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【今週はこれを読め! エンタメ編】人生最高の自由の一日『マザリング・サンデー』

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 戦争の爪痕がいまだ残るイギリス。メイドと上流階級の若者の恋。許されぬ関係ゆえに高まる官能。どれひとつとして自分と近しいものはない。それなのになぜ、この束縛と解放の物語に心を引かれてしまうのか。

表題の『マザリング・サンデー』とは、使用人たちに与えられる一年に一度の休暇、すなわち「母を訪なう日曜」という「すたれかかった風習」のことである。主人公のジェーン・フェアチャイルドはニヴン家のメイド。孤児だったジェーンには、マザリング・サンデーに帰る家がない。お屋敷に留まって本を読んでいてもよいか、雇い主の二ヴンにうかがいを立てようと計画していたところに1本の電話がかかってくる...。

1924年3月30日、6月のような春の日、ジェーンはシェリンガム家へと自転車を走らせた。兄たちが戦死したためたったひとりのシェリンガム家の息子となったポールに会うため。この場合の「会う」とは、情事のことを指す。ポールには婚約者であるホブデイ家の娘・エマがいて、2週間後に結婚することが決まっている。しかし、ポールは「正面玄関から」来るように言った。どこの家でも正面玄関から入れとは言われたことのないメイドに向かって。

使用人たちが一斉に家を空けるこの日、ホブデイ夫妻・シェリンガム夫妻そして二ヴン夫妻は、メイドや料理番たちが戻って来る夕方まで3家族揃って昼食会をする予定だった。ゆえに、弁護士になるための勉強をするという口実で家に残ったポールと、彼の家に初めて足を踏み入れるジェーンの姿を見る者は誰もいない。彼らの逢瀬は、ポールがエマと会うという午後1時半の約束のために家を出るまで。そして、それはシェリンガム家の坊っちゃんと二ヴン家の使用人の7年間にわたった関係の終わりでもある。

上流階級の子息と召使いの情事を描いた物語はいくらもあるし、実際にそういう間柄だった男女はもっとたくさんいただろう。この小説が他と一線を画しているのは、この後に起こる事件と主人公のその後の人生によるものと思う。また、ジェーン本人の利発さ(この時代、読み書きができない使用人も多かっただろう)と向上心(読書好きという形で描写される)も魅力を放っている。今よりももっと制約が多く、生まれついた階級によって進むべき人生が決められていた時代において、自分の信じるところに従って生きたジェーンの姿には、現代人である我々こそが勇気づけられるに違いない。この春の日に自転車をこぐジェーンが感じたような「自由」を我々は得ているだろうか? 「この日は国じゅうでメイドや料理番、子守りに「自由」が与えられたわけだけど、そのうちの一人だって--いや、ポール・シェリンガムだって--わたしくらいすっかり枷を外されてはいなかっただろう」と感じる瞬間が、我々に訪れることがあるだろうか?

自分が90歳まで生きたとして、人生のどの日のことをいちばんはっきり思い出すだろう? 結婚した日? 息子たちが生まれた日? ジェーンにとっては、それが1924年のマザリング・サンデーだった。生涯を通じて色褪せることのない思い。決して公にはできない秘め事だったけれども、そこには確かに愛情が存在していたのだと思いたい。だからこそ、道ならぬ関係が描かれているにもかかわらず、この物語に不潔さはなくむしろ崇高さすら感じられる。そう、ポールは確かに「正面玄関」から来るようジェーンに言ったのだ。まるで彼女が丁重に扱われるべき相手であるかのように。

著者のグレアム・スウィフトは、『ウォーターランド』(新潮クレスト・ブックス)でガーディアン小説賞、『最後の注文』(同)でブッカー賞を受賞するなど、数々の文学賞を得ている。10作目の小説である本書では、「最良の想像的文学作品」に与えられるホーソーンデン賞を受賞したとのこと。中編といってもいい長さであるが、この小説は鮮烈な印象を読者に与えるだろう。

(松井ゆかり)

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