【制服向上委員会 前リーダー・野見山杏里インタビュー1】“アイドルに向いてない”少女がセンターで歌ったり街頭演説するまでに

GirlsNews

2018/4/14 13:56


アイドルグループ・制服向上委員会のリーダー・野見山杏里さんが今月1日のラストライブをもってグループから卒業、ファンに惜しまれながらステージを後にした。2013年、高校1年生の時にグループに加入し、2016年9月には11代目リーダーに就任した野見山さん。今回卒業を決断するに至った経緯や制服向上委員会への思いを明かした。

--約4年半の活動、お疲れ様でした!

「ありがとうございます!」

--ラストライブでは歌の表現力がすばらしく、パフォーマンスも可愛く、20歳になったとはいえ、まだまだ制服姿で現役として活動できると思いましたが、そんな中あえて卒業を決断したいきさつを教えてください。

「はい、私は高校1年生の時にグループに入って最初の契約が3年間だったので、もともとはそれが終わったところで卒業するつもりだったんです。それがおととし9月の『生誕祭』の時期でした」

--当時のリーダーの清水花梨さんが卒業し、会長の小川杏奈さんも退任されたイベントでしたね。

「はい。ですが、その生誕祭の3日くらい前に、花梨さんの次のリーダーに私が指名されたんです。もう断るに断れない状態で(笑)。実際にリーダーになってからもすぐに辞めるのは無責任だなと思って。また、その頃はメンバーが次々と辞めていくタイミングだったこともあったのと、あとはもちろん『制服向上委員会が大好き』という気持ちもあって、契約を更新して続けさせてもらうことにしました。ただ大学生活が忙しくなり始めたタイミングだったので、大学と両立できる範囲でという形にしていただきました」

--そして約1年半リーダーを務め上げて今回の卒業となりました。

「リーダーになって1年になろうとした去年の夏に、春には大学3年になって学業がだいぶ忙しくなるので卒業を考え始めました。家政系の大学で、3年からは講義内でグループでものを作ることも始まるので、私が制服向上委員会を優先してその講義から抜けると学校の仲間に迷惑をかけることもあって。制服向上委員会をこれ以上続けて、籍は置いているのにライブやイベントに全然来られない状態になるとファンのみなさんにも申し訳ないと思って、卒業させていただくことを決意しました」

--これまでも学業との両立には苦心していたようですが、いよいよ待ったなしということですね。

「はい。また、メンバーが今はRAYが一人という状態ですが、私がいることで甘えちゃわないかなということもあって。言ったことしかやらないとか自分で調べないとか、困ったらいつでも私に聞ける状態なのもRAYの成長にならないかなという思いもありました。以前9代目リーダーの小川杏奈さんもインタビューでもそのようなことをおっしゃっていて、その当時はわからなかったんですけど、いざ自分が卒業を考えるようになるとよく理解できるようになりました」

--ただ杏奈さんの時には、リーダーが辞めても即戦力の後輩がたくさんいたけど、今は、歌もダンスもまだまだこれからという若手のRAYさんのみということで、「自分がいることで甘えてしまう」以前の問題のような…。

「そうですね。そういう点では考えました。グループが存続できるかどうかという瀬戸際の状態だから、去年の夏くらいまでは『辞める』ということを口にしていいのか、そもそも辞めるという選択肢はあるのか、という疑問がありました。グループのことを心配する気持ちはもちろんある一方で、自分が取り組んでいる勉強をしっかりとやりたいという気持ちもあるので、長いスパンで考えると自分の人生のほうを優先させてもらわざるを得ないと思い、今回の選択になりました。最初は何もできないところから育ててくれたグループから、こんな状態の時に抜けてもいいのかという思いはやっぱりありました」

■本当はリーダーになるのが嫌で泣いていた

--1年半前にリーダーになった当初はかなり緊張感があったようですが、最後にはすっかり立派な11代目となっていましたね。

「でも、私、リーダーっていう柄じゃないんです。人をまとめるということがあまりうまくなくて、リーダーの補佐的な立場のほうが向いているんですよ」

--じゃあ、最初にリーダーの打診を受けた時にはどんな気持ちだった?

「当時の生誕祭の記事で『感激で嬉し泣きをした』ように書いてくださいましたが、今だから言いますけど、本当はリーダーになりたくなくて、それで泣いていたんです(笑)。私がメンバーとして見てきたリーダーは小川杏奈さん(9代目)と清水花梨さん(10代目)なんですが、お二人ともすごくリーダーシップがあって、MCも歌もダンスもできる、すごい人たちだったから、そんな人たちの後にリーダーになっていいものかと。嫌というより『私がリーダーなんかやったらダメでしょ』という思いが強かったです」

--でも志して入ったグループのメンバーとして頑張ってきて、いつかは自分もリーダーに!という思いはなかった?

「それはあまりなくて。もともと入る時も結構軽い気持ちだったんです」

--もともとはどういうきっかけでメンバーになったんですか?

「私は最初アイドルジャパンレコード(制服向上委員会の所属事務所)とお付き合いのある他の事務所に所属していたのですが、その流れで東日本大震災の被災者を制服向上委員会が訪問するというボランティア活動に参加し、その後レッスンにも参加して後に正式にメンバーになったんです」

--特にアイドルを目指していたり、オーディションを受けて入ったわけではなかった?

「はい、私はアイドルという柄じゃないと思っていたし、どちらかといえば演技には関心があったんですよ。でもそういうきっかけであっても、契約期間はしっかり務めようと思いました。そういう責任感は大事だということは親からも厳しく言われてきたので」

--そういう面は、ステージでの振る舞いで垣間見れることもありました。制服向上委員会のライブでは歌の合間に昭和のアイドルのようなコールが起こることもありますが、その時にはものすごく照れていましたよね。

「恥ずかしいんです(笑)。アイドルを目指す子って多くの人から人気を得たいと思う子が多いと思うんですよ。私はそういうことには興味がなくて、嫌いとか興味ないと思われなければそれでいいやと。ちょっとでもよかったよと思ってもらえればそれで幸せという人間なので。記憶の中に少しでも私のことが残っていれば、それほどありがたいことはありません」

--ファンの人から声援を浴びる状況から離れることに悔いはない?

「私が今勉強していることも、人に作品を届けるという形になるので、今度はその作品を介していいと思ってもらえたらそれで幸せだと感じます。

アイドルって容姿も大事だと思うんですけど、私はどちらかといえば、自分の歌とか声とか、そういうものを評価してくれるほうが嬉しかった。幅広く多くの人から愛されたいという志向もあまりないんです。友達でも、たとえ二人にでも自分の作品がいいなとか、私のことが好きだなと思ってくれたらいいと思うんです。そういうことから考えると、アイドルというのはあまり向いていないのかなとも思います(笑)。

人気を獲得するために自分を作ったりするのもできなかった。作った自分を好いてもらうのってなんだか悲しいなと思うので、それなら少しでいいから、素のままの自分を好きでいてくれる友達や、いいと思ってきれるお客さんがいてくれるほうがいいと思います」

--そういう飾らないところが杏里さんの魅力だと思います。ただ加入前は、それまで同年代の友達としか接しなかったと思いますが、お客さんは自分よりかなり年上の方が多いし、最初は素の自分を出すのも苦労したのかもしれません。

「そこは大丈夫でした。私はマンションの管理人のおじちゃんと2時間くらい平気で立ち話しちゃうような子でしたから。だからお客さんに馴染むのはすごく楽だったかもしれないです。逆に同年代のファンが多いグループのほうが苦労したかもしれません。政治や社会問題の話題も話せるグループということもよかったとも思います。ニュースも家で見てたりしてたので」

--制服向上委員会はライブ活動以外に、政治集会にゲスト参加したり社会的な活動が多いのも特徴ですが、そういう点でも向いていたのかもしれません。

「はい、最初は政治を扱う歌を歌うことは少しびっくりしましたけど、私はもともとどちらかといえば制服向上委員会で歌う曲寄りの考え方だったし、『まぁいいかな』と、そんなに抵抗なく歌えました」

--政治集会で意見を言う機会も多かったですよね。

「政治集会ってあるのは知っていましたけど、10代の女の子が一人では行きにくいですよね、ああいう現場には。日本だと行くこと自体があまりよくないことという風潮があって、イメージがつきやすい感じがしちゃって。最近だと森友学園の問題で国会の前でデモをされたり、そういう映像がニュースで取り上げられたりするので、怖い印象があると思うんです」

--ちょっと暴力的に見えるのかも。

「親御さんや子供にそういうものを見せたくないと思う人もいると思うし、そう考えると厳しいかなと」

--特にリーダーになってからは、自分がマイクを握って話す機会も増えました。

「先輩がメインで話して、ふってくれたことに対して自分の考えを言うというのはそんなに苦ではなかったんですけど、リーダーになって自分の意見を言ってから他のメンバーにもふるというのは、あまり話すのが得意でない子もいるので、そこは大変でしたね」

--集会でメンバーでのクロストークはまだしも、新宿駅前などで杏里さん自身が街頭演説するような機会もありました。今思えばまだ10代だった女の子にとってはすごい経験でした。

「あれは個人的にはちょっと…。喋ることが嫌なんじゃなくて、恥ずかしいというのとも違うけど、新宿駅だと学校の友達も通るし、仲がいい子の中にも違う考えの子がいるので、それを見た時の友達の反応がどうなるかわからない。活動をやっていることを恥じているわけではないんですけど…」

--杏里さんが制服向上委員会の活動をしていることを友達は知っていたの?

「知っている子と知らない子がいて、もし聞かれたら、『アイドルグループで歌ったり踊ったりMCしたりしてるよ』と言っていたんですけど。高校生の頃、私の活動を、同じクラスの人や学校の人同士が繋がってるようなSNSのアカウントで拡散されちゃったみたいで、マンモス高校だったので一気に知れ渡っちゃて。さすがにこの時は学校に行くのが怖かったですね」

--ちょっとした騒動に?

「はい、私高校では目立たないように生きていたので、それだけで目立つから嫌じゃないですか。あんまり学校生活の中では波風を立てたくなかったので」

--そんな杏里さんが反・安倍政権や脱・原発について街頭で演説をしているって…。

「自分の意見を発信することにそんなにためらいはなかったんですけど、それより、いろんな考えの人たちが世の中にいるのは当然だと思って。演説をする多くの人は、自分の意見を発信して強く同意を求めている人が多いと思うんですよ。『そう思いますよね!』『そうすべきですよね!』という風に。そういう形で同意を求める言葉を使うのがあまり好きじゃないんです。自分と違うと意見の人がいるのが当然の世の中なのに、それを違う意見の人もいる場で使っていいのかという葛藤はありました。集会だと若干の違いはあっても同じ傾向の考え方の人が集まるわけですけど、原発にしても憲法9条の問題にしても。だから『そう思いますよね!』というのはアリなんですよ。でも街頭演説だと違うのかなと思いました。自分が聞く立場なら、なぜこの人はそんなに強硬に同意を求めるんだろうと思っちゃうなって」

--確かに。

「すごく仲がいい友達がいるんですけど、その人は真逆の考えなんですよ。『原発も自衛隊も必要』というような。でもお互いの考えを強要しないから仲良くできている。その子は私がグループで活動していることも知っているし、その活動内容には賛同しないけど、私個人のことを嫌うわけではない。そういうふうになれればいいのになと思います。人間的に好きだけど、考えが違うというのは絶対あるから」

--リーダーとしてそういうバランス感はいいことだと思います。グループとしてのメッセージを強く主張するのは大事だけど、それ以外の考えを持っている人は受け付けないという空気が出てしまうと、新しいメンバーになる候補の子が怖くて近寄れないというイメージになってしまうと思います。

「私みたいに『まあ、なるようになる』というくらいの子ではないと、入って来にくいと思いますよね、今の感じだと。活動をすることで友人関係にひびが入ることもなきにしもあらずなので」

--グループの主張を世にアピールすることと、外から見えるイメージとのバランスも、今後メンバーが増やすのに大事なのかもしれませんね。

(リーダーとしての試行錯誤、悪戦苦闘を明かしたインタビューPart2に続く)

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