北朝鮮、南北会談の隠された目的…非核化の意思なし、米国も在韓米軍撤退は拒否


 韓国の平昌冬季五輪を契機にした南北朝鮮による一連の高官会談で、南北首脳会談と米朝首脳会談が実施される可能性が強まっている。今のところ、両会談ともに北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がイニシアティブをとって積極的に進めていることは明らかだ。

この背景には、北朝鮮は昨年末時点で米大陸を射程に入れる大陸間弾道ミサイル(ICBM)や核ミサイルの完成のメドがついたこと、および米国を中心とする対北経済制裁が北朝鮮経済を厳しく圧迫していること、さらに、このまま推移すれば米軍による北朝鮮攻撃は不可避となり、金正恩指導部の存続は難しく、最悪の場合、金正恩氏や妹の与正氏ら最高指導部の命さえ危ないという強い危機感がある。

金正恩氏としては、両会談で北朝鮮の体制維持を取り付けたうえで、北朝鮮の非核化の条件として、在韓米軍および米軍の核抑止力を含む朝鮮半島全体の非核化を提案、さらに、あわよくば制裁の解除を迫り、対北経済支援をせしめようとの思惑が働いているとみることができる。

●キーパーソンは金永南氏

まず、今回の南北間対話は、金正恩氏の特使として与正氏が訪韓したことで幕が開いた。金正恩氏は与正氏に親書を託し、文在寅韓国大統領に早期の北朝鮮訪問を招請し南北首脳会談を呼びかけ、文氏がこれを受け入れたことで、南北の融和ムードは高まった。

実は、このサプライズ提案は韓国訪問団団長の金永南最高人民会議常任委員長が米軍による対北朝鮮攻撃の回避策として、金正恩氏を説得した結果、文氏に伝えられたとの情報がある。金永南氏は正恩氏が崇拝している祖父、金日成国家主席の側近として長年仕えており、北朝鮮の創始者である祖父をモデルとした「帝王学」の教育係として正恩氏に強い影響力をもっている。今回の韓国訪問団に正恩氏の妹、金与正党中央委員会第1副部長を加えるよう進言したのも金永南氏であるという。

金永南氏は1928年2月4日、日本統治時代の平壌で生まれ、ちょうど90歳。名門の金日成総合大学を卒業、モスクワ大学にも留学。党のエリート幹部として党政治局員に抜擢され北朝鮮の外交政策の責任者を務め、金日成氏の演説草稿のほとんどを作成するほど金日成氏の信頼が厚かった。

金日成氏死去後、金正日指導部時代の1998年、名目上の国家元首に当たる最高人民会議常任委員長に就任。2011年の金正恩指導部発足後も国家元首として、名目上の党序列第2位を維持している。北京の外交筋はこう分析する。

「50年以上も政権中枢で要職を歴任しながらも、文官として権力を握ろうという野心を持たず、金王朝を支え続けきた。この恬淡として好々爺然とした姿勢が、3代目で疑り深い金正恩氏の信頼を勝ち得た」

金正恩氏は髪型や体型、あるいは帽子や背広などの服装も祖父の金日成氏に似せているとされるが、このほか物腰や所作、喋り方なども金日成氏をよく知る金永南氏からの指南を受けているというほどだ。

金正恩氏は外交や内政についても、金永南氏から助言を受けている。とくに同氏は外交政策に熟達しており、2000年と07年の2回の南北首脳会談にも裏方として直接関係しており、今回の提案も金氏が主導したという。これについて、北京の外交筋はこう指摘する。

「金永南氏はこれ以上トランプ政権を挑発すれば、米軍の対北軍事攻撃計画が現実化することを恐れ、金正恩氏にソフト路線への変換を提案。07年に廬武鉉韓国大統領と金正日氏が南北首脳会談を行った際、廬氏の側近だった文在寅氏と接点があった金永南氏が韓国側とのパイプを利用して、金与正氏を加えた観光訪問団を組織し、南北首脳会談の呼びかけにつながった」

●北朝鮮外交における影の主役

また、金与正氏の韓国滞在中の公式行事での言動をサポートしたのが、金正恩氏の秘書室長を務めるなど金正日総書記時代から2代にわたり政権中枢を支えて最側近であるキム・チャンソン氏だ。キム氏は韓国訪問団の一員に加わり、外交経験が乏しい与正氏を全面的にサポートしていたのだ。

与正氏は金正恩氏の特使として文在寅大統領と会談したほか、韓国政府高官と晩さん会に臨みながら発言を控え、微笑んだり冷ややかな表情を浮かべるなど好奇心を刺激し好感度アップを誘ったが、キム氏が黒子として与正氏を遠隔操作したという。

キム氏は1941年生まれ。金日成氏とともに抗日パルチザン活動を戦った革命烈士を父親にもつ。金日成大学を卒業後、モスクワの大学に留学。朝鮮人民軍で幹部経験を積み、駐ソ連北朝鮮大使館付き武官を務めるなどエリート中のエリートで、国防委員会外事局長や党国際部長を歴任した。

キム氏は金正日氏とは幼馴染で、遊び相手として3歳違いの弟のような存在だったことから、1993年には党書記局入りして金正日氏の秘書として仕えた。金正恩指導部でも党書記室副部長や国防委員会書記室副部長を兼務。軍の階級も中将で、いわゆる「金正恩書記室長」と呼ばれる最側近としての要職を務めた。

職務はロイヤルファミリーの金庫番として、海外での合法・非合法を含む資金づくりを統括し、ファミリーの生活全体をサポートするほか、党と国防委員会、内閣などからの重要報告を金正恩に伝達することなどだ。この職務は現在、与正氏が担当しているが、キム氏は昨年まで与正氏の教育係として、党や軍、政府など周囲に目配りしてきた。与正氏のキム氏への信頼は極めて厚く、金正恩氏から今回の訪韓団メンバーとして与正氏のサポート役を指示されたという。

「キム氏は日ごろは黒子に徹しているが、有能な実務官僚であり、外交経験も豊富で、欧米など西側の事情にも通じている。今回の韓国訪問で、与正氏がどのような言動を取れば好感度がアップするかも熟知しており、南北首脳会談実現に向けての北朝鮮外交における影の主役と言っても過言ではない」(同)

与正氏や金永南氏、さらにキム氏らを操り人形のように動かしたのが金正恩氏であるのは論を待たない。北朝鮮を訪問した青瓦台の鄭義溶・大統領府国家安保室長をはじめとする韓国特使団によれば、金正恩氏の印象は「率直で大胆」なものだった。特使団は金正恩氏が「体制の安全を保障してもらえるのなら、核を保有する理由がない」と非核化への意志を明かすなど、慎重にアプローチすると見られた問題について、率直で明確な立場を表明した点に強い印象を受けたという。

北朝鮮は一党独裁体制であり、最高指導者である金正恩氏の権限は絶大であり、同氏が決断しないことには何事も動かないシステム。半面、同氏が決断すれば、すべてスムーズに流れる。南北首脳会談や米朝首脳会談を決断したのも同氏であるのは明らか。

●北朝鮮のしたたかな計算

では、「率直で大胆」な決断をした金正恩氏に勝算はあるのか。同氏はトランプ米大統領が求める非核化を実行する気はないだろう。常識的に考えれば、金日成主席の代から、これまで数十年にわたって行ってきた核開発を止める気はさらさらないはずだ。

しかし、北朝鮮の非核化の条件として、朝鮮半島全体の非核化をトランプ氏に迫ることはできる。拒否されれば、北朝鮮の非核化も断る口実にはなる。米政府は在韓米軍の撤退に同意することはアジアへの影響力がなくなることに通じるだけに、絶対同意することはないからだ。

そうわかりながら交渉を引き延ばして、時間を稼ぐことはできるし、その間、対北経済支援を求めることもできる。さらに厳しい経済制裁も中止するよう求めることもできる。こう考えると、北朝鮮にとっては交渉することによって失うものは、ほとんどないのである。今回の南北首脳会談や米朝首脳会談については、金正恩氏のしたたかな計算が働いているといってよい。

一方、日本にとって北朝鮮の融和姿勢が奏功すれば、危うい立場に追い込まれるのは間違いない。安倍政権は北朝鮮への圧力を強化するよう主張してきたからだ。ただ、南北首脳会談や米朝首脳会談が行われるといっても、これまで厳しい対北姿勢を覆すのは外交上、下策であり、一貫してぶれない姿勢を見せることで北朝鮮を牽制することができる。

日本政府にとって、対北朝鮮外交の最大の狙いは拉致被害者の日本帰還である。北朝鮮もそれは十分知っているはずであり、経済支援狙いのカードとして、拉致被害者の帰還をほのめかすことも十分考えられることから、日本政府は従来の態度を変えずに、相手の変化を見据えて、交渉のチャンスを待つという姿勢が重要なのではないか。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)

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