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「AVというメディアはもう限界」元SOD創設者・高橋がなりが久々に吠える

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◆今、振り返ると俺はAVの神様に利用されたのかなって

「もう60歳になるからね。世捨て人になろうと思ってるんだ」と柔和な笑みで取材班に語るのは高橋がなり氏。AVの歴史を、そして「エロ」の変遷を語るうえで欠かせない人物である。近年はメディアに登場することのない高橋氏だったが、30周年を迎える週刊SPA!に花を添えるべく、撮影NGを条件に特別に登場してくれた。

テレビ業界でテリー伊藤氏に師事していた高橋氏がAV業界へやってきたのは’94年。翌年にはソフト・オン・デマンド(以下SOD)を設立した。当時のAV業界はビデ倫の審査を受けたレンタル用の作品が中心であり、それ以外の作品はインディーズと呼ばれていた。そこへ、殴り込んできたのが高橋氏率いるSOD。掲げたのは、徹底した「お客様第一主義」だった。

「あの頃はラクでしたよ。お客さんが見たいというものをその通りに作れば売れましたからね」

その後、SODは『全裸オーディション』や『マジックミラー号』など、他メーカーが「売れるはずがない」と見向きもしなかった切り口の作品をヒットさせていく。

「中でも俺の一番の功績は手コキを広めたことかなと。あれは男性がただ気持ちいいだけ。頑張らないでいい。その延長上に、甘えてもいい熟女や、積極的に責めてくれる痴女もいる。でも、うちの作品で男が受け身の作品が5割を超えたときはヤバイと思ったけどね」

今も昔も高橋氏は「女にも、エロにも大して興味はない」と公言する。では、なぜ専門外のAVというジャンルを選んだのか。

「振り返ってみると、俺はAVの神様に利用されたのかな。あの頃、AVはそれまでのレンタルという文化をぶっ壊さないと次に行けなかった。その役目に、たまたま自分が選ばれたんだと思うんですよ。それにはエロの経験値が少ない人間のほうが向いていたからね」

’05年にSODを離れ、農業に転身した高橋氏だが、AVの将来に対しては厳しい見方をしている。

「たぶんもうAVというメディアは限界に来ているんだと思う。今の枠の中では何をやっても飽きられてしまう。新しいハードウエアを作り出さないと、この先はないでしょうね。電話機がスマホになって、みんな通話しなくなっちゃったでしょう? 今のAVは通話しかできない電話機と同じ。もう映像だけじゃ商品価値がないんですよ。そこに何をつければいいのか。それが作り出せれば、次の時代も生き残れる。でも、それはもう次の世代の仕事。今はまだ社長と話をしたりしますが、もう来年には完全に引退しますからね」

業界のシンボルだった男の提言と引退宣言。AV業界に与える影響は決して小さくはないはずだ。<取材・文/「エロを変えた日本人」取材班>

【高橋がなり】(AVプロデューサー)

テレビの制作を経て、’95年にソフト・オン・デマンドを設立。常識を覆すアプローチの作品でAV業界に大きな旋風を巻き起こす。’01年にはテレビ番組『マネーの虎』に出演し話題となる。’05年には代表取締役を辞任、農業を志し、「国立ファーム」を設立

※『週刊SPA!』5/15発売号「エロを変えた日本人30人」より


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