15歳で直面した内面から出る「美しさ」の追求と表現~元新体操選手・畠山愛理

マイロハス

2018/4/15 18:30

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SPORTSカテゴリーでは、「元アスリートの意識改革」をお届けします。結果を出してきたアスリートが、現役時代を振り返り意識が変わったターニングポイントは何だったのか? 引退したいま、その意識はどう変化したのか。

vol.7でお話を伺うのはオリンピック日本代表としても活躍した元新体操の畠山愛理さん。いわゆる「エリート」ではなかったと謙遜する彼女ですが、中学生の頃から日本代表入りした背景には、数々の試練があったそうです。その時どう乗り越え、どのように意識が変わったのでしょうか。

* * *

畠山愛理の言葉


「新体操は表現をする上で、技術だけではなく、感性を磨くことも大切だと学びました。引退したいまも、自然に“美しさ”をイメージしながら取り組んでいます」

内面の美しさを表現しなさい!

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――新体操は6歳から始められたと聞きました。2016年のリオ五輪後に引退するまで、いくつものターニングポイントがあったのではないかと思います。

畠山:新体操に対する見方がガラッと変わったのは、中学3年で日本代表に選ばれた時でした。それまでは、新体操も他のスポーツと同じだと思っていたんです。試合に出たらミスをしないように気をつけて、高い点数が出たらいいなって。でも、中学3年の時にフェアリージャパン(日本代表チームの愛称)のオーディションに合格して、すぐにロシアの合宿に行って……。

――ロシア合宿への出発は、合格発表からわずか3日後だったとお聞きしました。

畠山:はい。1ヶ月おきぐらいには帰国しますが単純計算で1年の半年はロシアでの生活になりました。日本代表がロシア合宿をスタートし始めたのもこの年からです。私の場合、それまでは学校もあるので、平日の練習時間は長くても3時間。それが、代表に入った3日後にはロシアに行って、1日8時間から10時間の練習をすることになりました。

先生はロシアの方だし、言葉はまったくわからないし、最初は一緒に行くメンバーのこともほとんど知らないという状況でした。当時はスマホもないので、家族との連絡も簡単には取れなくて。だから、最初の頃はずっと泣いていました。練習がつらいわけじゃなく、大きすぎる変化を、自分の中で消化しきれなかったんです。

ロシア人コーチのインナ(・ビストロヴァ)先生からは「表現すること」についてすごく厳しく言われました。ミスを気にするのではなく、「見ている人たちに感動を伝えられる演技をしなさい」と。たとえば、私生活でも美しいものを見て「キレイだな」と思うことが演技につながるとか、恋愛をすることが演技につながるとか。
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――それによって、新体操に対する見方が変わったんですね。

畠山:変わりました。新体操は、スポーツだけれど芸術スポーツだなんて、それまでまったく考えたことがなかったのでびっくりしました。もちろん、技術でしかつくれない美しさもあると思うんです。でも、ロシアの先生は、それと同じくらい人間の内面から出る美しさも演技につながるとおっしゃっていて。

だからこそ普段の行動や言葉づかいがとても大切で、演技になれば音楽があって、レオタードを着て、メイクもする。そういうものをすべて含めた美しさが、演技の美しさを生むという考え方だったんです。それは、日本では教わったことのないものでした。

――でも、当時中学3年生だったことを考えると、いきなりロシアに行って、外国人の先生から「もっと内面の美しさを表現しなさい!」と言われても……。

畠山:ですよね。最初はすごく戸惑いました。

日本では、汗をかくから練習ではメイクをしないことが当たり前だったし、恋愛なんて、日本の考え方であれば「集中できなくなってしまう」と言われることのほうが多いと思うんです。一緒に行ったメンバーは私を含めて7人いたんですが、当然、彼氏がいる人なんてひとりもいませんでした。そのことに対して、先生は「どうして!?」と本気で驚いていて。それがすごく印象に残っています。

先生の言うことをすぐに理解して、行動に移せた人はいなかったと思います。最初はみんな戸惑っていたし、むしろ疑問に思うことのほうが多かったんです。ただ、練習が終わって、すごくキレイなサンクト・ペテルブルクの街を歩くだけで、ものすごくリフレッシュできることに気づきました。そうすると、次の練習に気持ち良く入れる。そういうことが、本当に少しずつわかっていく感じでした。

「美しさ」の意味を考え始めた。

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――そうやって少しずつ、日頃の生活から、「美しい」という言葉を意識するようになったんですね。

畠山:はい。練習以外の時間の過ごし方が、いかに大切かということもわかってきました。それから「恋愛しなさい」という言葉の意味も。

女性の場合、「恋をするとキレイになる」とよく言われますよね。新体操では曲によって女性らしい色っぽい演技をする事もあります。それを 表現するためには、恋愛をしている女性ならではの美しさが問われると思うんです。だから、恋愛をしたことがなければ、それだけで表現できないこともある。

先生に言われたからといってすぐに恋愛するわけもないですが、先生が語る「美しさ」の意味を考え始めたことで少しずつ理解できるようになりました

――恋愛に対する考え方はすごくおもしろいですね。確かに日本では、トップレベルになるほど“邪魔なもの”と考える人のほうが多い気がします。

畠山:私自身、「日本代表に入ったら恋愛なんてできないだろうな」と思っていました。そもそも練習だけでもものすごく大変だし、学校にも行けなかったので、男の子と接する機会もなくて。だから、ロシアの先生に「恋愛しなさい!」と言われた時は「え!?」と。
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――いずれにしても、日本とは練習環境も、新体操に対する考え方も大きく違った。

畠山:最初はかなり動揺しました。先生の教え方にも違いがあって、たとえば、何かを伝える時には身体全体で表現するんです。外国人の方はみなさんそうですけど、当時はそういうことも知らなかったので、大きな身振り手振りで「どうしてわからないの!」と怒られると萎縮してしまうところもありました。

でも、それがただ怒っているだけじゃなく、愛情表現でもあることに気づくんです。インナ先生は私たちのことを「私の可愛い子たち」と紹介して下さるくらい、本当に自分の子のように接してくれました。練習がきつくても愛をもって指導して下さるインナ先生だからこそがんばることができました。

――ある意味、15歳にしてそれまでとはまったく別の世界に放り込まれた感覚ですよね。当時は大変だったかもしれませんが、成長は早かったのでは?

畠山:あとになって振り返ると、日本にいたら甘えられるものがたくさんあったんだなと思います。つらいことがあればすぐにお母さんに電話できるし、友だちとも遊べる。

でも、ロシアでは新体操以外にできることもなかったので、だからこそ、成長のスピードも速かったです。特にフェアリージャパンに入って最初の1、2年はものすごいスピードで成長している実感がありました。

でも、ロシアでは新体操以外にできることもなかったので、だからこそ、成長のスピードも速かったです。特にフェアリージャパンに入って最初の1、2年はものすごいスピードで成長している実感がありました。

――ところで、フェアリージャパンの1期生は、畠山さんを含む7選手で構成されていました。年齢はバラバラですよね?

畠山:大学1年生が2人、高校1年生が2人、私を含めた中学3年生が3人というメンバーで、みんなオーディションで選ばれました。

フェアリージャパンは長期的な強化を視野に入れていたので、その時点での単純な力だけで選ばれたわけじゃないんです。団体戦に臨む上では身長や体重、足の長さや手の長さが揃っていることも大切で、それだけじゃなく、協調性や自主性も評価の対象になります。自分の目標を大声で言うとか、そういう時間もありました。
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畠山:私自身、審査対象が技術だけだったらフェアリージャパンのメンバーに入れなかったと思います。全日本ジュニアでは種目別で2位になることができましたけど、総合では8位でしたし。

小さい頃から新体操の基礎練習をちゃんとやってきた方ではなかったので、最初は本当に大変でした。このレベルで代表に入っていたらヤバい、きっと「どうしてあの子が?」と思う人もいたと思うんですけど、そんな自分がイヤなのもあってとにかくたくさん練習しました

――メンバーは7人。新体操の団体は5人で行われますよね?

畠山:そうなんです。だから、当然、メンバーの中でポジションを争うことになりますよね。私は1種目だけメンバーに入れなくて、それが悔しかったんです。その時から、一気に気持ちが切り替わりました。小さい頃から「演技を見てもらいたい」という思いが強かったし、負けず嫌いだったのでどうしてもレギュラーで踊りたくて、必死に練習しました。

たぶん、こう見えて気持ちは強いほうだと思います。技術は1番じゃなくても、レギュラーとして踊りたい、負けたくないという気持ちはすごく強かったです。

現役時代から、ずっと考えてきた。

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――「美しさ」の追求においては、どんなアプローチをしたのでしょう。

畠山:インナ先生がサンクトペテルブルクのいろんなところに連れてってくれました。エルミタージュ美術館やライトアップされた夜景を楽しむ船に乗せてくれたり、クラシックバレエなど。

とにかく綺麗なものをたくさん見せてくれました。もちろん、そのたびに「すごいなあ」「かっこいいな」「綺麗だな」と感動しますよね。そういう感情が、少しずつ自分たちの演技に反映されていくことが実感できるようになるんです。

やっぱり、感じる力がないと、それを表現することはできないんだと思います。ある曲に対して、それをどういうふうに表現するかは、その曲の感情的な部分をイメージできなきゃいけない。

たとえば、それが恋の物語だったら、やっぱり表現する私たちも恋をした事がなければわからないこともあるんだなって。それに気づけただけでも、すごく大きかったと思います。

――表現することの本質だとは思いますが、10代で完璧に理解するのは大変だったのではないかと思います。

畠山:かなりあとになってから理解できたこともありましたし、いまだから理解できることもあります。当時は必死だったから、ほとんど感覚的なものでしかなかった気がして。でも、自分でも気づかないうちに、インナ先生にいろいろなことを教えてもらって、フェアリージャパンの一員として活動して、内面は大きく変わったと思います。

私の場合、15歳の頃は自分の“内面”なんて何もわからなかったですから。美しさについて考えたことなんてなかったし、とにかく「がんばる! 以上!」という感じで(笑)。

その私が、いまでは普段から人間の内面的な「 美しさ」について考えるようになって、それがクセになってしまっているところもあるんです。それって、すごく大きな変化ですよね。

――引退後のお仕事にも活かされているのでは?

畠山:はい。現役時代は、「美しさとは何か」についてインナ先生からたくさん教えてもらいましたし、私自身も演技をする上で自分なりにずっと考えてきました。

引退してからは本当にいろいろなお仕事をさせてもらっているのですが、キャスターやモデルのように、言葉や表情、ポージングや仕草で表現するお仕事にも挑戦させてもらっていて、やっぱり表現するお仕事をする上ではかなり活きていると思います。

お仕事によって求められるものは違いますけど、現役時代からずっと「美しさ」について考えてきたから、自然とその場で求められる美しさについてイメージを膨らませられる。そういう意味では、現役時代の私のまま、ムリに考えようとすることなくその場に立てるというか。それって、本当にインナ先生のおかげだと思います。

使命は「伝えること」と「広めること」

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――そういう意味では、活躍の場が一気に広がったことで、新体操界のアイコンとしての責任感も増しているのでは?

畠山:私なんてまだまだです。でも、メディアに出るお仕事をさせてもらっている以上、私のせいで新体操のイメージが崩れてしまうのはイヤだなという思いはありますし、少しでも新体操の魅力を伝えられたらいいなとも思っていて……。

あ、「イメージ」で思い出しました!

――お! ど、どうしました?(笑)

畠山:話が変わっちゃうんですけど(笑)、私、イメージトレーニングがものすごくて。試合前は、いつも必ずイメージトレーニングをしていました。ベッドに入って、横になりながらずっと。

ただ、あまりに集中して力を入れるから、次の日朝起きると口の中が血豆ができちゃったりして。世界選手権やオリンピックのような大きな大会では、いつもそんな感じでした。

――本番に対する意識の高さは、引退後のお仕事を拝見しても伝わってきます。やっぱり、そういう部分って、やっぱりものすごく負けず嫌いであることに由来しているのでは?

畠山:そうなんですかね……。試合の前日はいつもほとんど眠れなくて。夜10時にベッドに入って、気づいたら朝。ホントに8時間くらいイメージトレーニングをして、本番を迎えるという感じでした。やっぱり、チャンスは1回だから、その1回ですべてを出し切るために必死だったんだと思います。
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――フェアリージャパンの一員として、2012年ロンドン大会、2016年リオデジャネイロ大会と2度のオリンピック出場を果たしました。負けず嫌いの畠山さんは、これから先、どんな野望を抱いていますか?

畠山:私は引退しましたけど、いまがんばっている選手たちの活躍がすごくうれしいし、ものすごい刺激をもらっています。私もがんばらなきゃ、負けたくないって。場所は違うけど、自分も同じくらい活躍したいなと素直に思うんです。

私はいま、メディアに出るお仕事をたくさんさせてもらっています。現役の選手たちから「愛理ちゃんが出ることで新体操を知ってもらえてうれしい」と言ってもらえることはすごく励みになります。

私自身、もっとたくさんの人に新体操のことを知ってもらいたい。いまはそれが自分に与えられた使命かなと思っています。新体操を伝えること、広めることはもちろんですが、引退してからずっとやりたかったリポーターというお仕事もやらせていただいて恵まれていると思います。まだまだ力不足ですが、2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツの魅力や選手の活躍を伝えていきたいです。引退したいまでも、現役の頃と同じように目標をしっかりもってがんばります!

畠山愛理

6歳から新体操を始め、2009年12月、中学3年生の時に日本代表であるフェアリージャパンオーディションに合格し、初めて新体操日本ナショナル選抜団体チーム入りを果たす。2012年、17歳で自身初となるロンドン五輪に団体で出場し、7位入賞に貢献。2015年の世界新体操選手権では、団体種目別リボンで日本にとって40年ぶりとなる銅メダルを獲得。2016年のリオデジャネイロ五輪にも団体で出場し、8位入賞。リオデジャネイロ五輪終了後に現役引退を発表する。現在は新体操の指導、講演、メディア出演などで活躍中。またこれまでの経験を活かし、イベントなどでダンスを踊ることも。新体操の魅力を伝えるため、日々奮闘中。NHK『サンデースポーツ』レギュラー、BS-JAPAN『30分ワンカット紀行』レギュラー

写真/千葉 格 文/細江克弥 協力/バイロンベイコーヒーカンパニー日本橋店

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