「なぜ?」高畑監督のお別れ会 ネットが一部ザワついた理由とは

grape

2018/5/17 12:20

2018年5月15日に、東京の三鷹の森ジブリ美術館で行われた、アニメーション映画監督・高畑勲さんのお別れ会。

同年5月16日に放送された『ビビット』(TBS系)では、映画監督の宮崎駿監督を始めとする関係者たちが集い、高畑さんをしのぶ様子を報じました。

「パクさん」と連呼する宮崎監督

番組内で、宮崎監督が涙に声をつまらせながら、お別れのメッセージを読み上げていた時のこと。

高畑さんのことを、たびたび「パクさん」と呼びかける宮崎監督に対し、ネット上では「なぜパクなの?」といった疑問の声が一部上がりました。

「パクさん」という愛称の由来について、宮崎監督は次のように明かしています。

「パクさん」というあだ名のいわれはですね、定かでない分もあるのですが、買ってきたパンを、タイムカードを押してからパクパクと食べて、水道の蛇口からそのまま水を飲んでいたという…。

それで、パクになったというウワサです。
ビビット ーより引用「パクさん」という愛称は、高畑さんが出勤してすぐにパンをパクパクと食べる姿を目にし、周囲がつけたものだったようです。

想像すると、ほほ笑ましい光景ですね。生前の高畑さんが、職場で見せていた意外な一面を知ることができたエピソードでした。

盟友をしのび、涙する宮崎監督

宮崎監督は、メッセージを読み上げる中で、高畑さんとの出会いを振り返ります。

長い間、アニメ界をけん引することになる2人の出会いは、さりげなくも印象的なものでした。

1963年、パクさんが27歳、僕が22歳の時、僕らは初めて出会いました。

その、初めて言葉を交わした日のことを、いまでもよく覚えています。

たそがれ時のバス停で、僕は練馬行きのバスを待っていた。

雨上がりの水たまりの残る通りを、1人の青年が近付いてきた。

穏やかで、賢そうな青年の顔が目の前にあった。

それが、高畑勲こと、パクさんに出会った瞬間だった。

55年前のことなのに、なんではっきり覚えているのだろう。
ビビット ーより引用55年前に出会った日のことを、いまでもはっきりと覚えているという宮崎監督。涙ながらに、高畑さんとの思い出をポツリポツリと口にします。

仕事の同僚として、共にアニメの制作をしながら、時にはぶつかり合い、時には「誇りを持てる仕事をしたい」と、夢中で語り合う夜もあったのだそうです。

番組内で、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫さんは、2人の関係を「師弟でありライバルであり友人だった」と評しています。

さらに、お別れ会で宮崎監督が読み上げたメッセージについて、次のような秘話も明かしています。

あれはね、1か月くらいかけて書いたんですよ。

だからあれを話すときに、もう本当に、もう予行練習やってる時から泣いてるからね。

本番大丈夫かなぁと思ってたら、やっぱり泣いちゃいましたね。
ビビット ーより引用高畑さんをしのび、涙を流す宮崎監督の姿は、たくさんの人の胸を打ちました。

【ネットの声】

・涙があふれた。宮崎監督、さびしいだろうな。

・どうして「パクさん」って呼ばれているのかと思ったら…そんな由来があったのか。

・2人の出会いが、雨上がりのバス停という光景に、トトロを思い出す。

愛情や尊敬の念がこもった「パクさん」という愛称を、何度も口にしながら読み上げた、高畑さんへのメッセージ。

宮崎監督の思いは、高畑さんへ届いたのでしょうか。届いたとしたら…ほほ笑みを浮かべ、うなずいていたかもしれませんね。


[文・構成/grape編集部]

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