東京五輪ボランティア条件に「ブラック」「やりがい搾取」と批判殺到! 過労死も出した東京五輪"滅私奉公"体質

リテラ


 招致裏金問題、新国立競技場見直し、招致時は7000億円だったのにいつのまにか3兆円にも膨れあがった費用......問題だらけの東京オリンピックだが、またとんでもない実態が明らかになり物議をかもしている。

3月28日に、東京都と2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が大会におけるボランティア募集要項案を発表したのだが、その内容があまりにブラックで大炎上しているのだ。

東京オリンピックに際して募集されるボランティアは、大会の運営に直接関係する大会ボランティアと、交通案内や観光案内などを行う都市ボランティアの二つに大別される。前者は8万人、後者は3万人、合計11万人のボランティアが必要だと試算されている。これは、12年ロンドン大会における7万人を上回る数字で、過去最大のものだという。

このうち、大会ボランティアのほうが特にひどく、「やりがい搾取」の典型例のような募集要項になっているのだ。

まず運営側は、02年4月1日より前に生まれた人、合計10日以上活動でき、指定するすべての研修に参加できることを大会ボランティアの応募条件としている。

10日プラス研修という拘束時間だけでも無償の域を超えているが、他の条件がこれまたひどい。1日の仕事時間は8時間もあり、1日1回を原則とする飲食は支給されるが、交通手段や宿泊場所は各自が手配し、費用も自己負担となっている。

これだけでも噴飯ものなのだが、組織委員会はさらに条件を突きつける。「積極的に応募していただきたい方」として、競技の基本的知識がある人、英語やその他言語のスキルを生かしたい人、スポーツボランティア経験をはじめとするボランティア経験がある人といったものが挙げられている。

ボランティア人員の募集にしてはずいぶんと条件が厳しいように思えるが、それもそのはず。仕事の内容を確認すると、タダ働きとは思えないほど知識や技能が必要な仕事が含まれているのだ。

いわゆるボランティアの仕事で頭に思い浮かぶであろう、会場での道案内やチケット確認作業のほかにも、空港や会場での海外要人の接遇、関係者が会場間を移動する際の車の運転、選手がメディアからインタビューを受ける際の外国語でのコミュニケーションの補助、ドーピング検査のサポート、大会を記録するための写真や動画の編集サポートといったものが含まれている。これは、タダ働き人員で補うレベルの仕事ではなく、プロの通訳やドライバーを雇って割り振るべき仕事だろう。

しかも、まだ問題はある。組織委員会は競技会場外での道案内などの仕事で中学生・高校生向けの募集枠を設ける方針であり、このことについては「教育的価値が高く、スポーツボランティアの裾野を広げる観点から有意義な取り組みだ」(18年3月28日付日本経済新聞)としているが、運用次第では内申点や推薦を人質にした半強制のものとなる可能性も指摘されており、危惧される点は多い。

さらに絶望的なのは、このように「オリンピックのため」というお題目のもとに、自己犠牲と滅私奉公を強い、その一方で対価はまともに払わない動きは、なにも今回に限ったことではないということだ。

昨年7月、組織委員会は選手村内の施設を作るための木材を「無償」で提供する自治体を全国から公募する旨を明らかにした。「木材を全国から募ることで大会機運の醸成につなげ、コスト削減と大会の記憶が残る取り組みにしていきたい」と説明しているが、オリンピックのため潤沢な予算が投じられているはずなのに、なぜ「無償」で木材をかき集めようとするのか。そして、なぜそれが「大会機運の醸成」につながるのか。一般的な感覚では理解に苦しむ。

このように、オリンピックのために滅私奉公を強いる構造は、人命をも軽く扱う。

昨年、新国立競技場の工事現場で管理業務に従事していた男性が自殺したのは過重労働が原因の精神疾患であるとして労災が認定された。工期の遅れを取り戻すために長時間の労働を余儀なくされており、200時間近い時間外労働を強いられていたのだ。

本当に痛ましい事件だが、こういった出来事を教訓とせぬまま、この国はオリンピックのための搾取を続けている。

2019年度から始まる残業時間の上限規制により、原則として全業種で残業を年間720時間、繁忙月は特例で100時間未満までとなる働き方改革がなされるが、しかし、運輸と建設に関しては、この上限規制に猶予期間が設けられる予定なのだ。その理由もオリンピックだ。

日本経済新聞の報道によれば、労働時間の単純な短縮は五輪関連などの工期に影響しかねないとして、日本建設業連合会が国土交通省に時間外労働の上限規制の建設業への適用に猶予期間を設け、東京五輪以降に段階的に導入するよう要請したという。

本末転倒だろう。たかだか数週間の体育祭のために、なぜ国民の健康や命が削られなくてはならないのだろうか。まともな労働時間で間に合わないのなら、人手や人件費を増やしたり、工事計画のほうを修正するのが本来だろう。そもそも工事の遅れを生み出したのは、組織委員会の失態だ。そのツケをなぜ労働者が死んでまで払わされなくてはならないのか。だいたい、誰かが死ぬほど働かないと間に合わないような競技場なら、間に合わなくていいし、そもそもオリンピックなど開かなくていい。

「オリンピックのため」というスローガンのもとあり得ない無理が通ってしまったのは共謀罪も同じだ。「五輪のためのテロ対策」という大義名分のもと、安倍政権が希代の悪法である共謀罪を成立させたのは記憶に新しい。安倍首相自身、衆院本会議で「国内法を整備し、条約を締結できなければ東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と強弁した。

そもそも、共謀罪を成立させなければ国際的組織犯罪防止(TOC)条約に加盟できない、TOC条約を締結できなければ五輪は開けない、という論法自体、日弁連はもとよりTOC条約の世界的権威からもインチキを指摘されている大ウソなのだが、仮に本当だとしても、オリンピックが本当に国民の人権を制限しなければならなければ開催できないような代物なら、さっさと開催を返上するべきだ。

東京オリンピックの開会式および閉会式の基本プランを作成する「4式典総合プランニングチーム」のメンバーのひとりである椎名林檎は昨年7月24付朝日新聞のインタビューで「国民全員が組織員会。そう考えるのが、和を重んじる日本らしいし」「国内全メディア、全企業が、今の日本のために仲良く取り組んでくださることを切に祈っています」などと述べた。この発言は大炎上したが、戦時中の「一億火の玉」を思い起こさせるようなこれらの言葉は、東京オリンピック運営側の態度を象徴するものであろう。

そもそも、根本的な話になるが、オリンピックとはなんのために開かれるイベントなのか。

「オリンピック憲章」にある「オリンピズムの根本原則」には〈オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである〉とある。つまり、スポーツを通じた国際的な文化交流を通じ、より平和で、より豊かな世界を築くためのものであるはずだ。

いまのところ、東京オリンピックの準備にあたって私たちの社会にもたらされているものは、大会開催を大義名分につくられた強権的な監視社会であり、金儲けのための人命軽視である。

元マラソン選手でバルセロナ、アトランタ五輪のメダリストである有森裕子氏だ。昨年6月に放送された『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)にゲスト出演した彼女は、オリンピックのためならどんな無理を押し通すことも許されるような現状をこのように嘆いている。

「いまのオリンピックの考え方とか、ことの進め方は、ある時点から、もちろん招致のときからあったのですが、あまりにも"オリンピックだからいいだろう""だからいいだろう""だからこう決めるんだよ"とあまりに横柄で。なぜこうまで偉そうになっちゃうんだろう。社会とずれる感覚を打ち立てて物事を進めている。横柄だし、雑だし傲慢」

日本のマスコミやネトウヨ層は、平昌冬季オリンピックの運営について喜々として揚げ足取りしていたが、このままでは、2年後の夏に壮大なブーメランとなって返ってくることは必定だろう。
(編集部)

当記事はリテラの提供記事です。

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