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"人間国宝"柳家小三治が「総理大臣、いつまでやってんだ」! ネトウヨ落語家・桂春蝶と対照的な姿勢

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 森友文書改ざん、加計問題の首相案件文書発覚で、安倍政権に対する批判の声が日増しに高まっている。

そんななか、少し意外な人物による「総理大臣、いつまでやってんだ」という発言が話題となっている。

その発言の主は、10代目柳家小三治。2014年には人間国宝にも認定された、落語ファンならずとも知っているであろう大御所中の大御所である。

ご紹介した発言が出たのは、先月11日放送『演芸図鑑』(NHK)内で行われた9代目林家正蔵との対談でのこと。

このなかで司会役の正蔵は小三治に「これからの落語界って、どう危惧されてたり、思われてたりなさってますか?」との質問をする。すると、小三治は、いつもの江戸っ子な調子で、「任せるしかないですね。危惧は自分たちが感じるもので、俺たちがいくら危惧してなんか言ったって、言ったってわかるような奴らじゃねえもん。そっちがいま聞いてて『あ、そうか』と思うけど、明日から落語変わるかよ? 変わんねえだろ?」と語った。

若手の噺家になにを言っても仕方がない、あいつらは人の話を聞かないから──ぶっきらぼうに吐き捨てる小三治に正蔵は「そうですか......?」と、困り顔。すると、ここから小三治の話は急展開を見せるのだ。

「それはいまの政府でも同じなんじゃねえの? 総理大臣に言ってくれよ、『いつまでやってんだ』って」

落語の話から突然飛び出した直接的な政権批判に正蔵はさらに困り顔。言いにくそうに「落語の番組なんで。政治の番組ではないので......」と言うと、小三治は少し笑って「あぁ、そう」と答える。

小三治は一応「あぁ、そう」とは言ったが、その直後、また真面目な顔に戻り、さらにこう続けるのだった。

「政治家も落語家も金儲け考えるようになったらおしまいだよ。はい。金儲け考えるようになったらおしまいです」

人(国民)の話に耳を傾けず、考えるのは金のことばかり。公文書改ざんやオトモダチ優遇をめぐってこれだけ国民から異論が噴出しているのにもかかわらず、相変わらず保身に走り続ける姿勢。東日本大震災で浮き彫りになったはずの大切な教訓を一顧だにせず、命より利益追求を優先させて原発再稼働を押し進める姿勢。現在の政権には「おしまい」の要素だらけである。

この小三治と正蔵の対談は、前編が4日放送『演芸図鑑』でも放映されており、それを考えると収録されたのは公文書改ざんなどが発覚する前だが、図らずも完璧なタイミングでの「総理大臣、いつまでやってんだ」発言となった。

落語家といえば、先日、〈この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ〉と「自己責任論」をぶったツイートで三代目桂春蝶が大炎上したのは記憶に新しい。しかも、自分の知識不足やデマが原因で炎上したにもかかわらず、その後も「夕刊フジ」でリベラルを「クレーマー」よばわりするなど、そのへんのネトウヨとまったく同じで、反省する姿勢はまったくない。

その春蝶は『明日ある君へ~知覧特攻物語~』という、鹿児島県知覧基地から飛び立った特攻隊員を描いた創作落語を高座に上げているが、この噺も表向き「戦争の悲劇」を語り継ぐようなポーズをとってはいるが、「特攻」や戦争を美化し、国のために国民が命をなげうつことを称揚するものだ。

まさに、行動パターンがなにからなにまでネトウヨ丸出しで呆れ果てるが、戦争について、その春蝶と真逆のスタンスを表明しているのが、桂歌丸と二代目林家三平だ。

実は落語界には「国策落語」と呼ばれ、第二次世界大戦中、戦争協力を強いられた当時の落語家たちが、軍隊賛美、貯蓄、債券購入、献金奨励などをテーマに入れ込み、「身も心も国に捧げることを是」とする、まるでプロパガンダのような噺をたくさんつくりあげてしまったという苦い過去がある。

桂歌丸はインタビューで戦争の話をするときはしばしば「つまんなかったでしょうね」「お国のためになるような話ばっかりしなきゃなんないでしょ。落語だか修身だかわかんなくなっちゃう」と、落語界がもつ負の歴史として「国策落語」を紹介し、そのうえで、「今、日本は色んなことでもめてるじゃないですか。戦争の『せ』の字もしてもらいたくないですよね。あんな思いなんか二度としたくないし、させたくない」と語っている。(朝日新聞デジタル15年10月19日)

また、二代目林家三平は、祖父・七代目林家正蔵がつくった国策落語「出征祝」を敢えていまの日本で再演することにより、戦中の日本を見つめ直すという取り組みを行っている。これについて彼は「いまの時代は平和でものも自由に言える。これからの社会を考えたいと思う人たちの前で、国策落語はまだまだやってみたいと思っています」とコメントしていた。

桂歌丸と二代目林家三平がこうした発言や行動をしているのは、言うまでもなく、戦時中の国策落語が落語の本質とかけ離れたものだからだ。

落語は本来、庶民がもつ浅はかさや愚かさを肯定するという構造を持ったものだ。落語の登場人物たちは、しょっちゅう仕事をサボっては昼間から酒を飲んでいるし、忍耐を知らずに女・酒・博打に散財して金に困るし、つまらない見栄を張って大失敗したりする。しかし、落語は、そんな与太郎を「面白い」と肯定して、愛する。

そして、一方では、権力や権威が押し付けてくる価値観に対しては、徹底して馬鹿にし、それがいかにうわべだけの無意味なものであるかを暴き出す。

「総理大臣、いつまでやってんだ」と発言した柳家小三治も、「週刊文春」(文藝春秋)11年7月21日号のインタビューで、自らの落語についてこのように語っていた。

「私の高座は決まった落語をやればいいってのじゃなくて、その時その時の世の中を顧みながら、古い落語がいかに現代に生きてるか伝える、そういうアプローチでやってきた」
「落語というものは、ずっと人々の心の底を捉えてきた文化。人の本質、本能を押さえていたからこそ時代が変わっても喜ばれた」

特攻隊を美化する落語をやって悦に入っている桂春蝶がいかに、落語というものを理解していないかがよくわかる。

いや、春蝶だけではない。公文書の改ざん問題をきっかけに安倍政権の支持率が急落していくなか、さすがに各ワイドショーも政権をある程度批判的に扱わざるを得なくなってきているが、それでも長く続いてしまった萎縮の姿勢を容易に変えることはできず、コメンテーターとしてワイドショーに進出している多くの芸人たちのなかで「総理大臣、いつまでやってんだ」とまで言いきれるコメンテーターはいない。

もはや吉本の芸人たちには期待できないが、せめて落語家たちにはどうか、柳家小三治の姿勢を見習ってほしいものである。
(編集部)

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