人間国宝・片岡仁左衛門の一世一代「四月大歌舞伎『通し狂言 絵本合法衢』」観劇レポート

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2018/4/13 18:00


「一世一代」という言葉は、一般的に「一生に一度(のつもりの決意)」のニュアンスで使われるが、歌舞伎においては、歌舞伎俳優がある役(当り役)の演じ納めるときを意味している。

“顔よし、声よし、姿よし”の人間国宝 十五代目片岡仁左衛門が、今まさに一世一代の役で、歌舞伎座の舞台に立っている。

2018年4月2日(月)に東京・歌舞伎座で開幕した「歌舞伎座百三十年 四月大歌舞伎」。昼の部『裏表先代萩』では尾上菊五郎が、妖術使いのヒール・仁木弾正(にっきだんじょう)と町人・小助の2役を演じる。夜の部『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』では仁左衛門が、武士の左枝大学之助(さえだ・だいがくのすけ)と町人の立場の太平次(たてばのたへいじ)の2役を演じる。ここでは夜の部『絵本合法衢』をレポートする。

※以下、ネタバレを含みます。

悪の華が咲き乱れる『通し狂言 絵本合法衢』


鶴屋南北作『通し狂言 絵本合法衢』(補綴・演出:奈河彰輔、監修:片岡仁左衛門)は、1810年(文化7年)に初演された作品で、大悪党への仇討ちを描く物語。

見どころのひとつは、武士の大学之助と町人の太平次が「瓜二つ」という設定で、同じ俳優が2役を演じる演出。「片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候」と銘打たれているのも、この2役だ。

序幕は、近江の国・多賀城の裏手にある水門口のシーンから。多賀家の分家の当主・大学之助(仁左衛門)は、本家乗っ取りを企み、部下に指示して多賀家に伝わる宝の「霊亀の香炉」を手に入れる。

物陰から登場した大学之助は、笠を目深にかぶり表情はみえない。しかし、迷うそぶりもなくまず早々に一人斬り捨てる。通りがかった家老・高橋瀬左衛門(坂東彌十郎)が死体を発見すれば、大学之助はいったん花道の七三まで逃げ隠れるものの、そこから瀬左衛門めがけて小刀を投げる。

『絵本合法衢』右から左枝大学之助=片岡仁左衛門、高橋瀬左衛門=坂東彌十郎
『絵本合法衢』右から左枝大学之助=片岡仁左衛門、高橋瀬左衛門=坂東彌十郎

ハリウッド映画であれば、大ボスは直接は手を汚さないイメージがあるけれど、これは歌舞伎。率先して刀を振り下ろす。その一太刀、一太刀が美しい。

瀬左衛門は事なきを得るが、ここで一度、舞台の幕がひかれる。花道に大学之助が残る。たったひとりスポットライトを浴びる中、大学之助は笠に手をかけ、ゆっくり顔をあらわし、場内にぐるりと目をやる。ようやく顔をみせた仁左衛門に、大向うの掛け声と大きな拍手で場内が沸く。

もう1役、太平次もまた酷悪非道な男。愛人にも妻にも調子良く、仁左衛門が演じるからこその愛嬌もあり、頭を隠して尻を隠さない姿をさらす間抜けなところもある。しかし、自分のために一肌脱いだ愛人をあっさり殺して井戸に捨てたり、お金のためなら監禁・殺人もいとわなかったり。大学之助と比べれば人間味のあるキャラクターに思える分、残酷なシーンのギャップにぞっとさせられる。

仁左衛門はどちらの役においても、睨む以上に、無表情や笑みから凄みを滲ませていた。

個性際立つキャラクターたち


ここまで恐ろしさばかりを強調してきたが、上演中はたびたび笑いが起きていたことも事実。仁左衛門はほんのわずかな間のとり方で、惨劇の合間にも笑いを生み、共演者たちも個性際立つキャラクターで「悪の華」の世界観に彩りを添える。

たとえば孝太郎が演じる道具屋の娘・お亀。<序幕 第二場>で大学之助に見染められたときの、一途さゆえの強気の受け答えは可愛らしく可笑しくもあった。台詞のないシーンでも、お亀のちょっとしたリアクションが場を和ませていた。

うんざりお松(時蔵)も大活躍だ。結婚歴16回。身持ちの悪さから家を勘当され、四条河原の見世物小屋で「蛇遣い」を生業としている。陰鬱にもなりかねないお松を、時蔵が華のある演技で美しくユーモラスに仕上げる。

お松が、大好きな太平次と一緒になりたいがために乗り込んだ道具屋には、後家おりよ(萬次郎)。第一声のトーンからして、手ごわそうな女主人。曲者のお松と、おりよとお亀が、コミカルなやりとりを展開する。

彌十郎は、恵まれた体型と安定した演技で物語を支える。瀬左衛門と弥十郎を演じるが、兄弟なので外見はほぼ同じ。兄・瀬左衛門が殺された直後、入れ替わるようにして弟・弥十郎が登場した時は、早替えに対してというよりも、「見た目、一緒!?」の笑いと拍手が起きていた。

錦之助は、道具屋の養子・与兵衛。お亀の許嫁で、舞台にいると観る側の心も華やぐ上品な二枚目だが、本作では相手が悪すぎてハッピーエンドの予感がまったくしてこない!その儚い印象が、悪人2人の影を深めるのに一役かっていた。ちなみに錦之助は昼の部で、真山青果作『西郷と勝』の勝麟太郎(勝海舟)役、『裏表先代萩』の細川勝元役も務めている。

『絵本合法衢』右からうんざりお松=中村時蔵、立場の太平次=片岡仁左衛門
『絵本合法衢』右からうんざりお松=中村時蔵、立場の太平次=片岡仁左衛門

極悪人が美しくかっこいい歌舞伎の魅力


ペットの鷹を殺した子どもが手討ちにされたり、美男美女が串刺しにされたりと、ストレートプレイならば、後味悪い作品にもなりかねない。冷静に考えれば思わずツッコミを入れたくなる展開もある。しかし、歌舞伎の様式にハマり、当代きっての名優・片岡仁左衛門が演じるからこそエンターテインメントになる。

刀を交えるシーンでは、キレのある立廻りが超一流の型の美しさとともに披露された。一世一代と言わず、5年、10年、まだまだこの役をこなせるのではとさえ思ってしまう。しかし仁左衛門は今、74歳。2役出ずっぱりで一度幕が開けば25日間の連続興行。他にも演ずべき役が多々あるからこそ、名残惜しさはもちつつも『四月大歌舞伎』で大きな拍手を贈りたい。

陰惨な殺しの場から、色気と華やかさが立ちのぼる。これが"悪の華"の匂いかと、ゾクゾクしながら楽しんでほしい。「歌舞伎座百三十年 四月大歌舞伎」『通し狂言 絵本合法衢』は4月26日(木)までの上演。

取材・文=塚田史香

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