クリント・イーストウッド監督「15時17分、パリ行き」究極の実録ドラマの他人事ではないいたたまれなさ

エキレビ!

2018/3/8 09:45

人生は伏線回収の連続である。『15時17分、パリ行き』は、一応テロを題材にしているものの、映画自体の目的はそこにはない。運命と伏線の話である。びっくりした。


主役も乗客も全部本人! 究極の実録ドラマ
2015年8月21日に発生した、タリス銃乱射事件。乗客500名あまりを乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリスの中で、モロッコ国籍の男がAK47を発砲。しかし乗客として居合わせたアメリカ軍人2人と大学生1人、イギリス人ビジネスマン1人の4人によって取り押さえられ、重傷者1人を出しつつも死者なしで解決したという事件である。

クリント・イーストウッドが本作の題材として選んだのが、この事件だった。テロリストを取り押さえた3人はもとより、居合わせた乗客も実際に事件に遭遇した人を起用。「それをやるのは反則でしょ!」と言いたくなるような、実話の再現ドラマとしては究極のやり方である。

『15時17分、パリ行き』の実質的な主人公は、犯人を取り押さえた軍人の1人であるスペンサー・ストーン。テロ事件そのものを扱った作品かと思いきや、映画は彼の小学生時代から始まる。スペンサーはシングルマザーの家庭に生まれた小太りの少年。母親が教師から「多動性障害では?」と言われるほど落ち着きがなく、学校では落ちこぼれ気味である。好きなものは銃やミリタリーで、親友のアレクとアンソニーとは山でサバイバルゲームをやって遊ぶ。ちょっとボンクラだけど、普通の子供である。

成長した彼は、スムージーショップでのバイト中に軍への入隊を決意。空軍に入ってCSAR要員(戦闘地域に墜落したパイロットや負傷者を捜索して助け出す兵士)になって人助けをするんだということで、ダイエットを開始する。だがエリートであるCSAR要員への壁は高く、スペンサーは入隊後別の職種に進むことに。一方友人アレクはオレゴンの州軍に入隊しアフガニスタンへ出征。アンソニーは大学へ通っていた。

空軍で勤務していたスペンサーは、アレクがアフガンから帰還することを知って友人3人でヨーロッパへの旅行を企画する。ローマからアムステルダム、そしてパリへと移動する彼ら。そのパリへと向かう列車の中で、事件は起こった。

人生全てが伏線として立ち上がってくる……
スペンサーもアレクもアンソニーも、普通の人たちである。映画に出演しているのも役者ではなく本人なので、見た目も普通。演技も素朴。日本に来てそのへんを歩いていたとしても、絶対に気づかない自信がある。

普通な人たちが、密閉された空間に銃を持った男が現れるという修羅場でどう行動したかを、『15時17分、パリ行き』は追う。「なるほど!」と膝を打ったのは、彼らが今まで生きてきた中での日々の積み重ねや経験や偶然が、修羅場の中で伏線として立ち上がってきた点だ。スペンサーが軍に入るために体を鍛えていなかったら犯人に負けていたかもしれないし、アレクが米軍の銃ではないAK47を前にしてさほど動揺しなかったのはアフガンへの駐留経験からだろう。彼ら3人がパリに行くことを決めなかったら、そもそもあの列車に乗っていないはずだ。映画の中で描写されたスペンサーやアレクやアンソニーの人生や旅行の経緯全てが、あの事件の瞬間に一気に活きたのである。

この「積み重ね感」は、やっぱり実際の当事者本人にしか出せないものだったと思う。顔つきや体格の説得力(軍人2人は大学生のアンソニーに比べて圧倒的に体つきがゴツい)、見た目の圧倒的普通さ。全てが人生最大の修羅場でのネタ振りとして機能している。

さらに言えば、「この映画は架空の物語ではない」「彼らは君たちと変わらない」というメッセージを伝える効果もあった。このメッセージは、だいたいが普通の人であろう観客に刺さる。「自分はスペンサーと比べてどうなんだろう」とか「自分は修羅場が発生した時に活きるような経験値があるだろうか」とか「実は気がついてないだけで自分にもこういう瞬間はすでに発生しているかも」とか、見た後色々考え込んでしまうこと請け合いである。そもそも「普通の人」ってなんなんでしょうか……?

マヌケな妄想もしょっぱい挫折も、全部大事!
中学生くらいの時に「もし教室にテロリストが入ってきたら」という妄想をしていた人は多いと思う。御多分に洩れず、筆者もやっていた。ボンクラなミリオタ少年だったスペンサーも、おそらくそういう子供だったはずである。本人が映画に出ていたからわかったが、あの人からはやや同類の匂いがする。

この映画ではそんな「もし教室にテロリストが入ってきたら」に近いシーンがある。そして、その時にスペンサーがとった行動が、見ていてかなり恥ずかしい。「いやお前やめろって……」って言いたくなるような、なぜかこっちが赤面してしまうような行動を取る。その前に「スペンサー少年はボンクラミリオタキッズだったのである……」というのが充分説明されているので、人ごとではないいたたまれなさがあった。

しかし、スペンサーがそんないたたまれない行動をスッと取れる男だったからこそ、タリス銃乱射事件は最小限の被害で食い止められたのかもしれない。実際はどうだか知らないけれど、少なくともイーストウッドはそう言っている。ボンクラ特有の妄想も、決して無駄ではない。「ホ、ホントですか!?」と言いたくなるが、現にそうだったのだから仕方ない。

「イーストウッドもそう言っている」というのは、我々授業中にテロリストが侵入してくる妄想大好き勢としても心強い。マヌケな妄想もしんどい挫折も、きっとどこかで活きる瞬間がある。お前はその時にどう動く? そんな問いかけが響く作品だ。
(しげる)

【作品データ】
「15時17分、パリ行き」公式サイト
監督 クリント・イーストウッド
出演 スペンサー・ストーン アンソニー・サドラー アレック・スカトロス ジュディ・グリア ほか
3月1日より全国ロードショー

STORY
2015年に発生したタリス銃乱射事件。犯人を取り押さえたのは、軍人2人と大学生1人という若者だった。彼らが事件現場までたどり着く経緯を、その半生をたどって描く

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