pollyが「今までよりも自分らしい」1stフルアルバムリリースと東名阪ツアー開催を発表

SPICE

2018/3/14 22:00


pollyが1stアルバム『Clean Clean Clean』が5月9日に発売、このリリースにともない、5~6月に大阪、名古屋、東京でゲストバンドを招いたリリースツアーを開催する

会場限定シングル2枚をのぞくと、約2年ぶりとなる流通盤となる今作は、バンド初となる12曲入りのフルアルバムとなっており、これまでのバンドのパブリックイメージを良い意味で払拭する作品に仕上がっているとのこと。また、元CONDOR44、現44th musicの石田千加子がコーラスで3曲参加(M1,8,9)しているほか、ジャケットのアートワークはUCARY VALENTINEが担当している。

また、SoundCloudでは、1ヶ月限定でアルバム『Clean Clean Clean』に収録「Wednesday」「知らない」「バースデイ」の3曲をフルサイズ試聴が可能となっているので、リリース前に一聴してみては。

なお、小野島大氏によるライナーノーツも公開されているのでチェックしておこう。
繊細で、深く、壊れそうに透明なアルバムである。アーティストの表現の意思が混じりけなく結晶化したような、そんな美しい作品だ。そこには一切の企みも打算も下心もない。アルバム・タイトルの『Clean Clean Clean』は「さして意味はないんです。ただアルバムが完成したらこのワードが浮かんできて、どうしてもタイトルにしたくなった」と越雲龍馬(vo/g)は言うが、現在25歳という彼とそのバンドだからこそ作り得た、純粋で清潔な、まさにタイトル通りの作品だと思うのだ。自分の思い描く理想の音楽を、思い通りに音像化し作品とすることができた。やりたいことをやりきった爽快感がある。今の日本のシーンで、このアルバムをきっちり作りきったのはとても意義がある。
pollyの結成6年目にして初のフル・アルバム『Clean Clean Clean』。すべての楽曲を書き、歌う越雲は言う。
「今までの作品はーーダメだったわけではないんですけどーー不完全燃焼感がどこかにあって。インプットしたものをアウトプットしきれていない。でも今作はちゃんとやりたいことが明確で、こういう作品にしたいというのが、作る前からはっきりしていた」
その「やりたいこと」とは、越雲が好んで聴いてきた海外のドリープ・ポップやシューゲイズ、ポスト・パンクといった音楽を自分なりのフィルターを通し、日本語で歌う、というもの。同世代の日本のバンドが自分にとっては面白いものがなく、それらのバンドと自分たちが一緒くたにされてしまうのが気に入らない。なのでそうしたバンドとは一線を画すような、自分が本当に面白いと思うものだけを、自分自身が興奮したり高揚するものだけを作りたかった、という。
音楽/作品を構成する要素は楽曲、アレンジ、歌唱、演奏、録音など、いくつもある。そのすべてが合致してこそ「いい曲」「いい音楽」「いい作品」となる。今回pollyが特に重視したのはサウンド面だった。
「ギターの音色とかドラムのエフェクトとかヴォーカル・エフェクトとか。今回はそこを徹底的にやりました。浮遊感が漂う、温度感が低いものをやりたかった。抽象的に言うと<冷たい作品>にしたかったんです。音像が冷たい作品」
「冷たい音像」を作るために、さまざまな資料を当たり、ミュージシャンのインタビューなどを参考にしてサウンド面の工夫を凝らした。
「今作は今までと違って、すごいオーバーダビングをしたんです。ギターを、アンプを10台ぐらい一気に鳴らして壁っぽくしたり、リバーブのミックスを「WET 100%」にしてソリッド感を殺したり。今までそういうやり方をしなかったのは、こういう音楽にしたい、こういう音像にしたいという希望はあっても、知識が不足していたから。でも今回は一生懸命調べて、やりたいことをとことん追求できました。バンドを始めた当初は耳に残るメロディと言葉をどれだけ作れるか、というウエイトだった。でもそれだけでは物足りなくなってきた。なので昔の音源とか、今はもう聴けないです」
pollyの初期の音源を聴くと、歌が前面に出ている。歌を聴かせるためのミックス・バランスなのだとわかる。だが今作はサウンド全体の構成要素の中で歌が鳴っている感じだ。あえていえばヴォーカルがノイジーでドリーミーでシューゲーズなサウンドの中にふわふわと浮かんでいるように聞こえる。
「それをやりたかったんです。今の日本のバンドってすごく歌が近いじゃないですか。コンプがかかりまくっていて歌が近い。それがあまり好きになれなくて。なのでそういう意味でも自分が好きなものをやろうと。ほんとにそれだけです、今回は。そういう意味で今までよりも自分らしい作品だと思う」
前述の通り、今作のサウンド面は海外のシューゲイズやドリーム・ポップと言われるものに近い。だがpollyのpollyたるゆえんはそこだけではない。pollyの楽曲の肝はメロディとコード感にあるという。
「日本人が聴いて気持ちのいいコード進行だったり、メロディの当て方を考えました。具体的にはJ-POPのコード進行を、シューゲイズやドリーム・ポップのサウンドでやったらどうなるか。今までpollyでやってきたことはJ-ROCKやJ-POPに近いものだったから、それをサウンドをガラッと変えてアウトプットした感じですね」
歌詞に関しては、これまで以上に時間をかけた。越雲の内面の独白のような抽象度の高い言葉が並ぶ。「小説とかカルチャーは具体的なものなんて必要ない。抽象的にするほうがイメージも膨らむし、受け手側が答えを出せる」という安部公房の言葉に共感し、その表現に影響を受けたという。
「ネガティヴなものをアウトプットしたいという欲求がずっとあるんです。ネガティヴなものを出すことによって、それがポジティヴなものに転化したりもする。自分自身はそれでポジティヴになったことはないけど、でも聴いている人が救われるならば、それでいいと思う」

本作で聴けるpollyの音楽の純粋さ、ある種の潔癖さは、青年期ならではの、他人と安易に交わりたくないという頑なさにも通じている。他人と自分の境界線が曖昧になっていくと、自分の核が崩れてしまうような恐れが若いころにはある。そんなものをpollyは濃厚に残しているように思える。
「17歳のころと比べると、嘘つきになったと思う。良くも悪くも。前よりも人と関わるのがうまくなった。嘘が巧くなったから、人と関われるようになったのかもしれない。嘘を覚えると他の人の言葉って信用できなくなる。人と関わることが増えると、自分の持っているものがどんどん壊れていくんじゃないか、みたいな思いがある。そうするとお酒飲んで泥酔するんです。これ、モラトリアムっていうんですかね?(笑)」
アーティストは、一般の人間なら隠しているはずの自己の内面や自我を、世間の吹きさらしの風の中にさらす仕事である。あらゆるものが数値化される中で、アーティストの創作の核となる内面はマニュアル化できない。だから誠実なアーティストであればあるほど、その足元は常に不安定だ。そんな中で傷つき、苦しみ、自信を持ったりなくしたりする。そんなことを繰り返すうちに次第にタフになっていく。越雲もいずれそうなっていくのだろうか。
「でも僕は強くなりたいとは思わない。むしろ哀しいものとか絶望的なものを見続けたいと思います。美しいものってそういうものだと思ってるので」

「たまにお客さんに話しかけられて笑ったりすると、"あ、笑うんだ"とか言われたりする。笑っちゃいけねえのかよ!って思いますけどね」と越雲は笑う。オーディエンスから求められる孤独で不機嫌で暗いpolly /越雲龍馬像と、実像との間で揺れている。自分のやりたいことをやりたいようにやれたからといって、それで満足してるわけじゃない。CDはできるだけたくさん売れてほしいし、ライヴも大きな会場でやりたいと願っている。それは音楽を通じてより多くの人たちと繋がっていたいという強い欲求にほかならないはずだ。今のJ-POPやJ-ROCKの主流とはまったくかけ離れているように思えるpollyの音楽が、今の何百倍何千倍という数の人たちと繋がった時、何が変わり、何が変わらないのか。それを見届けてみたい。

2018年3月5日 小野島 大 Dai Onojima

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