脳をだますのも一つの手。「ここぞ」という時に“意図して”ピークを作り出す!ーー福永祐一騎手×中村太地棋士対談

父を名騎手に持ち、競馬学校を卒業後、1996年に19歳でデビュー。1999年に桜花賞でG1初制覇、2011年には全国リーディングジョッキーになり、JRA日本中央競馬会初の親子での達成となった福永祐一騎手。4歳で将棋を始め、2000年に奨励会に入り、2006年に4段となって18歳でプロ入り。2017年王座戦で羽生善治竜王を破り、初のタイトル「王座」を獲得した中村太地棋士。「動」の競馬と「静」の将棋。「短時間」の競馬と「長時間」の将棋。対極ともいえる勝負の世界に挑む2人に、勝ちをつかむためのヒントを東京・千駄ヶ谷の「将棋会館」対局室にて聞く。

左:福永騎手 右:中村棋士 2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影 想定していれば、想定外にはならない

――どうしてお二人は騎手、棋士になられたのでしょうか?

福永:父が騎手でしたから、選択肢としてはずっとありましたが決断するきっかけは、武豊さんでした。僕が中学生のとき、華々しい活躍をされていて、憧れました。父が騎手という境遇も似ていましたしね。父の落馬事故のこともあって、母は反対でしたが、最後は折れてくれました。

中村:4歳から将棋を始めたんですが、プロになる気はなくて、趣味でやっていました。小学校低学年で、羽生善治さんが7冠を達成されて、すごいなぁ、とやっぱり憧れたんですよね。高学年になって、全国大会で準優勝をして、もっと強くなりたい、とプロの道を考えました。私も両親は反対でした。なるのも大変だし、なってからも安定していない職業ですから。

 

――真剣勝負のレース中、対局中は、どんなことを考えているのですか?

福永:スタートしてから最初のコーナーまでは、本当にいろんなことを考えています。まわりの動きを見て、自分がいいポジションを取るにはどうすればいいか。馬の能力を出し切るためにはスムーズに誘導することが重要です。それができた上での駆け引きです。

もちろん他の騎手や馬について、様々なデータを事前に頭に入れているのですが、レース中も頭をフル回転させています。大事なことは、身体は動いていても、頭は常に冷静であること。慌ててしまう人や、一生懸命やり過ぎて、常に力が入り過ぎてしまう人は向いていないように思います。

中村:予想外のことがあっても、常に冷静になっていないといけないということですか。

福永:そうですね。頭の中が真っ白になったらダメです。それこそパニックになったら、走っている馬も戸惑ってしまいます。もちろん性格や経験則もありますが、そうならないためにも、常に起こり得ることを想定するようにしています。想定していれば、想定外にならないわけです。

緊張やプレッシャーは必ずしも悪いものではない
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

中村:大一番とか、気合いが入るレースのときは、どう気持ちを鎮めますか。

福永:もし緊張することで、普段の自分が発揮できないのであれば、緊張は邪魔なものになります。その場合はまず、身体的におさめますね。緊張しているときは、横隔膜が上がっている状態なので、まずは身体の状態を緊張していない状態に持っていきます。そのために有効な手段のひとつが深呼吸です。深呼吸することにより横隔膜を下げ、身体の状態を、リラックスさせます。でも、最近は、緊張することが少なくなりました。

中村:あれだけ注目のレースに出られているときもですか。

福永:でも、中村さんも子どもたちと将棋を指しているときは緊張しませんよね。

中村:そうですね。

福永:緊張って、しようと思ってもできないものです。ですから最近は、緊張するとワクワクしてきます。一番人気、二番人気になったり、注目の馬に乗せていただく状況でないとなかなか緊張できないですから。

でも、それは人生で何回も経験できることではないわけですから、その機会を楽しまなくてはもったいないですね。

中村:なるほど、そうなんですか。

福永:僕は緊張やプレッシャーって、必ずしも悪いものだったり、排除しなければならないものではないと思っているんです。ただ、そうではない人もいますよね。緊張感が自分の身体や脳にどんな影響を与えるのか、それを見極めることが重要だと思います。

うまくいったときはどうだったか、どんなときに失敗したか、それを知った上で、緊張感と付き合っていけばいいと考えています。

集中力の“ピーク”は戦略で作り出す
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

中村:将棋の場合は、勝負どころが大事になると思っています。対局が長時間になりますから、ずっと集中していることはできない。ここぞというところで、力を発揮することが大事になります。持ち時間が6時間もあると、最後に疲れて集中が途切れて負けてしまうこともあるんです。

人間の集中力というのは、数分しか持たないと言われています。それをどこで持っていくか。だから、相手が考えているときは、「今日のお昼、何を食べようかなぁ」とか、将棋以外のことをボーッと考えていることも多いです(笑)。

そして、対局で集中できるようにするために、対局までは心穏やかに過ごせることを意識しています。何かハプニングが起こったりするのは嫌ですね。普段と違うことをやらない。

朝ご飯はいつもと同じものを食べて、遅刻しないよう早めに出て、いつも通りコンビニで飲み物を買って。あとは早めに寝ることを心がけています。寝不足は露骨にマイナスに出ます。だから、何日か前から睡眠を整えていきます。

福永:競馬の場合、勝負どころはレースによっていろいろですが、視野の広さと判断力、そこから行動に移すスピードが重要になりますね。ものすごくいい判断をして、いい行動ができるときは、コンディションがいいときです。俗にゾーンに入っていると言われますが、それを自ら作っていく意識も持っています。今日はできるぞ、という状態に自分を持っていくんです。

例えば最近やっているのは、柑橘系のレモングラスなどのアロマをレース前に焚いています。脳は、香りでだまされやすいんだそうです。この香りをかぐと集中力が高まる、と脳に思い込ませておくと、脳が錯覚するわけですね。それで判断力が高まることがあるようです。

王道が必ずしも正解とは限らない
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

中村:しかもレースは相手だけではなく、馬も関わってくるわけですよね。

福永:騎手は馬に乗る技術だけが優れていてもダメなんです。馬の力を発揮させる力も必要になる。走る気にさせないといけないわけです。それも騎手に必要な技術です。単純に叩けば走るわけではありません。叩かれると走らなくなる馬もいますから。

狭いスペースでも割って入る馬もいれば、それにひるむ馬もいる。外を回ったほうがいい馬もいる。そうした個性をいち早く察知できるかどうかも、騎手の優劣につながりますね。

中村:馬のことは自分ではどうしようもないわけですよね。

福永:レースでの馬の様子は調教師には伝えますよ。安定した成績を残すために修正すべき点、距離の長短などその馬にあった適正、といった騎手の見解も伝える。そうした騎手からのコメントも、期待されているんだと思います。

将棋の場合は、相手が決まっているなかで、どのような対策をとられているのですか。

中村:もちろん相手を研究して、シミュレーションもしますが、どのような手でくるかは対局で指してみないとわからないです。なので、まずは自分の力をしっかり発揮することを意識しています。とりあえず90点の手を指し続ける。そしてミスをしない。

将棋の場合は、最もいい手があるはずなんですが、必ずしもそれが相手を追い込むとは限らないんです。有利が一気に不利になったりもする。心理戦もあります。「しまった」という顔をされたので、しめしめと思ったら、それがワナだったとか(笑)。

福永:競馬もありますよ。レース前、「調教師に逃げろと言われたよ」なんて言っていた騎手が、実際にレースでは逆の行動を取ったりして(笑)。

 

自力で壁を破れないなら、人の力を借りればいい
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

中村:準備などは、ずっと同じやり方をされていますか?

福永:いえ、5、6年前、35歳くらいから変えたんです。アメリカでレースに出たとき、アメリカのトップジョッキーが馬や騎手の細かなデータをチェックしていたんです。だから、自分もやってみよう、と。それを始めてから、自分が事前にやりたいと思っていた騎乗が実現できる確率が飛躍的に上がりました。

もうひとつは、コーチを付けたことです。日本人や外国人のトップ騎手の動作解析をしている専門家がいて、彼にコーチになってもらって、馬上での動きを修正していくようになりました。それまで、僕は日本で5位とか6位をずっとウロウロしていて、そこから抜けきれなかったんです。このままでは1位になれないと思いました。

勝てないのは、技術がないからなんです。なんとなく勝てないと思うくらいなら、いないほうがいい世界だと僕は思っていまして。厳しい言い方になってしまいますが、向いていない人、技術のない人がしがみつくべき仕事ではないです。何もこんな命かけてまでやる仕事ではないように思います。

中村:厳しいですね。

福永:勝てない理由が必ずあるんです。それを突き詰めるしかない。いい馬に乗れない、走る馬に頼まれないのも理由がある。それを精査して修正できないと、ずっとそのままです。でも、僕は自力では壁を破れなかった。人の力を、借りるしかないと思ったんです。

ただ、コーチになってもらった動作解析の専門家は、馬に乗れないんですね。そんな人が馬に乗るときはこんなふうに乗るんだ、なんてことを言うわけですから、周囲の騎手たちは誰も耳を貸さなかった。でも、僕は逆に面白くてお願いしたんです。

それで、馬が走りやすい騎手の動きを説明してもらった。これまでは、なんとなく感覚でやっていたものを、理論づけて明確にしてもらったんです。そうしたら、どんどん結果が出て。2年で、僕は日本一になることができました。

今になって、みんなコーチになってほしい、と思っているでしょうが、僕が専属契約を結んでいますので(笑)。

中村:一番先にやることは大事ですよね。

福永:誰もやっていないことをいかに早くやれるか。これは将棋も同じですよね。流行や新しい手も、誰が早く見つけるか、じゃないですか。

中村:そうですね。早く見つけた人が勝ちますよね。それで、みんなが追いついた頃には、またさらに一歩先に行っている。僕はうまくいかないときは、練習方法を変えたりします。AI将棋のフリーソフトがあるんですが、対局をしてみて試行錯誤したり、棋士同士の勉強会に参加したり。

福永:自分のミスで負けるのが、一番尾を引きますよね。僕は寝たらだいたい忘れちゃうんですけど(笑)。失敗はしないにこしたことはないですが、することはある。だったら、次に生かすしかない。次に生かさないと単なる失敗で終わってしまいます。同じ失敗を繰り返さないことは大事。どの世界でも、それは同じでしょう。

顔の見えない人の声に振り回されるのは、あまりにもったいない
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

中村:まわりの声とかは、気にされますか?

福永:自分の近くにいる人の声は聞きますよ。競馬はお金を賭けていただいている人がいるわけですから、厳しい声が飛んでくることもあります。一番人気の馬に乗ったりすると、ヤジもすごい。気にしていた時期もありましたが、今は気にしないようにしています。

40歳を過ぎて、改めて思うのは人生は一度きりだということです。顔の見えない人の声に振り回されるのは、あまりにもったいないと思うようになりました。近くにいる人の声は聞きます。応援してくれる人、支えてくれる人の声は、聞いて行動を改めることもある。

中村:そうでない声には惑わされない、と。

福永:SNSが広がってきてから、昔は出てこなかった人の悪意が、表に出るようになりましたよね。言われるほうは、それは気になるし、気持ち良くない。引っ張られることもある。でも、振り回されていること自体がもったいないと思うんです。

そもそも、そういう人と同じ土俵に立つ意味もない。僕のまわりには充実した人生を送っている人がたくさんいますけど、そんなことをする人はいないですよね。自分の人生をどう生きていて、素晴らしいものにしていくかということだと思っています。

どこまでやるべきことができるか
2018年4月16日将棋会館対局室にて撮影

――勝負に勝つために、どんな取り組みをしておられますか?

福永:勝つための作業はしていますよ。努力という言葉はあまり好きではないです。みんながやっていることですから。その作業が的を射ているうちは勝てると思っています。わからなくなったら、勝てなくなる。競馬は変わってきていますし、トレンドもある。調教技術も上がり馬の走りも変わってきている。それらのことに対応できているうちは勝てると思います。

中村:福永さんは、いろいろなところにアンテナを張られていますよね。

福永:そうですね。香りで脳をだますこともそうですが、いろんなところにヒントはあります。眠れない、という人も香りは有効なんじゃないかと思いますよ。中村さんもおっしゃっていましたが、安眠はかなり重要ですから。

こうした競馬とはまったく関係ない情報は、飛び込んでいかないと取れないですよね。そして手に入れたら、とりあえずやってみます。ダメならやめればいいんですから。コーチだって、みんな取り入れていなかったわけです。でも、やってみたら結果が出た。

中村:今はどんなところにアンテナ張られていますか?

福永:身体に関することですね。いいトレーナー、いいトレーニング。あと興味があるのが脳の状態を良くすることです。すべてを司っているのが脳ですから。脳に関する知識を持っている人と話してみたいです。脳にいい食べ物。脳にとっての休息。質の良い睡眠。

身体を動かして、脳を落ち着かせるのが、騎手の仕事です。脳にいい生活をしたいんです。一方で棋士は、じっとして脳をフル回転させる。逆ですね。

中村:やるべきことをいかにやっていくか、ということが大事だと思っています。6年前と5年前、2年連続でタイトルに挑戦してうまくいかなかったんですが、そこから試行錯誤を重ねました。いろいろやってきたものが、結果として結びついてタイトルにつながったのだと思っています。

将棋の世界では、結果を出している人で、やるべきことをやっていない人はいないと思うんです。本当にトップオブトップを除けば、才能はあまり関係がない。どこまでやるべきことができるか、だと思っています。

福永:勝負の世界にいますが、負けることのほうが多いんです。でも、その負けを、負けのままにしておかないことだと思うんです。どうして負けたのかを明確にしていくことが勝ちにつながっていくのだと思います。

中村:将棋は勝つほど上に行ける世界であり、勝ちはもちろん重要視していますが、そこにこだわり過ぎるとうまくいかないと思っています。なので、将棋を理解し、探求するところに重きを置くようにしています。

実際、負けても「いい将棋ができた」と感じるときもありますし、勝っても「今日の将棋はダメだ」というときもある。いい将棋を指すために、向上心を持って磨いていく。それこそ、子ども将棋大会に出たときの延長のように楽しんで対局する、ということが大事だと思っています。




文:上阪 徹 写真:平山 諭

編集:丸山香奈枝

 



 

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