれた人物はダイナミックにうねりを上げる背景の自然と呼応し、人間の不安や孤独といった感情を呼び起こす。
エドヴァルド・ムンク《絶望》1893-94年 油彩、カンヴァス 92×72.5cm 
エドヴァルド・ムンク《絶望》1893-94年 油彩、カンヴァス 92×72.5cm

また、同じく〈生命のフリーズ〉を構成する《絶望》には、《叫び》と同じ構図の中に目のくぼんだ男性が描かれ、よりメランコリックな人間の感情が映し出されている。

なお、「叫び」は版画を除くと4点のバージョンが現存しているが、本展で来日するのはオスロ市立ムンク美術館が所蔵するテンペラ・油彩による作品。本作が来日するのは初めてのこととなる。
エドヴァルド・ムンク《生命のダンス》1925年 油彩、カンヴァス 143×208cm
エドヴァルド・ムンク《生命のダンス》1925年 油彩、カンヴァス 143×208cm

「芸術家は孤独でなければならない」と生涯独身を貫いたムンクだが、その人生の中には、先に述べたミリー・タウロヴ、ベルリン時代に愛し合ったダグニー・ユール、そして30代で恋愛関係にあったトゥラ・ラーセンと何人かの女性が登場する。とりわけトゥラ・ラーセンとの交際時には彼女の支配的な愛情に苦しみ、彼女の前で銃が暴発して左手中指の一部を失うという事件が起きている。《生命のダンス》はそんなムンクが抱いた女性観が反映された作品。この作品では愛と生命のサイクルが3人の女性の姿によって示されており、白いドレスの女性は清らかさ、赤いドレスの女性は性愛、黒いドレスの女性は生命の終焉を表しているという。
エドヴァルド・ムンク《地獄の自画像》1903年 油彩、カンヴァス 82×66cm
エドヴァルド・ムンク《地獄の自画像》1903年 油彩、カンヴァス 82×66cm

ムンクは肖像画や自画像も数多く残した。《地獄の自画像》は自身の裸体を写した写真を参考にして描かれたもの。地獄の炎と不吉な影を背景にしたムンクの姿は、苦悩の画家という側面がより強調されているかのようだ。ムンクは自らの経験に根ざした心理的な問題を問い続けた一方で非常に多くの作品を残し、実業家の精神を備えた画家だった。そうした中で自画像により自身のイメージを発信することに極めて意識的だったそうだ。
エドヴァルド・ムンク《星月夜》1922-24年 油彩、カンヴァス 120.5×100cm
エドヴァルド・ムンク《星月夜》1922-24年 油彩、カンヴァス 120.5×100cm

《星月夜》《自画像、時計とベッドの間》は、どちらも晩年に描かれた作品だ。53歳でクリスチャニア近郊のエーケリーに居を構えたムンクは、亡くなるまでのほとんどの時間をここでの創作に費やした。《星月夜》は自邸から眺めた風景を描いたものともいわれ、《自画像、時計とベッドの間》からは死を間際に迎えた彼がその死を冷静に見ている心境が伺える。

エドヴァルド・ムンク《自画像、時計とベッドの間》1940-43年 油彩、カンヴァス 149.5×120.5cm  
エドヴァルド・ムンク《自画像、時計とベッドの間》1940-43年 油彩、カンヴァス 149.5×120.5cm

なお、本展ではすでに販売中の「公式ガイド&クリアファイルセット券」のほか、一般の観覧時間後に鑑賞ができる「プレミアムナイト券」をはじめ、「スクリームドームセット券」といった多彩な企画券が販売される予定。また公式展覧会キャラクターの「さけびクン」がSNSなどを通じた情報発信をしていく。

美術に詳しい人でなくても、きっと誰もがその名を知っているだろうエドヴァルド・ムンク。そのムンクの作品がこれだけ多く貸し出されることは、日本とノルウェーの確かな友好関係を示す証ともいえるだろう。

『ムンク展-共鳴する魂の叫び』は2018年10月27日から2019年1月20日まで東京・上野の東京都美術館で開催。ムンクの《叫び》と対面できる時を今から楽しみに待とう。

※章タイトルは変更になる可能性がございます。

※作品はすべてオスロ市立ムンク美術館所蔵 All Photographs (C) Munchmuseet

当記事はSPICEの提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

もっとよむ

注目ニュース

もっとよむ

あなたにおすすめ