君たちはどう“作るか” 新たなコペル君生む「弁当の日」

OVO

2018/5/10 14:17


 早い、うまい、安い―の三拍子そろった「讃岐うどん」は、香川県民不動のソウルフードとしておなじみ。PR役の県出身俳優・要潤氏の人気もあり「うどん県」として香川の名は全国に轟く。現地で本場の讃岐うどんに舌鼓を打つ観光客は多い。

うどん県の食関連ではさらにもう一つ、全国が注目する取り組みがある。元小学校長・竹下和男さんが2001年に香川県の小学校で始めた食育活動「弁当の日」。保護者の手を借りずに子どもたちが独りで作ったお弁当を学校に持参する取り組みだ。

いたってシンプルな活動だが、お弁当づくりに関するもろもろの経験(食材準備、料理、片付けなど)を通して、子どもたちは「何か」を感じつかんで、成長した姿を見せてくれる。弁当の日を実施した小中学校は2018年4月現在、およそ2000校。学校・PTAらの教育関係者が、弁当の日に大きな手応えを感じていることは間違いない。

では子どもたちが感じつかんだ「何か」とは何か。もちろん子どもたち一人一人が、お弁当を作りながら感じ、つかむものは、それこそ千差万別だろう。

それでも日ごろ食事を作ってくれる保護者への感謝の気持ちを抱いた子は少なくないはずだ。食べる側から“作る側”に回り、その大変さを知って芽生える「ありがとう」の気持ち。この変化は小さいようで実は大きい。いつもの自分の立場〈食べる人〉を離れ、他人の立場〈作る人〉から、ものを考えるようになるからだ。

このような、自分の立場をいったん離れてものを見る大切さが説かれているのが、現在「漫画版」がベストセラーの少年少女向けの人生読本「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著、1937年)。

主人公は中学生のコペル君。“コペル”とはおじさんが付けてくれたあだ名だ。おじさんは、自分中心にものを見たり考えたりすることを「天動説」、逆に自分以外の“ヨソ”からものを見たり考えたりできることを「地動説」にたとえ、天動説に異を唱えて地動説を主張した偉人コペルニクスの名を甥っ子に与えた。

そう名付けたのは、コペル君が銀座のデパート屋上から眼下を走るたくさんの自動車を見て「一人一人の人間はみんな、広い世の中の一分子」と考え、自分中心の視点を脱して、自分自身をこの「広い世の中の一分子」とはっきり認識したからだ。

ものの考え方がガラリと変わることを「コペルニクス的転回」というが、 弁当の日の子どもたちもきっと、この“転回”を大なり小なり果たしているはずだ。

コペル君はさらにこの「人間分子説」を深めて「人間分子の関係、網目(あみめ)の法則」を発見する。赤ちゃんの時に飲んだ粉ミルク(オーストラリア産)の缶を見て、オーストラリアから赤ちゃん時代のコペル君の口に運ばれる粉ミルクの“長い旅”に思いを巡らす。そして牛の世話をする人、乳を絞る人、日本に運ぶ人、日本で売る人など、数え上げたらキリがない大勢の人と仕事が、一つの粉ミルクの缶に詰まっていることを発見する。学校の先生の服も靴もまた同じ。数えきれない人、仕事とつながっている。これらの発見をコペル君は「人間分子の関係、網目の法則」と名付け、おじさんに報告する。

弁当の日の子どもたちが作ったお弁当箱にも、粉ミルクの缶同様に、コメを作る農家や卵焼きの卵を生む鶏の世話をする人、料理に欠かせないフライパンをつくる人、電気ガスを供給する人など―数えきれない人とその仕事が詰まっている。

お弁当を作りながら、額に汗しておコメを作っている農家の人の存在がちょっとでも頭をかすめたら「人間分子の関係、網目の法則」にたどり着くまでもう一息。思慮深い中学生なら、肉団子を手でこねながら、その手に握られるまでの豚肉の“長旅”を豚までたどって、コペル君と同じ法則を見出す子がいてもおかしくない。

おじさんは、将来大人になったコペル君に渡す予定のノートに、コペル君が発見した「人間分子の関係、網目の法則」は、すでに経済学者らが「生産関係」と名付けているものだと記す。さらに岩波文庫版「君たちはどう生きるか」に一文を寄せた戦後を代表する知識人丸山真男氏(故人)は、この法則は「一個の商品のなかに、全生産関係がいわば『封じこめられている』」という『資本論』(マルクス著)の有名な命題と「実質的に同じ」ことを言っていると解説する。

コペル君はごく身近なありふれた事物(眼下を走る自動車、粉ミルクの缶)の観察から、人間と社会の仕組みを見つめる「社会科学的認識」を手に入れたことになる。弁当の日に参加した子どもたちも、コペル君みたいにうまく言葉で表現できないにしろ、以前とは違った形で人間と社会を見る“眼”(社会科学的認識)を獲得しているはずだ。弁当の日が、子どもたちの「生きる力」を育んでいるといわれるのは、このような認識の変化を子どもたちにもたらすからだろう。

人生いかに生きるべきかは、いかに「認識」するかということとつながっている。丸山氏は、このよりよく生きる人生の態度決定と認識の問題はけして切り離せないという「極めて高度な問題」を提起しているからこそ、「君たちは……」を高く評価した。

第2、第3のコペル君を今後も生むだろう「弁当の日」を一般の人に広く紹介する「弁当の日」情報イベントが2018年6月2日午後1時半から、共同通信社14階大会議室(東京都港区東新橋1-7-1、汐留メディアタワー)で開かれる。定員150人(応募多数の場合は先着順)、参加無料。「弁当の日」提唱者の竹下さんらも参加する。料理番組でおなじみの料理研究家土井善晴さんの基調講演(演題「お料理できたら幸せです」)もある。イベント終了後は竹下氏さんら関係者を交えた立食形式の懇親会(参加費2千円、午後5時半から)も用意している。

イベントの参加申し込みは「弁当の日」応援プロジェクトホームページから。メールで申し込む場合は、氏名、お住まいの都道府県、所属先、メールアドレス、懇親会参加の有無を明記し、kki.bentounohi@kyodonews.jpへ。

問い合わせは「弁当の日」応援プロジェクト運営事務局まで。電話03(6252)6031、FAX03(6252)6037、Eメール(kki.bentounohi@kyodonews.jp)で。

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