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天才テリー伊藤対談「小林克也」(2)英語が喋れちゃうと儲かるんだね

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テリー 克也さんといえばラジオDJのイメージが強いですけれど、実際のデビューは29歳と、そんなに早くはないんですよね。

小林 そうですね。ワーナーとパイオニアが合併して「ワーナー・パイオニア」という新しいレコード会社を作ることになって、そこに大学時代に同じクラスだったヤツがいて、そいつの紹介で、主にワーナー・パイオニアの新譜をかける番組をラジオ関東でやらせてもらうことになったのが最初です。

テリー それまでは何をしていたんですか?

小林 まず大学1年の時に「通訳兼案内業」という試験に受かって、アルバイトで外国人観光客のガイドをしていたんです。当時は通訳が不足していましたから、旅行シーズンになるとドドッと依頼が来て、1日で家庭教師1カ月分ぐらいの稼ぎがあったんです。当時3万円ぐらいだったかなァ。

テリー えっ、本当ですか!? その頃ってアパートの家賃が1畳1000円って言われてた時代ですよね。大金じゃないですか。

小林 そうなんですよ。だから就職する気に全然ならなくて(笑)。そうしたら、ある時、芸能関係の事務所に勤めていた人に「お前、英語がしゃべれるんだったら話がある」と、ナイトクラブの司会を頼まれたんです。当時、力道山が刺された赤坂の「ニュー・ラテン・クォーター」とかデヴィ夫人がいた「コパカバーナ」とか、いろいろな店があって、ビッグナイトにはポール・アンカ、レイ・チャールズみたいな、来日したスターのショーが入っていたりしましたからね。

テリー すごい! そうそうたる顔ぶれじゃないですか。

小林 でしょう。だから最初は「俺、そんなのできないよ」って断ったんですけど、「いや、外国人相手にガイドやっているんだから、仕事は同じだ」「とにかくレギュラーで司会をやってる人が日曜は休みたいって言ってるから、とりあえず、その日だけやってくれ」って言われたんです。しかも一晩で5000円のギャラをくれると。

テリー いいなァ。英語ができると、そんなに儲かるんだ(笑)。

小林 そこまで言われたのと、もともと音楽業界に近いところで働きたい気持ちもあったので、「じゃあ、やってみます」と始めたんですね。それが大学4年で、26歳ぐらいの時だったかな。本当だったら、もうとっくに卒業してなきゃいけない年齢なんだけど、僕はダラダラいて、結局は中退しちゃうんだけど(笑)。

テリー まぁ、それだけ稼げているんだから、いいですよね。

小林 ええ、そうなんですよ(笑)。だから、言ってしまうと大学時代に始めたアルバイトが、そのまま今につながってるんです。

テリー 確かに言われてみれば、昔はライブに司会がいるのって、わりと普通でしたよね。ビートルズの武道館公演もE・H・エリックさんがやっていたし。ライブも観られるし、おいしい仕事じゃないですか。

小林 でも、意外とそれも大変なんですよ。僕も一度、ベンチャーズの公演の司会を務めたことがあるんですけれど、出るなり「帰れ」コールがすごかったんですよ。いきなり知らない人間が出てきて話し始めるから「誰だ、お前は? 早く引っ込め」って感じでね(笑)。当時のベンチャーズ人気ってすごかったですから。

テリー ハハハ、ファンにしてみれば、司会はお邪魔虫なんですね。

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