障害者の「選択肢」を増やす――放課後デイサービスと就労継続支援B型事業所がもたらすもの


「僕はこの事業を始めるまで、障害を持つ子どもと接したことがなくて」
「前職が東京都庁福祉保健局だったのですが、私もそこに就職するまで、障害がある方は身近にいませんでした」

互いにそう話すのは、放課後デイサービス「あいだっく」を運営する上田宏樹さんと、就労継続支援B型事業所「アプローズ」で障害者によるフラワーアレンジメントサービスを行う光枝茉莉子さん。ともに障害がある子どもや大人を社会につなぐことが事業内容だ……が、ここまで読んですでに「わからない語句がいくつも出てきた」と思われる読者も少なくないだろう。

■障害がある子にも、絵が好きな子もいれば、そうでない子もいる

「放課後デイサービスとは、障害がある子のための“学童保育”のようなところです。学校が終わった子らが過ごす場で、現在は小学1年から高校3年までの約350人が通っています。国の事業としてスタートした2012年に参入したのですが、僕たちはそもそもデザイン会社なので、『子どもたちが自由に絵を描いて過ごせる場を』と考えてスタートしたんです。でも、ちっとも描いてくれなかった(笑)。これは困ったなと思いましたが、彼らを見て初めて、障害がある子にも、絵が好きな子もいれば、そうでない子もいるという当たり前のことに気づけたんです」(上田)

そこで、サッカーができる、遊びながらパソコンを学べるなど、多様な内容を用意していった結果、好評を博し、あいだっくは18年5月時点で、東京、神奈川に計9カ所の事業所を展開するに至っている。

一方、光枝さんが立ち上げた「アプローズ」は就労継続支援B型事業所にあたるが、これは障害があって企業で働くことが難しかったり不安だったりする人たちが、雇用契約を結ばずに働ける施設を指している。

「私は都の職員として働いているときに、障害者の就労支援事業、中でも主にB型事業所を担当していました。そこでの課題は、障害者の工賃アップ。でも行政側からの支援は、運営費や工賃アップを目的とした設備整備に対して補助金を出すなどといったものが中心でした。これでは根本的な課題解決にはならないと感じたので、職を辞して、自分で事業所を立ち上げました。障害者が作り、販売するフラワーアレンジメント商品の売り上げから、彼らに工賃を払うという事業モデルです」(光枝)

アプローズのアレンジメントはインターネット上で販売しているほか、企業や病院からのオーダーを受けて制作されることもある。

「これまでには、首相公邸や議員会館に飾られるアレンジメントを制作したこともあります。働いている障害者のみなさんが自分たちで納品するのですが、納品先で『すごくきれい』『ありがとう』という言葉をかけてもらえると、とてもいい笑顔で事業所に帰ってくるんですよ」(同)

お2人の事業はジャンルこそ違えど、共通している点が少なくない。そのひとつが、これまでになかった“選択肢”を提供していることだろう。

「この事業を始めるにあたって、僕も放課後デイサービスの前身のようなところをいくつか見学しました。だいたいは自治体や、親御さんたちによるNPOが運営していて、学校が終わってから家に帰るまでの間、障害を持つ子を“お預かり”しているといった感じで、子どもたちはマンションの一室でゲームで遊んだり、本を読んだりして過ごしている。でも、障害がない子たちには、放課後の過ごし方にもっといろんな選択肢がありますよね。友達と遊ぶとか、習い事や塾に通うとか。あいだっくでは絵とサッカーとパソコンができるだけなのでまだまだですが、障害がある子にとっても選択肢は多いほうがいい。子どもが何をやりたいかって、実は親御さんも知らないことが多いんですよ。親が『うちの子は音楽、ぜんぜんダメで』と言っていたのに、文化祭と称して音楽イベントを催したところ、その子がノリノリで楽しんでいた、ってこともありました。経験しないと、わからないですよね」(上田)

上田さんによると、まさに“習い事”感覚で、曜日ごとに異なる事業所に通っている子どももいるのだという。

「ただ、サッカーは、始める前に悩みましたね。外でスポーツをさせたいという親御さんの声を聞いていながらも、事業所で友達とじゃれていてかすり傷ができただけでも役所に報告しなければならなかったりと、大変なんですよ。ましてスポーツなんて……と躊躇していました。でも、これも子どもにとっては機会損失ですよね。これから2020年のオリンピックに向けて、きっと日本国民全体がスポーツで盛り上がりを見せる。なのに彼らはスポーツをした経験が少ないから楽しめない……それはおかしい! と考えて、最終的にはサッカーができる事業所を作ろうと決断しました」(同)

「上田さんのお話を伺っていて、選択肢が少ないのは就労支援の現場も同じだと感じました。かつて、“措置”という名目で行政が障害者の通う福祉事業所を決めてしまい、本人たちはそこでの仕事を強いられるという時代がありました。その職場でやりたいことに出会えれば幸運ですが、そうでない場合は働く意欲も体力はあるのに、それを生かせる環境で仕事ができない――ということになります。お花屋さんで働くという選択肢も、彼らにはほとんどなかったんですよね。でも私たちがこうした就業の道を生み出したことで、障害のある方がご自身でネットでアプローズを見つけ、『ぜひ働きたい』と連絡を下さるケースも出てきました」(光枝)

現在は本人の意志と周りの支援があれば民間就職につながる道も確保され始めていて、実際にアプローズを経て就職を果たしたケースがこれまでにいくつもある、と光枝さんは続ける。後編では引き続き、障害者が社会とつながり、働くためには何が必要かを伺う。

(後編へつづく)

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