岩代太郎のオーケストラ音楽と、浦沢直樹の作画模様が一期一会のコラボレーション!?~MANGA SYMPHONY「○」岩代太郎に聞く

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2018/3/13 19:35



2015年6月、国立新美術館で「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」という企画展が開幕。その後は海外でも巡回展が行われるなど、ここ数年また改めて日本初のサブカルチャーへの再評価がすすんでいる。国際的に受容されている日本の「マンガ」を、単なるビジネス上の商機ではなく、世界に誇れる日本文化として国内外に発信していく――こうした動きは、国策レベルで今後ますます加速してゆくはずだ。

そんな時代だからこそ実現したといってもいいだろう。マンガの新しい可能性を切り開く、前代未聞のイベントが2018年3月31日に東京芸術劇場(池袋)で開催される。

映画『レッドクリフ』(ジョン・ウー監督)の音楽を手がけるなど、今や国際的に活躍する作曲家としての地位を築いた岩代太郎。数多くのヒット作を生み出してきただけでなく、TV番組『漫勉』などによって日本マンガ界におけるオピニオンリーダー的立場を確立しつつある浦沢直樹

共に50代、各々の分野でフロントランナーとして活躍するクリエイターふたりが組んで「マンガ・シンフォニー」を作ろうというのだから、面白くないわけがない。この「マンガ・シンフォニー」とは一体どのようなものなのか――企画を立ち上げた岩代太郎にじっくり話をうかがった。
岩代太郎
岩代太郎

――浦沢さんの「マンガ」と岩代さんの「オーケストラ音楽」がコラボレーションされると伺った時にまず頭に浮かんだのは、浦沢さん原作の「アニメ」に岩代さんが「音楽」をつけるのとどう違うのかということです。今回、「アニメ」ではなく「マンガ」とのコラボレーションとした意図はどこにあるのでしょうか?

それは単純明快です。クリエイターふたりがイーブン(同等)に、がっぷり四つに組みたいんだったら、自分は音楽で時間軸で動くので、時間軸を持たない人間と組まないといけないんです。アニメだとその場でどうこうできる問題じゃないから、結局作られたアニメーションに対して、通常のサウンドトラックと同じやり方で音楽を合わせなくちゃならない。それはやっぱりイーブンじゃないですよね。今回の話はその場で同時にがっぷり四つに組んで、発表していきたい作品なんです。だから時間軸をもっていない平面で勝負している作家さんじゃないと、うまくいかないんですよ。

――なるほど。普段、岩代さんが手がけられているような映画やテレビの音楽とは、そもそも制作のプロセスが全く違うわけですね。

映画のように何分何秒と尺が決められたものは、語弊を恐れずに言えば、あくまでも音楽は脇役ですよね。編集が終わった映像を引き立てるために何が出来るのか。たとえ音楽が主役のように主張することがあったとしても、その画を活かすためにやることなので。少なくとも音楽のために画を撮っているわけじゃない。

だから皮肉交えて言うと、とにかく音楽ありきの画を撮っても、それじゃミュージック・ビデオじゃないかと。映像作品の本来あるべき姿ではないと思う。テレビの場合は尺が決まっているわけじゃないけれど、どういうようなシチュエーションでも対応できるような音楽のカタログを揃えるんです。だから、そこには漠然とした最初にまず表現するべき動画があって、それに後ではめていく。だから今回のものとは、映画もテレビも全然成り立ちが違います。
岩代太郎
岩代太郎

――時間軸をもたない作家さんは数多く存在しているなか、今回は浦沢直樹さんとコラボレーションされます。浦沢さんとはどのように出会われたのでしょうか。

この企画を何とか立ち上げたいと思ったときにご相談した方々から、絆のような縁がつながっていって、この企画だったら……とお名前が挙がったのが浦沢さんだったんです。僕はすぐ浦沢さんへの手紙を書きまして、お会いしましょうということになりました。この企画を人に話しはじめてから、浦沢さんに実際にお会いするまでに1年以上時間かかっているかな。現在までの時間でいうと優に2年超えると思うけど。そのくらい時間をかけて準備してきました。

――浦沢さんはミュージシャンとしての顔を持たれているほど、音楽に造詣が深い方ですが、ロックやフォークがお好きというイメージで、オーケストラと共演されるというのは正直、意外でした。

浦沢さん自身のなかにある音楽観というのは即興性みたいなもの。ライヴ感じゃないけれど、それを大変重要視されている方なんだよね。オーケストラというのはいうまでもなく大合奏だから、そうはいかない。そういう意味でいうと彼が日頃親しんでいる即興性に富んだ音楽とは、成り立ちが違います。

彼が日頃親しんでいる即興性みたいなものをオーケストラ側に入れるのか、考えなかったわけではないです。そういったものも現代音楽にはあるじゃない? だけど僕自身が自分のオリジナルとして作品を書くにあたって「岩代太郎の音楽」っていう括りで考えたとき、やっぱり明確に伝えたいメッセージを、自分の意思のもとで音符として書いたもので残していきたいっていうことだったんだと思う。
岩代太郎
岩代太郎

――コンサートの前半(第1部)では、今年生誕90周年を迎える漫画家 手塚治虫さんへのトリビュートとして、手塚アニメの名曲を、岩代さんによるこのコンサートのための書き下ろしアレンジで披露されるそうですね。

このコンサートならではのアレンジを施したいと思っているんですよ。そうすると、誰もが知っている曲じゃないと、デフォルメしたときに分からないじゃない。アレンジ上の自由度を確保するためにも、「ジャングル大帝」(冨田勲 作曲)とか「鉄腕アトム」(高井達雄 作曲)とか、誰もが知っている曲がベースにないと表現しきれないだろうなと思うんだよね。

たとえばクラシック音楽的にいえば、「きらきら星」は誰でも知っているから、あれだけモーツァルトが(「きらきら星変奏曲」で)色々変えても分かるわけじゃない。だけど、きらきら星を聴いてなかったら、その面白さは半減してしまう。そういう理屈ですよ。あの曲がこうなったんだ!……という驚きと歓びを表現したいなと思います。

――浦沢さんは手塚作品をリメイクするなど、手塚治虫と浅からぬ縁をお持ちでいらっしゃいますが、岩代さんにとっての手塚治虫はどのような存在なのでしょう?

手塚治虫さんという人間そのものに対しての尊敬の念も抱いているし、その業績みたいなものは亡くなられてもなお、いま改めて評価されるべきだと思うんです。そういう思いがこの企画の根底に流れていますね。
岩代太郎
岩代太郎

――コンサートの後半(第2部)では、いよいよ全8楽章の「MANGA SYMPHONY『○』」が演奏されます。浦沢さんの作画模様と共演されるとのことですが、岩代さんが書かれた音楽の部分はどのように作られているのでしょうか?

パッと聴いた感じで言うと、それぞれが独立した8曲からなる「組曲」になっています。シンフォニー(交響曲)だからってソナタ形式で作っているわけではないんですが、専門的にいうなら、あからさまにメインのモティーフ(音型)が表に出てきてるのが第1、4、8楽章。それ以外の楽章に関しては、細かいモティーフをちりばめています。

―― 一度話が立ち戻るのですが、今回の「マンガ・シンフォニー」の趣旨を聞かせていただくうちに、岩代さんがこれまで主軸におかれてきた映像のための音楽と結構大きな違いがあることが伝わってきました。なぜ、こういった新しい試みをなされようと思われたのでしょう? もともと油絵も書かれるそうですが、そうした美術とのかかわりも関係しているのでしょうか。

7歳から14歳まで、僕は油絵をやっていたんです。この3~4年は描いていないんだけど、家には油絵を描く部屋もあります。だけど、それを仕事に直結させるっていうことではなかったんですよ。あくまでも趣味は趣味なんで。そういう意味で、自分のバックボーンに美術とか写真はあったんだけど、今回の企画に関しては、全くそこがオリジン(起源)ではないんです。どちらかというと、自分が音楽家として仕事をしていった人間関係の中から、こういう芸術の可能性みたいなものがあるんじゃないかなと思うようになったかな。

――そうだったんですね。

僕はよく作曲家の人生を「ソナタ形式」(※「提示部―展開部―再現部」の3つの部分から構成される形式)になぞらえることがあるんですよ。そうすると最初の「提示部」なんていうのは、言ってみれば自分が音楽家になろうと思って勉強し始め、自分なりにこんな仕事をしようと思っている頃。僕の場合は大学院を出た25歳からスタートして、業界で「岩代太郎ってこういう作曲家ですよ」ということを、まさに「提示」していく時期です。
岩代太郎
岩代太郎

――では「展開部」はどういった時期なのでしょう?

レコード会社だとかテレビ局や映画会社に行って、名刺を出して何処のどなた様ですか?……みたいなことが無くなりはじめた30代ぐらいに入ってきた頃。自分なりにあんなこともこんなことも出来るんじゃないかなという時期です。でも50歳近くになってときに年齢的なこともあって、もう一度初心に戻りたいと思ったんです、「再現部」ですね。

これまで20年近く様々な方々と様々な仕事をさせていただいてきたわけですが、基本的にはいただいた仕事で「人から期待される自分」に応え、自分の能力を高めていったわけです。ところがやっぱり根本論、なんで自分が作曲をやっているかと言ったら、人に頼まれるから書くんではなくて、書きたいから書くんだっていう気持ちの自分が、どこかにいるんですよ。

――なるほど。

もちろん、いま言った「展開部」的な、人から期待されることで自分の才能やスキルを伸ばしていくっていうのは絶対に大切な時期だし、どんな作曲家にも必要な時期だと思うんですけど、1年先まで仕事が埋まってるときに「仕事に恵まれて嬉しいなぁ」と思っていた時期から、不思議と「ちょっと、このままじゃマズいんじゃないか」って思い始める段階が来たんですよ。

そして作曲家として生涯現役でいたいと思ったときに、ただ発注をこなしているだけで消費されている側になっちゃうと、生涯現役じゃいられない。作曲家に限らず、映画監督だろうが演出家だろうが俳優だろうが何だろうが、自分から発信していっている人間でオピニオンリーダー的な部分にポジションを見いだせない人間は、なかなか70歳過ぎまで現役でいられないっていう将来像が見え隠れしたんです。
岩代太郎
岩代太郎

――そこまで考えていらっしゃっるのですね。

それからは、ちょっと格好つけた言い方になりますけど、「期待される自分」と「期待する自分」。その両者がイーブンな状況が、実は作曲家にとって理想なんじゃないかと思うようになりました。

そんな思いを具現化するきっかけになったのは多分、東日本大震災だったと思います。あの時に、やっぱり多くの人たちが自分なりに何か役立てないんだろうかと思いましたよね。被災地の現場から送られているニュース映像を見ていると、自分の得意分野(教育とか医療とか運搬とか)をゼッケンに書いて、現地でボランティアされてる。あとで知ったのは、それは阪神淡路大震災のときの教訓で、どなたに何を頼んでいいか分からないので、頼まれやすいように、ボランティアが自ら得意分野を書いたというんです。

そのときに「作曲って書いても役立たんな~」と思うわけですよ。自分の専門分野が何にも活かせないという忸怩たる思いを抱いたときに、自分なりに何か出来ることはないのかっていうので動き出したひとつが東日本大震災復興・音楽プロジェクト『魂の歌』だったんです。

――そうだったんですか!

その時は確実に「期待される自分」とは別の、もうひとりの自分。「期待する自分」っていうものを意識しました。そろそろ年齢的にも、キャリア的にも意識するべきなんじゃないかっていうのはこうしたバックボーンにあったと思うんです。

もうひとつ、2011年の年末に娘が生まれたというのも、とっても大きかったんです。人の親になるということで、言い古されたことではありますけど、有無を言わさず次の子どもの世代にどんな社会を残すべきかということを考えますよね。そこでやっぱり自分なりに何かをアクションを起こしたいと。

50歳手前頃から、段々とそういうものが大きくなって、自分からいくつかの色んな企画を投げているんです。そのうちのひとつで、多くの方々のお力添えをいただいて立ち上がったのが今回の「マンガ・シンフォニー」ということになります。

――岩代さんご自身としては、これまでの活動から連続したところに今回の企画があるということがよく分かり、胸に迫る熱いお気持ちが伝わってきました! 最後に、コンサートに足を運ぼうかどうか迷われているお客様にメッセージをいただけますでしょうか?

ふたりのクリエーターが本気を出して何かを伝えたいと思う――そういう現場、ソフトコンテンツって、なかなかないと思うんですよ。頼まれたわけでもなく、自分達がただそこで何かを伝えたい、発表したいと思う。そういう、ある種の本気を是非とも体感していただきたいと思います。

更にいうと、再演は相当難しいんです。オーケストラと共演というのは、規模といい、ハード面といい、簡単に出来るものではないので。だから「是非、次回は!」だなんて思わないで、3月31日に東京芸術劇場に来ていただきたいですね。

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取材・文=小室敬幸

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