『没後50年 藤田嗣治展』報道発表会レポート 質、量、ともに史上最大級! 藤田芸術の神髄に触れる大回顧展

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2018/4/16 17:36


この夏、『没後50年 藤田嗣治展』が上野・東京都美術館で開催される。2018年7月31日の開幕に先駆けて、3月28日に報道発表会が行われた。登壇したのは、東京都美術館館長の真室佳武(まむろ・よしたけ)氏、大原美術館館長の高階秀爾(たかしな・しゅうじ)氏、そしてこの展覧会の監修を手掛ける美術史家の林 洋子氏。3名より語られたこの展覧会の見どころと、藤田嗣治の人柄を紹介する。

質、量ともに史上最大級の大回顧展


藤田嗣治は、エコール・ド・パリの寵児のひとりとしてフランスで活躍した西洋画家。明治の半ばに日本で生まれ、81年の生涯の約半分をフランスで暮らした。晩年(1959年)にはノートルダム寺院でカトリックの洗礼を受け、洗礼名のレオナール・フジタを名乗るようになった。

藤田の没後50年を記念したこの展覧会では、油彩画を中心に藤田の代名詞ともいえる「乳白色の裸婦」10点以上を含む約111点が展示される予定だ。藤田嗣治の展覧会としては質、量ともに史上最大級の大回顧展になることから、真室氏は「藤田芸術の神髄に触れる、またとない機会」と述べた。

東京都美術館館長 真室佳武(まむろ・よしたけ)氏
東京都美術館館長 真室佳武(まむろ・よしたけ)氏

藤田嗣治の人間性とは?


藤田といえば、独特のヘアスタイルに丸眼鏡。個性的な外見から、エキセントリックで気難しい孤高の芸術家タイプを想像する方もいるかもしれない。生前の藤田と交流のあった、大原美術館館長・高階氏は「パリにある画家仲間や美術愛好家、中にはレディーも集うカフェで、いきなり裸になりテーブルで踊る」ようなやんちゃな一面を認めつつも、藤田を「エレガント」で「面倒見がいい」人だったと振り返る。

大原美術館館長 東京大学名誉教授 高階秀爾(たかしな・しゅうじ)氏
大原美術館館長 東京大学名誉教授 高階秀爾(たかしな・しゅうじ)氏

高階氏と藤田の出会いは1956年から57年。藤田がフランス国籍を取得した直後のころだ。高階氏も藤田も、たまたま同じ高等師範学校附属小学校(現・筑波大附属小)の出身だったことが縁となった。

「私がパリに留学をしていた時です。パリの日本大使館に高等師範学校附属小学校出身の参事官がいまして、その方が附属会(同窓会)を開いてくださったのです。そこで藤田さんに初めてお目にかかりました。参事官のお宅に花束をもって現れる。なかなかにエレガントで憧れました」

《自画像》 1929年 東京国立近代美術館蔵 / (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
《自画像》 1929年 東京国立近代美術館蔵 / (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

藤田は面倒見もよかった。第1次世界大戦終戦後にパリで名を上げた後は、直接の知り合いであろうとなかろうと、藤田を頼って渡仏してくる日本人を世話したそう。その中には、東京美術学校西洋画科時代の同級生の漫画家・岡本一平とその妻子もいた。夫妻は当時10代の息子をフランスに残して日本に帰ると、藤田はその息子を世話し続けたという。

その少年が、岡本太郎だ。太郎が1930年代にシュールレアリスムの仲間たちと活躍していた時も、その後ろには藤田の援助があったという。

「(藤田は)面倒見が良く人懐っこい。‟孤高の画家“ではありませんでした」

高階氏は『没後50年 藤田嗣治展』が「世界に散らばった質の良い作品が集まる機会」と期待を込め、「日本と西洋を繋ぎ大いに活躍した、人間的にも優れた藤田の存在をあらためて思い出し、伝えていく機会になることを祈ります」と締めくくった。

大原美術館館長 東京大学名誉教授 高階秀爾(たかしな・しゅうじ)
大原美術館館長 東京大学名誉教授 高階秀爾(たかしな・しゅうじ)

藤田芸術を捉え直す大回顧展


最後に、監修をつとめる美術史家の林氏が登壇した。『没後50年 藤田嗣治展』はオーソドックスに時代を追う形式となるが、藤田の画業を紹介する上で欠かせない節目節目の代表作が集まっていることから、"画集から出てきたような展覧会"になると自信をのぞかせた。ここでは大きく3つのポイントから見どころを紹介する。

『没後50年 藤田嗣治展』監修者・美術史家の林洋子氏
『没後50年 藤田嗣治展』監修者・美術史家の林洋子氏

1.質、量ともに史上最大級の回顧展

過去にも藤田嗣治展の開催はあったが、それらは夫人が所有していたコレクションや、ランス美術館のコレクションをベースに企画・展示された展覧会だった。今回は大回顧展と呼ぶにふさわしく、最新の研究に基づき精選した「作品本位のセレクション」になっているという。
《カフェ》1949年 ポンピドゥー・センター蔵 Photo (C) Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
《カフェ》1949年 ポンピドゥー・センター蔵 Photo (C) Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

2.欧米の美術館からの来日作品

「作品本位のセレクション」の実現を支えたのが、欧米の美術館からの出品だ。パリのポンピドゥー・センター、パリ市立近代美術館、ベルギー王立美術館、ジュネーブのプティ・パレ美術館が藤田の代表作の貸し出しに協力。シカゴ美術館からは《エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像》 が初来日する。

3.10点以上揃う「乳白色の裸婦」

大原美術館の《舞踏会の前》や国立近代美術館《五人の裸婦》に加え、世界からも乳白色の下地により描かれた裸婦が集う。乳白色の下地により描かれた裸婦のうち、最盛期の作品が10点以上そろう機会は次にまたいつ訪れるかわからない。

《タピスリーの裸婦》 1923年 京都国立近代美術館蔵 / (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
《タピスリーの裸婦》 1923年 京都国立近代美術館蔵 / (C) Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

藤田は上野にある東京美術学校(現在の藝大)で学び、一時日本に帰国した際も、東京都美術館で作品展示の機会を重ねた。その意味で「藤田が上野に還ってくる」展覧会だと林氏は言う。

「生前の藤田を直に知る方がいなくなる世代に入っています。藤田を次世代の鑑賞者や研究者につなぐ展覧会にしたい。そして従来は日本とフランスに限られていた藤田の評価をアジアへ、そして将来的には世界へ開いていく展覧会を目指したいです」

パリで愛された日本人画家・藤田嗣治を、再び上野にむかえる大回顧展『没後50年 藤田嗣治展』は、東京都美術館にて2018年7月31日(火)~10月8日(月・祝)までの開催。

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