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昭和にあった商売「カタ屋」とは?

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晴れ着の販売やレンタルなどを手掛ける会社『はれのひ』が、今年の成人式の前日に突然閉店し、成人式用の晴れ着を予約していた多くの客に衣装が届かなかった、という「商売人の風上にも置けない計画的な悪事」が起きたことは、記憶に新しいでしょう。そのニュースを耳にした私はふと、自分が子供のころに体験したある出来事を思い出しました。それは昭和40年代初め、私がまだ幼稚園児のころに出会った『カタ屋』の思い出です。

カタ屋のオヤジはどこからともなくフラッと現れ、近所の神社の境内にムシロを敷いて商売を始めました。

どのような商売かというと、まずレンガのような素焼きのカタと粘土、そして新聞紙で小さく包まれた色の着いた粉の3点セットを集まってきた子どもたちに買わせます。

電車(左)と忍者のカタ

粘土をカタに詰めて剥がすとレリーフ状の絵ができます。そこに粉を振りかけて色を着けます。そして、できたものをオヤジに見せると、オヤジの評価に応じた点数券がもらえます。その点数券を集めるとお金では買えない大きいカタがもらえます。それを繰り返していき、最後に一番大きなカタがもらえるというシステムでした。

カタは動物、乗り物などの他に当時の人気キャラクター、月光仮面や鉄人28号、アトムなどがありました。

『駄菓子屋のおもちゃ』(京都書院)より、ウルトラマンのカタ

私は特大の般若面のカタが欲しくなり、一番小さなカタと色粉をふたつほど買って挑戦しました。しかし、オヤジは一生懸命作った私の作品をろくすっぽ見ずに「これはダメね」と言ってグニャッと握りつぶしてしまいました。オヤジが高い点数券をくれるのは決まって金や銀の高価な粉をたくさんかけたものでした。何のことはない、単にお金をたくさんかけたヤツの点数が高いのです。

次の日、私は負けじと貯金箱からお金を取り出し、勝負につぎ込みました。小さいカタからだんだん大きいカタへ。粘土の量も粉の量も増え、投資額もどんどん膨らんでいきます。3、4日してみんなが一番大きなカタの分だけ点数券がたまるころになると、オヤジは忽然と町から姿を消してしまいました。

「してやられた!」そう思ったときはもう遅く、私の半ズボンのポケットの中には点数券だけが残ったのでした。

私がそのオヤジを見たのはその1回きりです。インチキをしてトンズラしたのですから、同じ場所を訪れるわけにはいきませんからね。彼はそうやって日本全国を旅しながら回っていたのではないでしょうか。

ちょうどそのころに、カタ屋も滅んだのだと思います。私の後の世代には知っている人はほとんどいません。

紙芝居と違ってかなり小さな組織だったようで、目撃談は非常に少なく、謎が多いカタ屋。ネットで調べてみると、カタをちゃんと子供たちに渡し、数週間同じ場所で営業する定住型もあったようです。

しきりに蝉が鳴いていたあの神社での出来事は、すべてが白日夢のようで、今となっては貴重な体験をしたと思っています。

(写真・文/おおこしたかのぶ)


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