最新ニュース、芸能、ネットの話題をまとめ読み

 

学生アパート 再開できず…支えは“子供”との交流 熊本地震発生から2年

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 死者50人、関連死を含め260人以上が犠牲になった熊本地震は14日、発生から2年を迎えた。復興が進む一方で、東海大の学生3人が亡くなった南阿蘇村のアパート街は静まり返ったまま。全面復旧は絶望的だが、寮母だった竹原伊都子(いつこ)さん(57)は、村の再生を願い懸命に生きている。

緑のアパート「新栄荘」は、阿蘇大橋をのみ込んだ土砂崩れの傷痕が今も生々しい山肌を背に立っている。大橋までは約100メートル。学生が消え、多くのアパートが解体された南阿蘇村黒川地区。約750人の住んだ学生アパート街のにぎわいがうそのように静かだ。

 寮母の伊都子さんは今、新栄荘に夫満博さん(57)と暮らす。向かいにあった自宅は地震で全壊した。

 地震後に阿蘇キャンパスは閉鎖され、約30キロ離れた熊本キャンパス(熊本市)で講義を再開。学生たちは、道路も鉄道も分断された村を離れざるを得なかった。阿蘇では今月から一部の授業を再開するが、大学側は「以前のように村に学生が住むと想定していない」と発表している。

 20歳で嫁ぎ、35年務めた“学生の母”。朝晩の食事を作り、毎月ミーティングを開いた食堂では「いろんな話をしました。彼女の話、母親の話、バイトの話。どんな時代も子供たちの悩みは同じでした」。学生を叱ることもあった。ヘルメットをかぶらず原動機付き自転車に乗る学生がいると、引き戸を開けて「こらー!」と伊都子さんの声が響いた。

 夫の祖父が始め、40年以上続いたという新栄荘。家賃4万4000円の4畳一間、24室を巣立った学生は約800人。「毎年、卒業していく子を見送るのは寂しかったけどね。こんな形でさよならなんて。残念すぎます」

 せめて構内に断層がなければ…せめて阿蘇大橋が落ちなければ…。学生が村に戻る“もしも”が頭をぐるぐる回る。だが、それが現実的でないとの結論に至り肩を落とす。

 そんな時、元気をくれるのは学生たち。定期的に来てくれるといい、2020年には盛大なOB会を行う予定だ。「東京五輪の年だし、東京でやろうと冗談半分で話しました。でも“やっぱり新栄荘がいい”と言ってくれて。うれしいですね」と頬を緩ませた。

 学生の笑い声が響いた食堂で今、復興工事の作業員に食事を提供している。被災経験を伝える語り部活動も始めた。「ここでしっかり生きていかなくてはいけない」。学生たちが“第二の故郷”を訪れた時、元気な村と母でいたい。その思いが伊都子さんを支えている。

Yomerumoをフォローする

Yomerumoから人気記事をお知らせします!

Twitter

ライフ最新記事

記事一覧

注目ニュース

> もっと見る


掲載情報の著作権はニュース提供元企業等またはGMOアドマーケティング株式会社に帰属します。記事の無断転用を禁じます。
すべての人にインターネット
関連サービス