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ブーイングを覚悟していた! ノア・清宮海斗、大変貌の真相――小橋建太の青春おすそわけ#21<清宮海斗vol.1>

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2017年12月22日、遠征先のカナダから帰国した清宮海斗が後楽園ホールのリングに姿を現すと、会場は静まりかえった。風貌がまるで別人だったからだ。茶髪のスタイリッシュな髪型、一回り大きくなった肉体……。しかし変わったのは見た目だけではなかった。翌1月、拳王が持つGHCヘビー級のベルトに挑戦。そこで繰り出された新技の数々に、ノアの明るい未来を見出したファンも多いだろう。

小橋建太もまた、プロレスリング・ノアOBとして彼に大きな期待を寄せている。小橋はいまの清宮をどう見ているのか? 清宮が今後、歩むべき道とは――?

――カナダから帰国した清宮選手を見て、小橋さんはどう思われましたか。

小橋建太(以下、小橋):まず髪型が変わったよね。思わず、行く前の写真と帰ってきたときの写真を比較してTwitterにアップしちゃったよ。いまのほうが全然いい。

清宮海斗(以下、清宮):ありがとうございます! 自分の中で、大きく変化して帰国したいというのがありまして。力をつけるというのはもちろんなんですけど、見た目も変わって、新しい気持ちでまたスタートしたいと思ったんです。

小橋:すごくいいイメージチェンジだと思う。女性ファンも増えただろうし。

清宮:いえいえ(笑)。ブーイングもあるかなと思ったんですけど、すごく応援していただいたので、そこは変わらないでいてくれてよかったなと思いました。

小橋:どうしてブーイングがあると思ったの?

清宮:僕が後楽園に入ったとき、拳王さんがチャンピオンになった瞬間で会場が盛り上がっていたので、僕からしたらアウェイな感じだったんです。僕が入ったとき、お客さんが静かになってちょっと怖かったんですよ。

小橋:違うよ、変わり過ぎてだれだか分からなかったんだよ。けど、それを声援に変えるくらいインパクトがあったんだから、よかった。

――体つきや闘い方の変化はいかがですか?

小橋:カナダに行く前、「とにかくプロレスに集中しろ」という話はしたんだよね。それを守って、カナダで確実に邁進したんじゃないかな。思っていたより、帰ってきてからの飛躍が大きい。体つきとかパワーとか、成長しているなと思う。

清宮:ありがとうございます。力がついたというのは、自分でも思います。ヘビーの選手と闘っても、タックルで打ち負けなくなったり。相手を持ち上げるのにもいままで厳しかったのが、一気に持ち上がるようになったり。試合中に実感することは多いですね。

小橋:いま、何kg?

清宮:ちょうど100kgくらいです。カナダにいるときは105kgくらいまでいったんですけど、試合中に呼吸が荒くなってしまって。これだと自分が思った動きができないなと思って、少し絞りました。

小橋:そういうもんだよ。一気に増やして、落ちて、また増やして、落ちて。それでちょっとずつ、自分の適正体重が分かってくる。実戦でやってみないことには、なかなか掴めない。

清宮:ドロップキックを自分の中で大事に使っているので、その技がキレイに決まらなくなると、あまり自分の体をコントロールできていないんだなと思います。

――ドロップキックを大事にしている理由は?

清宮:デビューする前に丸藤(正道)さんに練習を見ていただいてたんですけど、「いいドロップキックをしているから、大切にしたほうがいいよ」と言ってくださって。それから大事にするようになりました。

小橋:プロレスの代表的な技の一つだから、それを高めていくというのはすごくいいと思う。ドロップキックって、いろんなところで注目されるじゃない? ドロップキックと言えば、「あいつのほうがすごい」「いや、こいつのほうがすごい」ってファン同士が闘うくらいの存在になってほしいと思う。昔はそうだったんだよ。ファンのみんなが闘っていた。

清宮:いまはそういうのはあまりないですよね。

小橋:昔は緊張感があったんだよね。ファンも選手も。プロレス大賞の授賞式に行くと、他団体の選手同士は口も利かないもんね。会社の社員同士も口を利かない。無駄口を叩くんじゃねえっていう雰囲気。

清宮:いまは他団体の選手とも仲がいいと思います。

小橋:昔はファンのみんなも、「全日本のほうが上」「いや、新日本のほうがすごい」って闘ってたし、選手同士もそういう意識がないと言ったらウソになる。そういう緊張感があったから、ファンのみんなも熱くなれたんだと思う。清宮にはファンの思いを背負う選手になってほしいよ。ノアの中でもだれだれ派というのが昔はあったんだよ。三沢派、川田派、小橋派とか。田上派は……。

清宮:いたと思いますよ(笑)。

小橋:ファン同士が殺伐というか、そういった部分もこれから大事になってくるんじゃないかな。そのほうがプロレスを真剣に見てくれるから。そうは言っても、時代というのは読めないけどね。でもこのまま清宮がプロレスを邁進していけば、トップを取るだろうと思うよ。

――丸藤選手も「清宮は3年以内にトップを取るだろう」とおっしゃっています。

小橋:“だろう”だよ。怪我でダメになるかもしれないし、女性問題でダメになるかもしれない。

清宮:それはないです(笑)。

小橋:俺は全日本で三冠チャンピオンになって、「これからは俺の時代だ」と思った矢先にノアを旗揚げすることになって。ノアに移籍したら今度は足の手術をして、その間に開幕戦で(秋山)準がバーンといっちゃった。旗揚げの年末に準に勝って、「よし、これからいくぞ」と思ったら、翌日から足が動かない。プロレスの神様に「お前はいらないんだ」と言われたのかなと思ったよ。

そのあと膝の手術をやって、復帰戦でまた靱帯を部分断裂して、そこからまた半年間休むわけ。「小橋は終わった」って言われて、苦しかった。けど、そこから復帰してチャンピオンになったんだよ。清宮もこれからそういうことがあるかもしれないけど、自分さえ諦めなかったらやっていけると思う。

――清宮選手はいまのところ、諦めそうになったり、壁にぶつかったりしたことは?

清宮:いまのところはないです。まだ壁ばかりで、毎日この壁を壊せるかという段階だと思います。小橋さんのようにチャンピオンになったり、背負うものが大きくなったりしたときにいろいろあるかもしれないですけど、いまは挑戦するだけですね。

小橋:21歳のときは俺もそうだったよ。前しか見ていなかった。いまは前に進むしかない。清宮はポジション的に重要なところにいるからね。

――「再生」を掲げているノアにとって、清宮選手はキーパーソンですよね。

小橋:いまのフレッシュさに加えて、これからは重厚さとか輝きとか、いろんなものをまとわなければいけなくなってくる。その過程をファンのみんなは見られるわけだよ。清宮と一緒に上がっていける。俺のファンになってくれた人たちも、「小橋と一緒に駆け上がった」と言ってくれる人が多いんだよね。俺は会社の強いプッシュがあったわけでもないし、実績があったわけでもない。ファンのみんなの応援があったから、一緒に駆け上がっていけたんだと思う。そういう応援を、清宮にも大事にしていってほしい。

清宮:僕はまだ21歳という年齢なので、ファンのみなさんと一緒に大きく成長していきたいなと思います。

※次回公開のVol.2に続く

【PROFILE】

●清宮海斗(きよみや・かいと)

プロレスリング・ノア所属。’96年7月17日、埼玉県さいたま市生まれ。幼少期にテレビで見た三沢光晴に憧れ、プロレスラーを目指す。高校卒業後すぐ、プロレスリング・ノアに入門。2015年12月9日、ディファ有明大会にてデビュー。2017年6月、海外遠征のためカナダへ出発。同年12月22日、後楽園ホール大会で凱旋帰国。GHCヘビー級王座挑戦を表明し、翌1月6日、チャンピオン・拳王と熱戦を繰り広げた。敗北したものの、その後次々とノアのトップレスラーたちとシングルマッチを行い、期待が集まっている。Twitter:@noah_kiyomiya ノアHP:www.noah.co.jp

●小橋建太(こばし・けんた)

(株)Fortune KK代表取締役。’67年3月27日、京都府福知山市生まれ。’87年6月、全日本プロレスに入団。“プロレス四天王”と呼ばれるレスラーの一人。2000年6月、プロレスリング・ノアに移籍。’03年3月、GHCヘビー級王座獲得。13度の防衛に成功し、“絶対王者”と呼ばれる。’06年6月、腎臓がんが発覚するが、2007年12月、奇跡のプロレス復帰を果たす。’13年5月11日、引退。現在はチャリティーや講演会など、幅広い活動を続けている。Twitter:@FortuneKK0327

構成/尾崎ムギ子 撮影/橋本勝美

【尾崎ムギ子】

尾崎ムギ子/ライター、編集者。リクルート、編集プロダクションを経て、フリー。2015年1月、“飯伏幸太vsヨシヒコ戦”の動画をきっかけにプロレスにのめり込む。初代タイガーマスクこと佐山サトルを応援する「佐山女子会(@sayama_joshi)」発起人。Twitter:@ozaki_mugiko


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